五十二話 屋台おまかせと次のメニュー
昨日の屋台の休日での特訓を経て、再びやってきた屋台営業の日。
俺たちの屋台は今日も開始早々から香ばしい油の匂いを振りまき、腹を空かせた王都の民を吸い寄せ始めていた。
だが今日の俺はいつもと違う。トングを持たず接客のみを行いながら従業員二人の様子をじっと見ていた。
「俺は今日、手も口も出さない。二人がどこまでやれるか実戦で試させてもらうからな」
開店前にそう告げた時の、二人の引き締まった表情が脳裏に蘇る。
「唐揚げ、四つ上がります!」
「フライドポテトも出来ます……はい、お待たせいたしました!」
ルナの張りのある声やアイリスのちょっと控えめの声が賑やかな広場に響き渡る。
一昨日の失敗が嘘のようにルナの動きには無駄な焦りが一切なかった。何より、彼女はもう鍋の中を凝視してパニックになったりしていなかった。
(……よし。ちゃんと『油の音』を聞いてるな)
パチパチ、カラカラと衣の水分が抜けていく微細な音の変化をルナは耳と肌で感じ取っている。揚がった唐揚げを網ですくい上げるタイミングも完璧だ。表面は均一なキツネ色に染まり一番美味い瞬間の「サクサク」を維持している。
一方のアイリスも、昨日の特訓で見せた慎重さを、見事に「正確無比なオペレーション」へと昇華させていた。
俺が割り込む隙などどこにもない。昨日の基本の叩き込みが二人の頭と身体の中でしっかりと血肉になっているのが分かった。
(……これなら俺がいなくても、この屋台は十分に回る)
そんな風に二人の成長を父親のような(あるいは一足早い隠居生活を夢見る店主のような)目で見守りながら、俺は内心で深く安堵していた。これなら近いうちに仕込みだけ俺がやって、営業は完全に二人に任せる日を作ってもいいかもしれない。
昼のピークが少し落ち着き、行列が途切れた頃、聞き馴染みのある声が屋台に近づいてきた。
「カケル!久しぶり!……ってなんだかお前がサボって女の子二人に働かせてるように見えるぞ!」
声をかけてきたのは、王都に来る途中で出会った冒険者のエルンだった。後ろにはテオとフィオもいる。
「久しぶりだな。サボりじゃない。従業員の育成だ。エルンたちは依頼帰りか?」
「ああ、任務が終わって昨日帰ってきたところさ。店を出すって言ってたからどこかでもう店やっていると思ってたんだが、ギルドで噂されてたどおり……まさか屋台とはな。……ってそういえばカケル、お前王宮に呼ばれてたんだってな?ギルドの連中が噂してたぞ。不敬罪で首でも飛ばされるんじゃないかって!」
エルンの軽口に、俺は苦笑いを返す。
「おいおい、縁起でもないこと言うな。首は繋がってるし、むしろ王族の皆さんに俺の唐揚げやフライドポテトを絶賛してもらったくらいだ」
「ええっ!?本当なのかよ!?あのグルメだって噂の国王様が、この屋台のものを!?」
エルンだけでなくテオとフィオも驚愕の表情を浮かべる。
「じゃあその『王室御用達』の唐揚げを貰おうか!あ、フライドポテトもな!」
エルンたちの前に差し出されたのは揚げたての「唐揚げ」と黄金色をした「フライドポテト」だ。彼らにとってこれらは完全に未知の料理だ。
「本当に見たこともない料理だな……。この茶色い肉の塊が『カラアゲ』か?」
エルンは物珍しそうに唐揚げを一つ口に放り込んだ。
サクッ……ジュワッ!!
