五十八話 王からの褒美
昨日ガストンの厨房で「天ぷら」の試作を成功させ、精米機や土鍋の目処もついて新店舗のパズルがほぼ完成した。
そして今日は定例となった城での食事会(俺がつくるだけ)。厨房に到着するなり、三者三様の「食欲」と「情熱」に圧倒されることになる。
「カケル!待ってたぞ!今日も、今日も『トンカツ』を作ってくれ!あのサクサクとした衣とジューシーなボア肉を求めて腹が鳴り止まないのだ!」
エドワード王は相変わらずだった。
「はいはい、落ち着いてください。今すぐ揚げますから」
俺は軽くあしらいながら準備を進めていく。最初のうちはやっぱり王様なんだから丁寧な言葉遣いや丁寧な仕草をしてきたが、さすがに慣れてくるとこうなる。ぶっちゃけトンカツのことになるとただのおっさんにしか見えない。
ボア肉に小麦粉と卵、そして自家製のパン粉をまぶしていく。それから体調が回復してきた王妃エルゼ様のためにお米と野菜ときのこ、そしてココ鳥で「鶏雑炊」を用意した。
「まあ、カケルさん。いつも私のようなもののために作っていただき感謝します」
「いえ、王妃様。今日は米が手に入ったのでココ鳥で雑炊を作りました。お召し上がりください」
今度はリリアーヌ王女が獲物を狙う肉食獣のように話しかけてくる。
「カケル様!今日はまた、私にどんな『新作』を教えてくださるのですか?……あら、そのお肉を油に入れるタイミング、火加減はどうなっていますか?」
「火加減は中火でじっくり――って、ちょっと近いです!」
「え?よく聞こえませんわ。油の音が響いていて……」
彼女は新作の技術を盗んで本気になるあまり、完全に距離感を無視していた。柔らかい身体が俺の背中や腕にぴったりと密着し、高価な香水の甘い香りと女性特有の温かい体温が感じられる。
(……この人、絶対にわざとやってるわけじゃないよな!?料理に集中しすぎて周りが見えなくなってるだけだよな……!?)
心臓がドラムのようにバクバクと音を立てるのを必死に抑えながら、俺はなんとかトンカツを切り終え、新作となる「天ぷら」を揚げて提供した。
食事が開始されてから俺は話を切り出す。
「……実は今日、皆様に一つ大切な『ご報告』があります」
「報告?一体何だ、カケルよ」
揚げたてのトンカツを幸せそうに頬張り、ソースを口元につけたままで王が顔を上げた。
「――近々、屋台を畳んで王都に自分の『店』を構えることにしました」
「まあ!お店を!」
リリアーヌ王女が歓声を上げて、エルゼ様も優しく微笑んだ。
「それはめでたいな!やっと自分の城ができるわけか。これは毎日通わなきゃいかんな!」
エドワード王が大笑いするが、俺は少し困ったように頭を掻いていた。
「ありがとうございます。ただ、ちょっとした問題がありまして……。ちょっと一階を店舗にするために今の家を丸ごと改築中なんですが、新しい従業員のための部屋を作ると私の住む部屋がなくなってしまいまして……店に通える範囲で新しく住む家を探している最中なんです」
ガストンに探してもらってはいるが、なかなか見つからないらしい。
それを聞いた王が、不敵な笑みを落とした。
「なんだ、そんなことか!カケルよ、忘れたか?以前、王妃を救った報酬を『保留』していたはずだ。一国の王が、命の恩人に住む家一つ用意できぬとあっては世間に示しがつかん。……よし、我が持っている別邸を一つ譲ろう!中央広場からの距離もそこまで遠くないから都合もいいだろう」
「えっ!?いえ、王の別邸なんて怖いです!」
「良いから受けとるがよい。どのような家か今から見学に行こう。我も暇だしな!」
「お父様、私も行きますわ!」
王が暇とか絶対嘘だろ。とりあえず俺は王と王女、そしてあとから王妃もくるというあまりにも豪華すぎるガイドに伴われて、高級住宅街へ馬車で向かうことになった。
到着した場所を見て、俺は思わず硬直した。
