三十九話 包丁完成と仕事斡旋所
朝、俺は軽く身体を動かしながら窓の外の青空を眺めた。今日は屋台の定休日。だが休んでいる暇はない。そろそろバルトの工房で「包丁」が完成する頃だからだ。
工房の扉を開けるとかなり汚れて疲弊しているバルトが、まるで宝物を眺めるように包丁の確認を行っていた。俺が来たことに気づくとその包丁を俺に差し出してきた。
「……できたぞ。カケル、あんたの言った通りだ。『軟鉄』と『鋼』を幾つにも重ねて打ち出した。俺の鍛冶人生で、最高の一振りだ」
その包丁は『柳刃』、確かな闘志を宿したような輝きを放っていた。手に取ると驚くほど吸い付くようにフィットした。設計したバランスとバルトの技術が完璧に融合していた。
試しにアイテムボックスから捌く前の魚を取り出し、その場で捌いてみる。
前の世界で使っていた『使い慣れた柳刃』よりも使いやすく切れ味もよかった。
「……完璧だバルト。俺が望んでいた以上のものだ。ありがとう。……っと代金はいくらだ?」
俺が代金を払おうとするとバルトは大きな手でそれを制した。
「金はいらねぇ。その代わり、提案がある。……この『カケル式包丁』、俺の工房で制作、販売させてもらいたい。これはこの世界の『切る』という概念をひっくり返せる。俺はこの『カケル式包丁』を世界に広めたいと思っているんだ」
いや、その名前は勘弁してほしいところではあるが……
俺は驚いたが、彼の職人としての目に偽りはないことを悟り、快諾した。
ただ口約束だけでどうこうできることではないらしく、正式に商業ギルドで手続きしないといけないらしい。
そのまま俺とバルトは商業ギルドへ向かいともに手続きを行った。この世界の商業法は意外にもしっかりしており、「設計者」と「制作者・販売者」の間で利益を分配する仕組みがあった。
「カケルさん、この契約は商品が一つ売れるごとに販売価格の一定割合が『設計料』としてあなたに支払われます。製作数や販売実績に応じて寝ていてもお金が一応入ることになります。ただし、今回の商品の設計図を他へ提供する、または設計方法を口頭で説明するなどをしてバルトさんの制作や販売に影響が出た場合は契約は無効となり、違約金を支払わなければいけないことになります。よろしいですか?」
「問題ない」
「バルトさん、制作数や販売数についてはバルトさんに決定権があります。ただし、理由もなく半年以上制作が行われない場合や制作数の隠蔽などが発覚した場合、また品質の低下があり商品として十分ではないものを制作した場合はこの契約は無効になります。販売についても自分の店で販売せずに他の店で販売するときには申請が必要になります。その申請をせずに販売した場合も契約は無効、どちらの違反も違約金が発生しますが、よろしいですか?」
「おう、俺のほうも大丈夫だ」
ギルド職員の説明後に俺とバルトは契約書にサインをした。自分の知識がこの世界の道具の進化を支えているということは料理人としても誇らしいことだった。
「じゃあカケル、これからもよろしくな。また新しいもの作りたかったら来てくれ」
バルトと別れギルドを後にしようとした時、ふと「砥石」の存在を思い出した。
「……砥石がないと、この包丁は宝の持ち腐れだな」
俺はガストン商会へ向かい砥石に適した石を購入。説明するときに包丁を出してガストンに見せたところかなり食いついてきた。
「……な、なんですか、この切れ味は!?」
ガストンは包丁のあまりの完成度に目を剥き、その場で自分の商会でも扱いたいと鼻息を荒くした。バルトとは契約を結んだことを話しておいたからすぐにでもバルトと話すことになるんだろうな。
「ところでガストン。そろそろ一人で屋台をするのが難しくなってきたんだ。手伝いが欲しいから誰か人を雇いたいんだが……」
俺がそう切り出すとガストンはこの世界の労働事情を教えてくれた。過去には奴隷制度があったらしいが今この国、というよりこの世界に奴隷制度はない。代わりに「仕事斡旋所」があり、店側は条件を出して人材を募集し条件に見合う人が応募してくる形式だという。うん、ハロー〇ークだね。
「カケルさん、条件は少し色をつけた方が良い人材が来ますぞ。特に料理技術を学びたいという人は多いはずです」
俺はガストンのアドバイスを受け斡旋所へ向かい、募集要項を記入しておいた。
勤務地は中央広場の北側の屋台、将来的に店を持つ予定なので店ができたら店舗での勤務もある
現在の借家にて住み込み可能、その場合は三食付き
仕事内容は屋台手伝い、仕込みの手伝い
条件として、料理人としてやっていきたい、あるいは料理が好きな人
給料は月金貨十五枚
給料については一般的な給料が月に約金貨十枚らしい。今の屋台でもだいぶ稼げてはいるからこの給料でも大丈夫だろう。
とりあえず将来店を持つことができたら、その時に俺の右腕になれる人材がほしい。そうじゃないと俺一人での調理はさすがに大変だ。
担当官は相場をはるかに上回る好条件と「三食付き(あの唐揚げ屋の料理)」という内容を見て「これは応募が殺到しますね……」と覚悟していた。
募集は三日間。短くないか?とも思ったがそれ以上になるとおそらく人が集まりすぎる可能性がある、ということだ。四日後に斡旋所の部屋を借りて応募者の面接をすることになった。
夕方、新しい包丁とガストンから購入した砥石を持って帰宅した。
新しい包丁の切れ味は凄まじかった。おそらくこれまでちょっと苦労していたココ鳥の関節も楽にできるだろうから作業効率はこれまでの倍以上になるだろう。
「……よし。準備は万端だ」
明日から正式にフライドポテトを出すことになり、バルトとのナイフビジネス、そして新しい従業員の採用。これからの生活がだんだんと加速し始めていた。
だが俺はまだ知らない。王宮からの「招待」という名の巨大な嵐が、迫っている事を。