凄まじい音と共に、彼の口内から肉汁が弾け飛ぶ。
「――っ!? んな、なんだこれっ……!! う、美味すぎるだろ!!」
エルンは目を見開き、咀嚼しながら叫んだ。
「外側が信じられないくらいサクサクしてるのに中は信じられないくらい柔らかくてジューシーだ!噛むたびにボアの肉汁が口の中に怒涛の勢いで溢れてくるぜ……!肉の旨味がガツンときて疲れた身体に染み渡る!」
フィオも唐揚げを食べて顔を紅潮させていた。
「何この香ばしい匂い……!油と熱で焦げたような、めちゃくちゃ濃厚な風味が鼻に抜けるわ!噛めば噛むほど深みが出て、飲み込むのがもったいないくらい!」
「おい、こっちの黄色い棒は何だ? ――って、うおっ!? カリカリだ!」
テオがフライドポテトを数本まとめて口に放り込んだ。
「芋だろこれ!?なんでこんなに外側が軽快に響くんだ……なのに中はまるで極上のスープを吸ったみたいにホクホクで口の中でとろける……!この絶妙な塩気だけで無限に食いたくなる悪魔の食い物だな……」
エルンたちは、もはや奪い合うようにして唐揚げとポテトを口へ運び続けた。
「こりゃ国王様も納得するわ!王都来るときに食べさせてもらったのもうまかったし、さすがカケルだな!」
その後はしばらくは王都にいることやゆっくりするつもりということ、フィオが毎日唐揚げとフライドポテトを食べにくるという話から毎日食うと太るぞって軽い脅しをかけたりする他愛のない雑談を交わし、エルンたちは満足そうに去っていった。
高級な王宮の広間も特別だったが、こうして泥にまみれた冒険者たちが美味そうに唐揚げを頬張ってくれるこの場所こそがやっぱり俺の原点だと改めて実感する。
夜、無事に営業を終えて帰宅した。
ルナとアイリスは晩御飯の後、今日も一日やりきったという充実感からか楽しそうに明日の準備の話をしながらそれぞれの部屋へ戻っていった。
静かになったキッチンで俺は一人、調理台に肘をついて唸っていた。
(……さて、次の屋台のメニューどうするかな……)
王宮でエドワード王とリリアーヌ王女にあれほど絶賛された「トンカツ」。
あの感動を屋台の客たちにも味合わせてやりたいという気持ちは山々だ。だが、現実はそう甘くない。
(トンカツを屋台で出すのは、正直、色々と厳しいな……)
まず、食べにくさだ。トンカツは分厚い肉をナイフで切るか、あらかじめカットしたものを皿に盛り、箸やフォークで食べるのが基本だ。だがうちの屋台は基本、食べ歩きや広場のベンチで手軽に食べるスタイル。皿やフォークを大量に用意するのはコスト的にも片付けの手間的にも今の屋台の規模では非効率すぎる。唐揚げのように、串で刺してあって口に放り込める手軽さが屋台には必要なのだ。
「じゃあ、肉の種類を変えるか?牛肉(バイソンの肉)で、何か手軽なものは……」
頭の中で、前の世界の記憶を漁ってみる。
牛肉を使った屋台メニュー。牛串、牛丼、メンチカツ、ハンバーガー……。
「うーん、どれもピンとこないな。簡単で、かつ屋台の設備で大量に作れるもの……」
牛肉を薄切りにして何か巻くか?もしくは塊肉をどうにかして手軽に、かつ最高に美味く食わせる方法はないか。
「……前に試作で作ってみた『オーク肉の串焼き』にするか?」
思い出したのは、以前フライドポテトと一緒に試作した串焼きだ。あれは工夫次第で美味くなった。肉も柔らかくなってジューシーな赤身の旨味が引き立ち、串でガブりといけるから屋台での食べやすさも満点だ。
だが、すぐに別の問題が出てくる。
「……今の屋台の設備じゃ、焼くスペースがないんだよな」
今の屋台だと二口コンロだけなので唐揚げとフライドポテトを揚げるだけで精一杯だ。
もし串焼きをやるなら屋台の設計そのものを改造するか、あるいは油で揚げるタイプの串、串カツにするか……。
「串カツか……?でもそれだと唐揚げやフライドポテトと油が被るし、メニューの新鮮味がないな。さすがに揚げ物ばかりだとダメだしな……客が求めてるのはこの世界にない新しいものなんだろうけど……」
考えれば考えるほど、思考の迷宮にハマっていく。
ボア肉のトンカツの美味さを手軽に届けたい。
でも串焼きの新しい可能性も試したい。
だけど屋台のスペースと調理器具の限界が立ち塞がる。
「……よし、ダメだな。頭がまとまらん」
夜はすっかり更けていた。静まり返った我が家に外を流れる夜風の音だけが寂しく響いている。今日一日の立ち仕事の疲れが今になってドッと頭の奥を重くさせていた。
「……屋台という制限での新メニューの開発は、一筋縄じゃいかないな」
俺は考えるのを諦め、調理台の上のメモ帳を閉じた。
名案が出ない時はいくら机にしがみついていても時間の無駄だ。それよりも一度泥のように眠って頭をリフレッシュさせた方がいい。
「明日にでもルナとアイリスに意見を聞いてみるか。あいつらなら俺が思いつかないような突飛なアイデアを出すかもしれないしな」
自分以外の頼れる仲間がいるという事実に少しだけ心を軽くしながら俺は二階の寝室へと向かった。
使い慣れてきたベッドに倒れ込むと引き込まれるように意識が遠のいていく。
そろそろ屋台の仕入れと仕込みをしないと、なんて思いながら深い静寂の中へと沈んでいった。




