四十八話 王妃の食事
「実は我の妻、王妃であるエルゼがここ数ヶ月、原因不明の病で寝ているのだ。腕利きの治癒魔術師も、高名な薬師も匙を投げた。食も細り、今はほとんど喉に通さなくてな……。だが、今日の料理を食して確信した」
王は自分の掌をじっと見つめた。
「体内で魔力が活性化しておる。ただの『食事』を摂った時の満足感とは違う。カケルの料理には生命力や魔力を素早く回復させる……一応『聖域』に近い効果が宿っていると思われるのだがどうだ?」
「生命力や魔力、ですか……。私はただ、一番美味しいと思う方法で調理しているだけですが……」
たしかに、今まで食べてもらった人からは「元気がでる」などのコメントはもらったことがあるが、実際に回復しているかどうかなんて確認したことないからわからん。
「無自覚か……。だが、リリアーヌの様子を見れば疑われない。食事前より肌に艶が戻り瞳の輝きがまるで違う。……カケル、我儘を承知で言う。エルゼに、何か食べて元気が出るものを作ってはくれぬか。今の妻は、固形物を咀嚼する体力すら危ういのだ」
横で聞いてたリリアーヌ王女も真剣な、悲痛さの落ち着いた表情で俺を見つめてきた。
「お願いします、カケル様。お母様を……お母様を救いになってくださいませ」
「……承知しました。まずは王妃殿下にお会いすることは可能でしょうか?今の体調や、何なら喉を通せそうか、この目で見なければメニューが決められません」
「おお、会ってくれるか!かたじけない。アルフレッド、案内せよ」
俺は再びアルフレッドに導かれ、城の最も静謐な一角にある部屋へと向かった。重厚な天蓋付きのベッドに横たわっていたのは、透き通るような白い肌をした、儚げな女性だった。
国王とリリアーヌと俺がベッドの側に歩み寄ると、王妃エルゼは微かに目を開けた。
「……あら……?その方は……?」
「母上、この方はカケル様。街で話題の、魔法のような料理を作る御方ですわ。今日は母上のために来てくださったのです」
リリアーヌが優しい母の手先に触れる。俺は王妃の顔色をじっと観察した。揚げものような重いものは当然却下。普通ならお粥みたいなものがいいんだろうが米がない。なにか好きなものだったら食べられるかもしれないが……。
しかし王が言った通り、もし俺の料理に「回復」の効果があるとするならば最も効率よく、かつ負担なくその効果を入れる方法を考えなければ。
「……王妃殿下、初めまして。カケルと言います。……何か、好きな食べ物や、今なら食べられそうだと感じる味はありますか?」
俺は問いかけ、王妃は弱気で、それでもどこか懐かしむような微笑を浮かべた。
「……昔……まだ、私が小さかった頃……。雨の日に、乳母が作ってくれた……優しくて、黄金色をした……優しい、スープ……」
「黄金色のスープ、ですか」
「ええ……。野菜の愛情が、心まで分解して、くれるような……。でも……今は、香りを嗅ぐだけで、胸が、一杯に……」
「今の王妃様は、香りの強いものや、脂分を受け付けないのです。料理番が最高級のコンソメを使ったスープを作っても、一口で戻されてしまいます……」
俺は王妃の孤独な腕を見つめ、自分の拳を握りしめた。唐揚げやトンカツといった「剛」の料理ではない。
(……野菜の愛情、黄金色のスープ。そして、俺の料理による『回復』の力。……よし、あれを作るか)
「厨房をもう一度お借りします。王妃殿下の思い出よりも、もっと優しくて、もっと力が湧くスープを作ってきます」
「頼む、カケル。其方だけが頼りだ」
俺は王妃の部屋を後にし、再び厨房へと足早に向かった。後ろでリリアーヌ王女が「カケル様、信じておりますわ!」と叫ぶ声が聞こえた。
脳内ではすでに、食材の検討が始まっている。雑味を一切排除した、究極の野菜の旨味。
俺はバルトの包丁を握り直し、静かに闘志を燃やした。異世界の料理人が、王妃の命を繋ぐための「至高の一杯」を作って見せるため、静かで、しかし限界まで神経を研ぎ澄ませた調理を開始した。
王妃が求めていた「黄金色のスープ」。それは贅沢なスープではない。高級な材料だったり調味料を使えばそれはおいしいスープを作ることはできるだろう。しかし、あまりにも高級すぎて味が濃くなったりしてしまっては体が弱い人にとっては毒にもなりうる。
俺はアイテムボックスから人参、玉ねぎ、ジャガイモを取り出す。まずは皮や根の近い部分も丁寧に洗浄して鍋に投入した。野菜の旨味は皮のすぐ内側にあるため、これを低温でじっくり、一滴も濁らずに煮出す。
俺は包丁で野菜を細かく刻んだ。刻むことで細胞の中にある「生命力」をすべてスープに解き放つためだ。その野菜を弱火でじっくりと炒める。そこに鍋で煮出したものと軽く調味料を入れてさらに煮る。最後に塩胡椒で味を整えて完成だ。
琥珀色に透き通った液体が、鍋の中で静かに揺れていた。脂浮き一つなく、「黄金」と呼ぶにふさわしい、清らかなスープだ。
再び王妃がいる部屋へ。王妃エルゼはさらに顔色が沈んでいるように見えた。俺は温かいスープを小さな器に盛り、王妃の枕元へ運んだ。
「王妃殿下。……少しだけ、香りを嗅いでみてください」
彼女がゆっくりと目を開ける。スープから立ち上がるのは、大地の包容力をそのまま受け止めたような、どこまでも穏やかな香り。
「……あら……。なんだか、とても……懐かしい、匂い……」
彼女の乾いた唇が、微かに動いた。リリアーヌ王女が手でスプーンを取り、スープを王妃の口元へ。 一口。黄金の雫が、彼女の喉を通った瞬間。
部屋の空気が、確かに変わった。
「……あ……。温かい……。お腹の奥が、冷たかったのに……光が灯ったような……」
二口、三口。王妃が自らスプーンを求めてスープを飲み干していった。すると真っ白だった彼女の頬に、少し桜のような淡い赤みが差し始めた。
「母上! 母上の瞳に、力が……!」
リリアーヌが声を上げて泣き崩れる。エドワード王もその逞しい肩を震わせて王妃の手を握りしめていた。
「……カケル。恩にきる」
王妃はその後眠って休んでいたが、その呼吸は今までとは比較物にならないほど深く、力強いものになっていた。
「国王様、今回のスープのレシピを書いておきました。火加減、野菜を刻むやり方、そして煮出す時間……。王妃殿下が回復されるまで、毎日朝一番にこれをこちらの料理人に作ってもらって差し上げてください」
「い、いいのか!?こんな、秘術とも言うレシピを我らに……」
「レシピに意味はありませんよ。正直な話、私が作ったから生命力や魔力が回復したのか、それとも同じ作り方で作ったら回復するのかはわかりません。でも、王妃様を元気にしたいという気持ちが、味を完成させるんですから。……それから、まだまだおいしいもの作るんで早く元気になってくださいと伝えてください」
俺がそう言ってレシピを渡すと、深く頭を下げられた。