そこにあったのは、石壁に囲まれた美しい「邸宅」だった。お洒落な庭園までついている、どう見ても貴族が静養に使うレベルの建物だ。
「どうだ、カケル。ここの『厨房』は料理人が新メニューを開発するために使われていた場所でな。王宮の厨房にも負けぬ最新の魔導設備が揃っているぞ」
「……っ!」
見事な大理石の調理台、加減が自在にコントロールできる最高級の魔導コンロ、さらには冷気を感じる魔導冷蔵庫まで完備されている。冷蔵庫はかなり高級、しかも維持するのに金がかかる。魔導というくらいだから魔石が必要になる。前の世界で電気を使っていたものが魔石から供給されるわけだが、魔石も無限ではない。それでもやはり冷蔵庫も含めこのキッチンは魅力的だ。
「……ありがたく、いただきます。この厨房があれば、さらに料理に打ち込むことができます」
俺が深々と頭を下げると、王と王女は顔を見合わせ悪巧みをするような顔で噂き合いを始めた。
「(おい、リリアーヌ。これでこの家はカケルのものだ。『お忍び』でここに来れば、誰にも邪魔されずにカケルの料理を堪能できるというわけだ……)」
二人の企みが完全に耳に入ってきた俺は頭が痛くなり、ついでに釘を刺しておいた。
「お忍びとかマジでやめてくださいね……それと、お店が始まったらお二人とも絶対に店には来ないでくださいね?王族が下町の店に現れたら、大騒ぎになるんですから」
「ええっ、ケチを言うなカケル!我は変装が特技なのだぞ!」
「そうですカケル様!このキッチンで手取り足取り料理を教えてください!」
知らんがな。聞き分けのない二人に俺が悩んでいると、後ろからコツン、コツンと静かな威圧感を伴って足音が響いた。
「お二人とも。いい加減にしなさい」
馬車で少し遅れて到着していた王妃エルゼ様が静かに冷たい微笑みをしながら部屋に入ってきた。その後ろには、ゴゴゴゴ……と目に見えるぬほどの漆黒のプレッシャー(魔力)が渦巻いている。
「ひっ……エ、エルゼ……?」
「お、お母様……?」
王と王女の顔が一瞬で紙のように真っ白になった。
エルゼ様は優雅に歩み寄り、二人の肩にそっと手を置いた。その指先には尋常ではない力が込められているようで、エドワード王の肩が小さく悲鳴を上げている。
「カケルさんはこれから王都の民にとっても重要となる新しいお店を始めようと命を懸けているのです。この家もカケルさんが休める場所を提供しているのですよ。それを、王と王女が面白半分でお忍びでいくなんて……絶対に、認めませんよ?」
「は、はい……その通りでございます、王妃殿下……」
「ご、ごめんなさい、お母様……もう言いません……」
さっきまでの威勢はどこへやら、王国最高権力者二人が叱られて縮こまっている小動物のようだ。
エルゼ様は俺の方を振り向いて、いつもの聖母のような優しい笑顔に戻った。
「こちらのほうは気にしないでくださいね。もし無断で家やお店に来るようなら、私に連絡してくださいね」
「……はは、ありがとうございます、王妃様」
最強の味方を得た安心感と、王家の力関係を把握した少しの恐怖で、俺は複雑な笑みを浮かべるしかなかった。
見学を終えて王族たちを見送った後、俺は新しく手に入れた邸宅の鍵をポケットに入れて改築中の店舗まで戻ってきた。
大工たちが作業する中、アイリスとルナが「おかえりなさい!」と駆け寄ってきた。
「カケルさん!王宮でのご報告はどうでしたか?」
「いやまぁ、とりあえず決まったことなんだが、国王から褒美ってことで家をもらった。かなりいいキッチン付きの別邸を譲り受けたんだ。だから部屋数の心配はもう要らない。俺は別のところから店に通うことにする」
「「ええええええええっ!?」」
二人の驚愕の叫び声が、半分出来上がった店内に響き渡る。
家も決まり、メニューも決まり、王と王女の暴走も王妃によって鎮圧された。あとは改築が終わればこの場所で、白いご飯と最高の料理を揃えて開店の日を迎えるだけだ。




