五十六話 店舗準備
今日は朝からやるべきことが山積みだ。俺はアイリスとルナを連れてまずはこの計画の最大の協力者であるガストンのところに向かった。
ガストン商会の応接室。俺はガストンと向き合い単刀直入に切り出した。
「ガストン、あの借家の買い取りは家主さんとの話はついたのか?」
ガストンは待ってましたと言わんばかりにテーブルの上に数枚の書類を広げた。
「話はすぐに決まったんですが……金額で少しもめまして。少々高くなってしまいました……」
俺はその金額を確認し、アイテムボックスから大きな革袋を取り出した。
「金額交渉しなくていいんですか?相場よりも高めなんですよ?」
「かまわない。それくらいの価値はあってもいいと思うからな。ガストンもそう思うからこの金額なんだろ?」
ガストンを信頼しているからどれだけの金額を提示されても払う気でいた。
ガサリ、と重厚な金貨の音。これだけの額を一瞬で払えるのは商売人ギルドとの「レシピ契約」と「バルトの包丁契約」のおかげだ。
「……カケルさん、あなたのおかげでバルトの工房は今、不眠不休の忙しさらしいですよ」
バルトと包丁制作や販売についての契約を交わした後、俺がバルトの包丁を使っているという話が広まったらしい。そのおかげ?で一気に注文が入り忙しい日々を送っているらしい。
「バルトには今度差し入れでも持って行かないとな……」
俺は苦笑いしながら売買契約書にサインを入れた。
「ただ、すみません……カケルさんが住む部屋のほうがまだ見つかっていなくて……」
なるほど。店を改築して従業員を入れるまでは大丈夫だと思っているからまだ猶予はあるし、引き続きまかせておく。
次に向かったのは、ガストンが手配してくれた王都でも指折りの「腕利きの大工」との打ち合わせだ。
「さて、ここをどう変えていこうか?」
職人気質の頑固そうな大工の親方が、大きな図面を広げた。
俺は自分の頭の中にある「日本の理想的な定食屋」をイメージしながら、熱を込めて語った。
「ほう、カウンターか。珍しいな」
「一番大事なのは、厨房だ。キッチンから店内が隅々まで見渡せるようなオープンな作りにしてくれ。客が何を食べて、どんな表情をしているか、常に確認しながら料理を作りたい」
「なるほど。ただ作るだけじゃないってわけか。……よし、面白そうだ。図面に起こしてみるから、ちょっと待ってな」
そう言ってしばらくした後、図面を見て問題ないことを確認した。
俺が了承のサインを出すと親方はニヤリと笑い、明日からの工事を約束してくれた。
「さて、次は内装だ。テーブルと椅子を選んで行こう」
「カケルさん、それは私たちに任せてください!お店の色調や、お客様が落ち着ける空間については昨日からアイリスさんと話してきたんです!」
ルナが鼻息荒く宣言する。
「そうですね。カケルさんは機能性を重視しすぎて、少し『男所帯』な雰囲気になりがちです。色んなお客様が入りやすい絶妙なバランスの家具を選んでみます」
アイリスも、いつもより気合が入っている。だから二人を連れてきたんだよ。センスない俺じゃどうせ批判されると思ったからな。
俺は二人に連れられ、王都でも評判の家具屋を数軒回った。
「カケルさん、テーブルの木目はもっと温かみのある『セリン材』にしましょう。料理がより美味しそうに見える効果があります」
「この椅子は硬すぎます。長時間座っているとお尻が疲れちゃいますよ」
アイリスが素材とデザインをチェックし、ルナが使い心地や耐久性をチェックする。二人によりモダンでありながら温もりを感じる最高にセンスの良い家具を選んだ。
家具の手配を終えた俺は、一人で冒険者ギルドに向かった。これからのメニューを決めていく上で一番の悩みどころは「食材の安定供給」だ。
(ココ鳥、ボア、その他の肉や魚。これらを毎日大量に使うことになると市場で買うだけじゃコストもかさむし、何より鮮度がバラつく……)
「カケルさん!いらっしゃいませ!今日は依頼の受付ですか?」
受付嬢がいつものように輝いた笑顔で迎えてくれる。
「いや、今日はちょっと相談なんだ。特定の魔物の肉を定期的に、かつ大量に確保したいんだが……。ギルドで狩りをしていい魔物のリストを提供してくれることは可能か?」
「可能ですよ。Aランクの冒険者ということであれば依頼としてきている魔物のリストは提供できます。……新しい料理ですか?」
「……まぁ、そんなところだ。これから忙しくなりそうなんでな。できるかぎり助けてくれるとありがたい」
基本は自分で狩りをして仕入れを行い、ものによって提供する料理を決めるほうがやりやすい。
「わかりました。希望する魔物についての依頼はいくつかリストアップしておきますね。……あ、でも、たまには『Aランク冒険者カケル』としての雄姿も見せてくださいよ? ギルドのみんな、楽しみにしてるんです」
「……善処するよ」
ギルドを出て夕闇に包まれ始めた王都を歩く。家を買い、大工と話し、家具を揃え、仕入れのルートを固める。
(よし。あとは……この白いご飯に合う、究極のおかずを揃えるだけだ)
一歩一歩、しかし確実に。 異世界の料理人としての本当の戦いがここから始まる。




