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異世界行っても料理する ~料理して材料集めてまた料理~  作者: デビルぱんだ


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五十九話 新しい従業員

 新店舗の改築工事は問題なく進んでいき、メニューの試作も住む場所の確保も完璧にクリアした。しかし、開店に向けて残された最も重要なことが残っていた。


 屋台とは違い店舗となれば席数も増え、注文の管理から配膳、片付け、さらにはトラブルへの対応までやるべきことは桁違いに増える。

 朝の清々しい空気の中、俺は王都の仕事を統括する「仕事斡旋所」の前に足を運んだ。


 斡旋所の重厚な扉を潜り、係の人に案内された個室で俺は書類を眺めていた。今回応募してきた人数は正直言ってそこまで多くはない。そして条件にあう人数はたった一人だった。それもそのはず、今回俺が提案した募集条件は、一般的な飲食店のものとしてはかなり「特殊」で「厳しい」ものだったからだ。


『募集要項:店舗の給仕、および店舗の護衛。ある程度の戦闘能力を有する、女性限定』


 これから始まる店には下町の住人だけでなく、噂を聞いた冒険者や下手なお忍びの貴族、果ては王族(王妃公認時だけ)まで来る可能性がある。もしかしたら武力でどうにかしなくてはいけないこともあるだろう。

 それに、もう一つの理由はプライベートな問題だ。新しい従業員は店舗の二階にいるアイリスとルナが暮らす居住スペースに「住み込み」で働くことになる可能性が高い。


「カケル様、条件に合う方が一名、別室でお待ちしています。元々は高位の冒険者として登録されていた方なのですが、諸事情で安定した職を探していらっしゃるということで……」


 担当者に促されて、俺は面接室の扉を開けた。

 そこに座っていたのは、しなやかな体幹を持つ一人の女性だった。頭からツンと生えた、艶やかな黒い獣の耳。そして腰の後ろから伸びるしなやかな長い尾。黒豹の「獣人族」の女性だ。年齢は二十前半といったところか。


「初めまして。カケル殿、私はセリアと申します」


 彼女の声は低く、しかし驚くほどよく通じ落ち着いた響きを持っていた。


「初めまして、カケルだ。……早速だが、書類を拝見させてもらった。冒険者ギルドでの登録ランクは『B』……かなりの実力者だが、なぜその若さで冒険者を辞めてうちのような飲食店の給仕に応募したんだ?」


 Bランクといえば並の魔物なら一撃で葬り、護衛の依頼でも引っ張りだこの一流の冒険者だ。命の危険はあるものの収益は一般的な給仕の比ではないはずだ。

 セリアは少し困ったように微笑み、自分の黒い耳に触れた。

 彼女の瞳には、嘘偽りのない穏やかな光があった。


「実は……本当なら私の年齢であればすでにいい男と出会い、結婚して子供を産むといった生活が一般的だと思います。そんな憧れを持ちながらも今まで冒険者として続けてきましたが……やはり私も女として結婚とかしてみたいなぁと思いまして……冒険者は危険だから、いい仕事があればと探していたところです」


 セリアはちょっと恥ずかしそうにしっかりと話してくる。


「私は獣人族の中でも夜目が利き、気配の察知や対人での制圧術には自信があります。カケル殿の提案された『店舗の護衛を兼ねる』という条件は、まさに私の技術を考慮しながら平穏な日常という中の最適な仕事だと感じました。給仕の仕事は未経験ですが、指示されたことは正確に速やかに達成する覚悟はあります」


 背筋をピンと伸ばし堂々と、しかし傲慢にならないように語る彼女の姿勢に俺は一発で好感を持った。 立ち振る舞いの一つに無駄がなく、プロとしての規律を感じられる。


「……わかった。採用だ。ぜひ、うちの店で働いてくれ」

「本当ですか……!ありがとうございます、カケル殿。期待に応えられるよう、この命に代えても店と、一緒に働く仲間を守ります」

「はは、命までは懸けなくていいからな?楽しく働いてくれればそれでいい」


 俺の言葉にセリアはちょっと意外そうな顔をした後、今度は女性らしく微笑んだ。


 住み込みが先の契約だったので俺は早速セリアを連れて改築工事が進む家へ帰宅した。

 一階では大工の親方たちが賑わいのある店内を組み立てている。その横を通り抜け、二階の居住スペースへと彼女を案内した。現在アイリスとルナはいつも通り屋台の営業をしているため、家は静かだった。


「セリア、ここが君の部屋だ」


 俺が案内したのは、昨日まで俺自身が使っていた部屋だ。


「ここは俺が使っていた部屋だ。アイリスとルナの部屋も同じフロアにあるから女性同士、何かあればすぐに相談できると思う」

「……素晴らしいお部屋です。雨風を完全に凌げるだけでなく、こんなに清潔で温かい木の香りがする部屋を私一人に与えていただけるなんて、冒険者時代の大部屋暮らしに比べれば天国のようです」

