五十七話 メニュー決めと米問題
朝の澄んだ空気の中、俺はガストン商会のキッチンに立っていた。今日から我が家は大工の親方達が改築工事行っていた。アイリスとルナの二人に屋台を丸ごと任せ、俺はガストンの好意でキッチンを借り新店舗の「命」となるメニューの試作に没頭していた。
調理台の前に立ち俺はメモ帳を開いて昨夜から練りに練ったメニューの羅列を眺めた。「白米」があると決まった以上、目指すべきは定食、そして丼物だ。
まずは定食メニュー
唐揚げ定食(醤油の黒・塩の白、二大看板。テイクアウトも併設)
トンカツ定食(国王エドワード御用達。ボア肉の旨味を堪能できる)
生姜焼き定食(ボア肉の赤身と生姜に似た薬味のキレ)
ハンバーグ定食(粗挽き肉のジューシーな肉汁爆弾)
焼肉定食(濃いめのタレでご飯が無限に進むやつ)
野菜炒め定食(シャキシャキの歯ごたえと抜群の栄養価)
魚のフライ定食(サクサクの衣と自家製タルタルソース)
焼き魚定食(脂の乗った魚をシンプルに塩焼きで)
天ぷら定食(本日の大本命。日本の職人技の結晶)
そして丼メニュー
牛丼・豚丼(タレの染みた米を豪快に掻き込む美学)
親子丼(とろとろ卵とココ鳥の至高のハーモニー)
かつ丼(出汁を吸った衣と卵の禁断の組み合わせ)
天丼(甘辛いタレが黄金色の衣に絡む贅沢)
屋台から継続でフライドポテトと唐揚げはテイクアウト可能で提供
「よし……とりあえずこれだけあれば冒険者から街の娘さん、果ては王族まで全員の胃袋を掴める。……まずは今日の一歩だ」
俺は袖をまくり本日の試作『天ぷら』の準備に取りかかった。
天ぷらは一見シンプルだが、油の温度や衣の水分量、そして食材の脱水加減がすべてを決める繊細な料理だ。野菜の見た目は前の世界とよく似ているが、ここは異世界。ものによっては全然水分量が違ったり扱いが難しいものもあるため試作が必要だ。
今日試作するのは、玉ねぎと人参とごぼうの『かき揚げ』。ナスに酷似した野菜。肉厚で香りの強い巨大なシイタケ風の『きのこ』。そしてココ鳥の胸肉を使った『とり天』と、白身魚だ。
「冷水に卵を溶かして……小麦粉をさっくりと、混ぜすぎないようにダマを残して……」
グルテンが出ないように優しく混ぜた薄衣に、まずはナスをくぐらせ熱した油へ投入する。
唐揚げの時とは違う軽く聞こえる音。だがすぐに気づく。
(……ん?ナスの水分の抜け方が早いな。この世界の野菜、繊維がしっかりしている分中から水分が噴き出す圧力が強いのか)
油断すると衣が破れてべちゃべちゃになってしまう。俺は瞬時に火加減を微調整し、衣をほんの少し厚めにして、水分を閉じ込めるように揚げ時間を短縮した。
調理台の上には芸術品のように美しく、サクサクの天ぷらが盛り付けられた。かき揚げはバラけずに見事な立体感、きのこは旨味を内側に閉じ込めてジューシーに、とり天も肉の水分と旨味を逃さずできている。
「ガストン、一緒に味見をお願いできるか?」
キッチンの様子をそわそわしながら見ていたガストンを呼び出す。彼は差し出された天ぷらを俺が作った「天つゆ」にちょんと浸し、口に運んだ。
サクッ……!!
