四十六話 城で料理
アルフレッドに導かれ、俺は王宮の奥深い「第一厨房」へと続いて足を踏み入れた。そこは厨房というより巨大な研究室か神殿のようだった。磨き上げられた銀の調理器具が整然と並んでいる。
「こちらの厨房を使用してください。道具や食材、調味料などもご自由に使っていただいて構いません」
なかなかの広さに質がいい道具。これでも驚いたが俺が一番驚いたのはその直後だった。
「カケル様!準備は整いまして?私、一秒も遅れませんし忘れるつもりはありませんわ!」
広間で待っているはずのリリアーヌ王女が豪華なドレスの裾を自らたくし上げ、厨房の入口に立っていた。
彼女は俺のすぐ隣、包丁一本分ほどの距離まで詰め寄ると、食い入るように俺の手元を見つめ始めた。
「……王女殿下、ここは油が跳ねますし危険ですよ……」
「それではだめです!この跳ねる油の境界こそが、聖なる儀式の証ではありませんか!」
彼女は恍惚とした表情で見つめ続けた。
「いいですか、カケル様。私にとっての料理とは、規定皿の上に載せた結果ではありません。火が肉を焼き、油が衣を黄金に変え、命が『極上の快楽』へと昇華されるそのプロセス……。『その音』、その『匂い』、その『輝き』すべてを五感に刻んでこそ、真にその料理を理解したと言うのですわ!」
彼女は愛おしいものを見るような目で見つめた。
もう言っても無駄だと悟り、俺は覚悟を決めて食材と包丁を準備した。
まずは屋台の定番、唐揚げとフライドポテトから準備する。
「今日は唐揚げを二種類ご用意します。いつもの醤油ベース、そして肉の旨味を直接に味わっていただく塩ベースです。両方とも昨日から仕込みをして調味料に漬け込んであります」
「この肉の切り方!なぜ不揃いなのですか?」
「断面が多いと調味料が染み込みやすいのと、火の通り方が違うことで食べた時の食感に変化を出すためです。噛む場所によって、肉汁の溜まり方が変わるんですよ」
「そして一度揚げてから休ませる……。今度は高い温度で一気に水分を飛ばすことで、あのサクサク感を生むのですね……すべて計算され尽くしたもの! 素晴らしいわ!」
唐揚げを揚げつつもフライドポテトも準備する。といっても準備は終わらせてあるからあとは揚げるだけだ。
「……この芋は下茹でだけで十分ではなくて?それをさらに揚げるのですか?」
リリアーヌが不思議そうに首を傾げる。
「ええ。一度じっくり低温で火を通し、仕上げにこの高温の油へ……」
俺は蒸気を上げてホクホクとした状態のポテトを、一気に高温の油の中へ投入した。
――バチバチバチッ!!
「きゃっ……!なんて激しい音!」
熱い油の勢いに一瞬身を震わせた王女だったがすぐにまた向いてる。白い芋の表面が見ていて美味しそうなキツネ色へと変化していく。
「下茹でしたことで芋の表面には目に見えないほどの微細な凹凸ができています。高温の油に触れることで一瞬にして固まり、この『クリスピーな層』を作ります」
油の気泡が細かくなり、「シュワー」から「カラカラ」という乾いた音に変わった瞬間、俺は一気に網でそれらをすくい上げた。
網の上でポテトを振るとまるで硬質な宝石が触れ合うような「カラン、コロン」という少し気味のよい響きがあった。
「……信じられないわ。あんなに柔らかかった茹で芋が、まるで硬質なガラス細工のような音を立てるなんて。それにこの立ち上る香ばしさ……。芋が持っていた大地の香りが、油という触媒を経てこれほどまでに機能的な芳香に変わるなんて!」
俺はボウルに移したポテトに細かく砕いた岩塩をパラリと振り、ボウルを大きく煽った。
――シャッ、シャッ、シャッ!
「塩が熱い表面に吸い込まれ熱気で一瞬にして花開く……。ああ、カケル様。もう我慢の限界ですわ。その一本を、今すぐ私の口へ放り込んでくれませんか!?」
「はは、お気持ちはわかりますが、これは他のものと一緒に広間で。最高の『サクサク』を維持したまま運びますから」
唐揚げやフライドポテトが揚がる香ばしい匂いが厨房を満たす中、俺は真打ちを取り出した。森で狩った中でも最高級、脂の刺しが美しいボアのロース肉の塊だ。それを厚めにカットしていく。
「カケル様、それは……?焼くにしても揚げ物にしても、あまりに厚すぎませんか?」
「これは『トンカツ』という料理です。ちゃんと中まで火を通すのでご心配いりませんよ」
厚めにカットしたボアの肉の赤身と脂身の間にある筋を切っていく。
「筋切りです。こうすることで加熱したときに肉が反り返るのを防ぎます」
「魔法……魔法のようですわ。あんなに頑ななボアの肉が、あなたの手の平で従順な羊のようになっている……!」
軽く塩胡椒を振り、小麦粉、溶き卵、そしてこの日のために昨日作っておいた「パン粉」をまとめた。市場を探しては見たがさすがにパン粉を売っているところはなかったので自作だ。パンを細かく砕いたこの「衣」を見た瞬間、王女から「なんですかこれは……?砂?」とざわめきがあった。
「これはパンの欠片です。これが油の中で花が開くように膨らみ、肉の旨みを逃さない『鎧』になります」
熱した油に、肉を静かに滑り込める。
――シュワーッ……カチャカチャ……。
「ああ……なんという心地よい音。肉が、肉が歌っていますわ!」
「まずはあまり触らず待ちます……そしてここが肝心です。最後に、火を少し強めて表面を固める。そして……」
俺はきつね色になったトンカツを上げて網の上に乗せた。
「……? カケル様、まだ中は赤みが残っているのではなくて?」
リリアーヌは喉を鳴らしてその「黄金の塊」を見つめていた。
「唐揚げと同じでこのままの状態で休ませます。余熱で中まで火が入るので肉が硬くならずしっとり柔らかい食感になります」
しばらく休ませたら俺はトンカツに包丁を入れた。
――サクッ、ジュワッ。
包丁から伝わる確かな手対応。肉汁がまな板の上に溢れ出しそうだ。
「……カケル様、それは反則ですわ。その音だけで、私の理性は、もう……」
リリアーヌ王女の瞳は完全に「獲物を見つけた猛獣」のそれになっていた。
俺は自分の正装を一度整え直した。
「……さて、王女殿下。出来上がりましたので広間に行って召し上がってください」
俺とアルフレッドで料理を運搬する。広間ではすでにエドワード王がフォークとナイフを握りしめ、かつてないほど真剣な眼差しでこちらを見ていた。
リリアーヌ王女も席に着くとテーブルに料理が運ばれる。
「醤油唐揚げと塩唐揚げ、フライドポテトにトンカツです。ぜひお楽しみください」
皿の上で、黄金色の衣が誇らしげに光っていた。