「気に入ってくれたならよかった。……よし、早速最低限必要な家具や日用品を買いに行こう。今日からすぐに生活を始められるようにしないとな」

「はい!よろしくお願いいたします」


 それから数時間、俺とセリアは近くの市場や家具屋を回って彼女の生活用品を揃えた。ベッドのシーツや枕、衣服をしまうための小さなクローゼット、それから彼女が注目したシンプルな姿見。獣人族としてなのか、彼女は派手なものよりも機能的で落ち着いた色合いのものを好んだ。


 夕方前には、彼女の新しい部屋が完璧に出来上がっていた。


 太陽が空を赤く染め、下町の道に夕刻の気配が漂った頃。階下から「ただいま戻りましたー!」という聞き慣れた元気な声と、軽快な足音が響いてきた。ルナとアイリスが屋台の片付けを終えて帰ってきたのだ。


「アイリス、ルナ。おかえり。二階に上がってきて、紹介したい人がいるんだ」


 俺の声に二人は不思議そうな顔をしながら二階まで上がってきた。


「わぁ……黒豹の、獣人族の方……?」


 ルナがパッと目を輝かせ、その長い尾に興味を抱いている。

 アイリスは一瞬でセリアの立ち姿から「ただ者ではない」ことを察したのか、軽く息を飲んだ後、礼儀正しく一歩前に出た。


「紹介するよ。今日から新しくお店の給仕兼護衛として一緒に働くことになったセリアだ。元Bランクの冒険者で、この二階で住み込みで暮らすことになる」

「セリアと申します。カケル殿から、お二人の優秀なお仕事ぶりはお聞きしております。給仕業務については未経験の身ですが、お二人の足を引っぱらないよう、全力で頑張ります。また元冒険者として、お二人の安全は私がこの身に代えても保証いたします。どうぞ、よろしくお願いいたします」

「セリアさん、よろしくお願いします!私、ルナっていいます!火の魔法が得意なんです。堅苦しくなくて大丈夫ですよ、ここはすっごく楽しい職場なんですから!」


 アイリスもセリアの前向きな態度に完全に安心したようで、柔らかな笑みを落とした。


 三人の女の子たちがお互いに手を組んで一瞬にして打ち解けていく。その景色を見て俺は心の底から安堵した。人選は大正解だった。これで、新店舗のチームは揃った。


「よし、新しい仲間が増えたし屋台もお疲れ様。今夜はセリアの歓迎会を兼ねて、ちょっと豪華な夕飯にしよう!」


 俺の言葉に、ルナが「やったぁ!」と飛び跳ねる。俺は一階の改築中の厨房(まだ火は通っている状態にしてある)へ向かい、極上のボア肉とココ鳥の肉、そしてあの「白いご飯」を取り出した。


 今夜のメニューは、肉厚のトンカツ、山盛りの唐揚げ、そして新鮮な野菜をふんだんに使った特製スープだ。土鍋でふっくらと炊き上がった白米が、大皿に盛られた黄金色の揚げ物たちに囲まれている。


「……っ、なんという芳醇な香り……。これが王都で噂のカケル殿のお料理ですか」


 セリアが信じられないものを見るかのように喉を鳴らした。


「さあ、遠慮しないでガッツリ食ってくれ!」


「サクッ!」「ジュワッ!」というちょっと気の利いた心地よい音がリビングに響き渡り、セリアは一口食べるごとに黒い耳をピコピコと動かして感動を表現していた。


「美味しい……! 冒険者のときにこれほどの美味に出会ったことは一度もありません……!カケル殿、私はこの味を守るためならどんな強敵が店に現れても一瞬で仕留めてみせます!」

「だから、物騒な決意はいいって。美味しく食べてくれればそれで大満足だよ」


 アイリスとルナも、セリアに屋台での面白い失敗談やカケルの普段の少し抜けたところを楽しそうに話したりして、笑い声が絶えず温かい時間が流れていた。


 時計の針が夜の定めを告げる頃、宴は静かに幕を閉じた。食器の片付けを終え俺は上着を着て玄関に向かった。


「それじゃあまたな三人とも。明日からは本格的に、お店のメニューの練習と店舗のセッティングを始めるからな。セリア、初めから騒がしかったと思うけど、ゆっくり休んでくれ」

「はい、カケル殿。お気をつけてお帰りください」


 セリアがお辞儀をし、アイリスとルナが「カケルさん、おやすみなさい!」と手を振る。

 扉を閉め、夜の下町の涼しい風に当たり少し火照った身体が冷えて心地よかった。


 ここから少し離れた高級住宅街にある、あの王様からもらった新しい家がこれから帰る場所だ。一人で住むには少し広すぎるがそこには最高のキッチンが待っている。

 俺は新居の鍵をポケットの中で握り締め、静かな王都の夜道を未来への確かな高揚感とともに、一歩一歩踏みしめながら歩いていった。



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