「――っ!?なんという軽い食感だ……!唐揚げの力強いサクサク感とはまるで違う、まるで絹の薄衣が口の中で弾けるような……!このナス、中が信じられないほどトロトロで、野菜のおいしさが爆発しているよ!カケルさん、あなたは本当に天才だ!これが店に出たら、王都の貴族たちが本気で押し寄せますよ!」
「よかった、なんとか形になって。これならメニューに組み込めるか」
天ぷらの成功に胸を撫で下ろしたのも束の間、次の深刻な問題が頭をよぎった。
「そういえばガストン、先日仕入れた『米』のことなんだが……。これから大量に使うことになる。それで『精米』をしっかりしなきゃだめなんだが方法を探しているんだ」
前の世界なら水車小屋の杵を使って時間をかけて精米する方法がある。そんな感じの精米方法をガストンに説明する。
「店の近くに水車なんて設置できるところはないからな。水車を使わずに大量の米を効率よく精米する方法はないか?魔法を使う手もあるがさすがに毎日は無理だろうし、手ですると日が暮れてしまう」
「ふふふ、カケルさん。あなたは魔導技術を甘く見すぎていますよ。ちょっときてください」
ガストンに連れられて商会の地下倉庫へ向かう。倉庫の隅には金属製の四角い機械が埃を被って置かれていた。上部にはホッパー(投入口)があり、内部にはそれなりの歯車と、魔石を嵌め込むスロットが見える。
「これは高級な穀物の外皮を剥くために、魔導工房が試作した『魔導剥皮機』です。ただ、使う頻度も使う人も少なくてここに眠っているんですが……あなたの言う『セイマイ』とやらに使えないですか?」
「……試してみよう」
俺は軽く埃を掃ってから持っていた玄米を上の投入口からザラザラと入れた。ガストンがコンロに使うような汎用の魔石をスロットに差し込み、起動スイッチを入れた。
ブーン……ガタガタガタ……!
機械が規則正しい振動を始め、内部で魔力が物質を優しく摩擦するような聞こえる。数分後、下部の排出口から出てきたのは――
「……おお! 完璧だ!」
綺麗に糠が削ぎ落とされ、白く輝く紛れもない「白米」がさらさらと流れ出てきた。割れ米もほとんどない。魔力の出力調整によって精米の度合い(三分づき、五分づきなど)すらコントロールできそうな優れものだ。
「これだ、ガストン!これを売ってくれ!」
「いいですとも!倉庫で眠らせておくより、あなたの店で極上の飯を生み出すために使われる、こいつも本望でしょう」
これで、最も恐ろしかった精米問題が完全に解決した。
地上に戻ってきた俺はその足で王都の陶器職人が集まっているエリアに向かった。米を最高の状態に炊き上げるなら、やはり金属の鍋よりも遠赤外線効果で芯までふっくら熱が通る「土鍋」が欲しい。
職人の店を何軒か巡り、ついに理想的なものを見つけた。肉厚で気泡もそこそこ、耐熱性の高い黒い土で焼かれた大鍋。蓋の遊び合わせもぴったりで、圧力が綺麗に抜ける穴も開いている。これなら屋台用の魔導コンロでも白米が炊ける。俺は店で使う分として大きいものを数個まとめて購入した。
「よし、これで米とメインのおかずは揃った。……だが……」
家具屋を出た後、俺は腕を組んで深いため息をついた。現状としてどうしても作ることができない「最後のピース」があった。
「味噌がない」
この世界にきて市場をどれだけ探しても、大豆に似た豆はあるもののそれを発酵させて味噌を作るという文化はこの世界に存在しなかった。醤油はあるのに……。当然、定食の相棒である「味噌汁」が作れない。さらにご飯のお供として欠かせない「梅干し」や「ぬか漬け」など、日本の伝統的な漬物もこの世界の塩漬け(ただ塩辛いだけの野菜)では代用が難しかった。
「……まぁ、ないものは仕方ない。ここは異世界なんだ」
味噌汁の代わりに、王妃のスープの技術をベースにして鶏ガラや根菜の旨味が決められた「澄んだ野菜スープ」をセットにしよう。これなら揚げ物や焼き肉の脂肪っぽさを綺麗に流してくれる。
「完璧な定食を再現する必要はない。この世界の食材の良さを生かした俺流の定食を作ればいいんだ」
夕暮れの時、大工たちの威勢のいい声が響く家へ戻ると、一階の壁が見事にぶち壊されてキッチンの骨組みが出来上がりつつあった。
「おかえりなさい、カケルさん!今日はガストンさんのところでどんな美味しいものを作ってたんですか?」
ルナが屋台の片付けを終えて、駆け寄ってきた。
「ふふ、最高の天ぷらだ。明日、お前たちにも作ってやるよ」
俺はなんとか形になっていく「城」を見つめながら、静かに拳を握りしめた。メニューは決まった。装備も揃った。
胸の高鳴りを抑えながら、俺は新しい未来に向かって深い息を吐きだした。




