四十二話 屋台と魔人とリクエスト
今日も朝から屋台。新メニューのフライドポテトは、もはや唐揚げに劣らぬほどの爆発的な人気を博していた。
ガストンに用意させた厚紙の箱が広場のあちこちで黄金色に輝き、カリカリという小気味いい音がBGMのように鳴り響く。
相変わらず常連として来てくれる人もいれば目をキラキラさせてまだかまだかと並んでいる子供もいる。これだけ楽しみにしてくれているのはやはりうれしい。
そんな喧騒の終わり際、列の最後に一人の男が残った。
灰色の肌に額から突き出した小さな角、魔人族の男だ。彼はいつも誰よりも美味そうに俺の料理を食ってくれる常連さんだ。
「コンニチハ、……。キョウ、サイゴ、ニナリマス」
男は少し寂しげな笑みを浮かべ、カタコトの言葉で俺に語りかけてきた。
「最後? なんだ、もううちの味に飽きたか?」
「……チガイマス。ワタシ、クニ、カエル。……ココ、ハナレル。……サミシイ……」
「そうか……。故郷に帰るのか」
「ハイ。……アナタノ、ニク、サイコウ。……ポテト、マホウ。……アッチ、タベレナイ、ザンネン。……イツカ、マタキマス、アナタモ、ワタシノクニ、キテクダサイ。……ワタシ、マッテル。……キタラ、ワタシ、イチバン、ナラブ」
男は大きな手で俺の肩を叩いた。その重みには種族を超えた料理人への敬意が詰まっていた。俺は何も言わず、注文した揚げたての唐揚げとポテトとは別に、サービスで唐揚げとポテトを箱に詰め手渡した。
「ああ、いつかな。……これ、道中で食えよ。サービスだ。元気でな」
「……アリガト。……カンシャ、ワスレマセン」
男はその宝物のような箱を抱え、夜の帳へと消えていった。
言葉はたどたどしくても美味いという感情に嘘はない。その横顔を見送るだけで、今日一日揚げ続けた疲れが吹き飛ぶような気がした。
片付けも終盤、屋台を畳もうとしたその時、背後に気配を感じた。
振り返るまでもない。あの隙のない洗練された空気――老執事アルフレッドだ。
「……またあんたか。悪いがもう完売だぞ」
「お忙しいところ恐縮です、カケル殿。……お話しした日程の件、陛下と王女殿下にお伝えしてまいりました」
アルフレッドの表情には少しの安堵と、相変わらずの深い礼節が宿っていた。
「日程? 俺が伝えた通りの日ってことでいいんだな?」
「はい。カケル殿の仰る通りの日に城へお越しいただくことで合意が得られました。当日は我が王宮の厨房を自由にお使いください。……そして、そこで料理を振るっていただきたいのです」
「やっぱり料理を作る流れか……。まあ予想はしてたからいい。一応リクエストだけ聞いておく。王様や王女様が、特に何を食べたいのか好みがあるなら教えてほしい」
「それが……お二人とも、カケル殿の『自由な発想』に期待すると仰っておりまして。ただ強いて申し上げれば、お二人とも大の『肉好き』でございます。特に力強く、それでいて洗練された肉料理を……。より詳しい好みを、今から聞いてまいりましょうか?」
「いや、いい。今更聞いて回るより、俺が信じる『最高の肉』をぶつけた方が早い。肉、だな。了解した」
アルフレッドは安堵の溜息をつき、「では当日の朝、お迎えに上がります」と、闇に溶けるように去っていった。
その夜、王宮。
アルフレッドからの報告を受けたリリアーヌ王女は、豪華なサロンの長椅子に身を預けながら、激しい後悔に身を焼かれていた。
「……ああ! 私はなんということを! おまかせすると言っても『肉』などというあまりに抽象的で、あまりに広大な言葉を返させるなんて!」
「リリアーヌ、何をそんなに嘆いている。カケルは納得したと言っていたのだろう?」
国王エドワードが呆れたように問いかけるが、リリアーヌの瞳にはもはや常人には理解しがたい「食の哲学者」としての光が宿っていた。
「お父様、お分かりになりませんの!? 彼がもし、『王族だから』と気を利かせて、上品に飾り立てただけの、牙を抜かれたような肉料理を出してきたらどうするのです! 私は、彼のあの無骨で生命の躍動そのもののような熱を喰らいたいのですわ!」
彼女は立ち上がり、ドレスの裾を揺らして部屋を歩き回る。
「もっと詳細に語るべきですわ……!今からでも行って肉の種類や調味料までリクエストするべき……! ああ、浅はかな回答のせいで彼のインスピレーションを削いでしまったら……!」
「……いや、あやつはそんなことで動じる男ではないだろう」
王の言葉に、リリアーヌはハッとして立ち止まった。
「……そうですわね。アルフレッド、彼は『肉』という言葉を聞いて、どう反応しましたの?」
「……不敵にニヤリと、挑戦的な笑みを浮かべておられましたな」
「……ふふ、あははは! そうですわよね! 彼は『肉』という一言に込められた、全神経を逆なでするような飢えをすべて理解したのですわ!ああ、私はその日まで、清らかな水だけで魂を浄化して待ちますわよ!」
王女のあまりの狂喜乱舞に、エドワード王は静かにアルフレッドへ指示を出した。
「……当日はリリアーヌが皿ごと料理をを飲み込まないように注意しないとな……」
その夜、屋台から帰宅した俺は真っ暗なキッチンに立ち、月明かりで鈍く光るバルトの包丁を見つめていた。
「……肉、か。王族の舌を満足させる肉料理……」
俺は屋台の店主ではなく、一人の「料理人」としてこの国の頂点に挑むことになる。
リクエストは「肉」。ならば俺の持てるすべての技術と、異世界の知識、そしてこの森が育んだ最高の命を使い、彼らの度肝を抜いてやる。
俺は静かに、だが力強く、包丁を研ぎ始めた。シュッ、シュッ、という規則正しい音が、静まり返った家の中に、開戦の合図のように響き渡っていた。
俺の口元はアルフレッドが言った通り、不敵な笑みが浮かんでいた。




