五十話 ルナの失敗
なんだかんだで五十話!
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昨日の王宮での華やかな饗宴がまるで昔のように感じられる。今俺の前にあるのは磨き上げられた屋台の鉄板と、香ばしい油の匂い。
今日は朝から従業員二人の教育に力を入れることに決めていた。俺一人での屋台には限界があるため早期の育成が必要だ。
「ルナ、火加減をよく見ろ。温度が上がりすぎると衣だけが焦げて中は生のままになる。油の『音』を聞け。パチパチという高い音は水分が抜けてきた合図だ」
「は、はいっ!音ですね、音……!ええと、パチパチ……パチパチ……」
ルナは呪文のように呟きながら必死に網を動かしている。彼女はもともと魔力操作のセンスがあるから、似たような作業である火加減の微調整をするのは得意なはずなのに、どこか肩に力が入りすぎていた。
営業もいつも通り、順調に進んでいるように見えた。しかし、昼時のピークが訪れたその時、問題は起きた。
行列が伸び、客たちの「早くしてくれ!」という熱気が屋台を包む。ルナの額には大粒の汗が浮かんでいた。
「ルナ、一度に揚げすぎだ。油の温度が下がるぞ」
「大丈夫です!火力を強くして一気に温度を上げれば……!」
「待って、それは――」
アイリスの制止よりも早く、ルナが焦りから一気に火力を上げた。その瞬間、鍋の中の油が自然に波打ち、温度が急上昇する。次の瞬間、ボワッ!という音とともに油のほうに火がつき、次第に揚げていた唐揚げの衣がどす黒く染まっていった。
「あ……っ!?」
前の世界ではコンロの火力を最大にしても油に火がつくなんてことはあまりない。しかしこちらの世界のコンロの最大火力は相当強い。火が鍋を包むくらいになってしまうため俺も注意していた。
火のほうはすぐに収まったが嫌な匂いが周囲に広がる。ルナはすぐに網で上げたが、時すでに遅し。 客に提供できる代物ではなかった。
「ご、ごめんなさい!すぐに片付けます、すぐに……!」
「ルナ、落ち着け。まずは火を止めて油の交換からだ」
俺は静かに、しかし毅然とした。
「お待たせして申し訳ない!少しサービスするからもうしばらく待ってくれ!」
俺の言葉で客たちが静まったが、ルナは呆然と立ち尽くしたままだった。自分の手が震えているのを隠すように、彼女はエプロンの端をぎゅっと握りしめていた。
問題の後はルナはサポートに回してなんとかその日の営業を終え屋台を畳んで家に帰宅した。いつもなら「今日もお疲れ様でしたー!」と一番元気に声を上げるはずのルナが今日は一度も口を開けない。
帰宅してからも、彼女はリビングの隅で膝を抱えて座っていた。 アイリスが心配そうに俺に目配せする。
「……ルナ、いつまでそうしてるんだ。飯にするぞ」
「……ごめんなさい。カケルさん」
蚊の鳴くような声だった。彼女は顔を上げないまま、ぽつりぽつりと話し始めた。
「私、カケルさんみたいになりたいって思ったのに……。昨日、カケルさんが城ですごいことをしたって聞いて、私ももっと役に立たなきゃって……。でも、結局足を引っ張っちゃって……。今までも失敗ばかりで……私、才能ないのかな。掃除しか出来ないのかなぁ……」
膝の上にポタリと涙が落ちる。アイリスが何か言いかけたが俺は手で制し、厨房に向かった。
「……才能なんて、俺にもないよ。あるのは『経験』と、山ほどの『失敗』だけだ」
「え……?」
「いいから待ってろ。今日の晩御飯はお前が好きそうな物を作ってやる。元気がないときは食べるのが一番の薬だ」
俺が作ったのは「とろとろ卵のチーズオムレツ」だ。威厳のある料理ではない。ただ目の前の泣き虫な従業員を笑顔にするための、家庭的な一皿。
たっぷりのチーズを混ぜ込んだ半熟の卵。ケチャップベースのソースをたっぷりとかけたもので、前の世界でよく泣いていた子供に定評のある一品だ。
「……ほら、冷めないうちに食べな」
ルナの前に、湯気を立てるオムレツを置く。彼女は鼻をすすりながら、おずおずとスプーンを手にとった。
「…………っ、……おいしい」
卵の優しさと、チーズのコク。そしてソースの深い味わいが、彼女の心をゆっくりと解かしていく。
「ルナ。今日のお前の失敗は『昨日より上手くなりたい』って思った証拠だ。何も考えずにただ作業してるやつは、あんな風に焦ったりしない。情熱を上げて慌てすぎたのは判断ミスだけど『もっと早く出したい』っていう気持ちは、料理人として大事なもんだ」
俺は自分の手に残っている、古い火傷の跡を見せた。
「俺だって、昔はいくつも唐揚げを黒焦げにしたり油をひっくり返して厨房をぐちゃぐちゃにしたこともある。このオムレツだって何回も失敗した。でもその失敗の一つが『経験』になるんだ。失敗はいくらしてもいい。だけど今日の失敗を忘れるな。そして二度と同じミスはするな。次はどうしたらいい、どうすればうまくいく、それを考えるのも修行だ」
ルナはもう一度大きく一口、オムレツを頬張った。今度は涙ではなく、鼻の頭を赤くしながらも、小さな笑みがこぼれていた。
「……カケルさん。私、次は絶対に焦がしません。音ももっとちゃんと聞きます。……だから、見捨てないでくださいね」
「当たり前だ。お前がいなきゃ、皿洗いは誰がやるんだよ」
「もう!そこは『お前の笑顔が必要だ』とか言ってくださいよ!」
「ははは、そんな柄じゃないだろ」
横で見ていたアイリスも、やっと安堵したように微笑み、自分の分のオムレツに手を伸ばした。
「……カケルさん。ルナの機嫌は直りましたが、私の教育も忘れないでくださいね。私も昨日より『おいしい料理』を目指していきますから」
「ああ、わかってるよ。お前ら二人ならこの先もっと成長できるさ」
食後、お腹いっぱいになったルナはいつの間にかソファで丸くなって寝息を立てていた。俺は彼女に毛布をかけ、自分も大きく伸びた。
王宮での大仕事も、屋台での失敗も、すべては美味しい飯を作るための糧だ。窓の外には静かな王都の夜。包丁の手入れをやってから俺も眠りにつこう。
次の屋台では今日よりも少しだけ成長したルナの元気な「いらっしゃいませ!」が聞けるはず。俺はバルトの包丁を丁寧に手入れしながら明日という日を楽しみに、静かに夜を過ごした。




