三十八話 屋台の新作と王女
家のキッチンで俺は朝から芋のカットをしていた。今日は屋台の営業日で昨日の試作で作った「フライドポテト」を少しだけ出してみることに決めた。
といっても最初だから金はとらずに試食的な感じで置いておくつもりだ。簡単に言ってしまえば「ただ芋を揚げて塩を振っているだけ」というものだから、この世界での評価がわかっていない。まずは反応を知りたかった。
中央広場にはもう見慣れた光景――開店を待つ人の列がそこにあった。俺はいつも通り準備をして唐揚げを揚げつつ、カットした「大地の芋」を高温の油に投入した。
――シュワァァァァァッ!!
「……ん? 店主、今日はいつもと違う匂いがするな」
常連の冒険者が鼻をひくつかせた。
俺は黄金色に揚がったフライドポテトに塩を振り、皿に乗せてカウンターに置いてから言った。
「新メニューの試作だ。唐揚げを買ってくれた人は一口ずつ食べて感想を聞かせてくれ」
その言葉が終わるか終わらないうちに、常連の冒険者の手が伸びた。一口食べた瞬間、「サクッ」という音が響き、そして爆発的な歓声が起こった。
「なんだこれ! 外はカリッとしてるのに、中は信じられないくらいホクホクだ!それにこの塩気が絶妙にうまい!唐揚げと一緒に食べたら止まらなくなるぞ!」
「見たところ、芋を調理しているだけなのになぜこんなにおいしいのかしら……これ、無限に食べ続けられる恐怖の食べ物かも……」
そう言っているのは「太る」と聞いてあたふたしていたエルフの魔術師だ。彼女の目はもうカロリーの事など微塵も気にしていない、純粋な「食への欲望」に染まっていた。
唐揚げも人気のため、かなりの勢いでフライドポテトはなくなっていく。一人一口ずつと言っても今日はそこまで量を用意したわけではないから午前中には用意した芋がなくなっていた。
「悪いが、今日は試作用の分しか用意していないんだ」
俺がそう言っても客たちの勢いは止まらない。結局芋がなくなってからは「次からは絶対出せよ!」「金ならいくらでも出す!」と、熱烈な要求を突き付けられる始末だった。
「……ふぅ。ちょっとした試食のつもりがえらいことになったな」
俺は心地よい疲れを感じながら、空になったボウルを眺めてさらに唐揚げを提供し続けた。
一方、同じ頃。白亜の王宮の奥深くでは、国王エドワードが「王としての威厳」を捨てていた。
アルフレッドが持ち帰った唐揚げ。あの日買ってきた唐揚げは二串ずつ。実は一串ずつアイテムバッグに入れたまま隠し持っていたのだ。
「……ふむ。やはりこちらの肉は旨味が最高だな。エールにはこちらのほうが……」
王が最後の一片を口に放り込み名残惜しそうに串を眺めていた、その時。
「お父様、いらっしゃいますか?……どうしましたか?妙に香ばしい、良い匂いがいたしますが……」
「っ!? リ、リリアーヌか!」
扉の隙間から顔を出したのは王の一人娘、リリアーヌ王女だった。二十歳を迎えた彼女は、聡明で慈悲深く、王宮内でも「最も重視な感性の持ち主」と慕われている。しかし食のことになると一変、彼女が求めるのは豪華な料理というよりもその料理がどう作られどういう味でうまいのかまずいのかを論理的にしてしまう。間違いなく他の人間よりも鋭い嗅覚と味覚があるからだろう。
彼女の鼻が、獲物を狙う猟犬のようにピクリと動いた。
「お父様、隠れてなにをしてらっしゃったのですか?その香ばしい匂い……もしかして、騎士達の間で噂になっている『黄金の肉』ですか?」
「い、いや、これはだな……」
王が言い訳をしようする。その手元を見たが、そこにはすでに串のみで肉は残っていない。
「……全部、食べ終わったのですか?一人で?私を差し置いて?」
リリアーヌの瞳からそれまでの穏やかさがなくなり、代わりに底知れぬ「食への執念」が宿った。彼女は食のことになると、王であっても容赦しない。
「お父様、これは王家の絆を揺るがす大罪ですわ。……私、決めました。その屋台の御方を城へ招待しましょう。命令ではなく『招待』です」
「リ、リリアーヌ。ただの屋台店主だぞ。城へ呼ぶなど、手続きが……」
「手続きなど私が魔法で焼き切ります」
「い、いやしかしだな……こちらの都合で呼ぶなどさすがに……」
「私としても、本来なら城を抜け出してでもその『黄金の肉』を買いに行きたいと思っておりましたが、近頃は仕事のほうが忙しいものですから。我慢していましたのに、お父様だけいただいていたとなれば、『招待』してでも食べたいと思うのは当然なんじゃありませんか?」
王女のあまりの気迫にエドワード王はタジタジになりながらも、心のどこかでこれでまたあの唐揚げが食べられると確信し、密かにアルフレッドへ目配せを送った。
「……わかった。アルフレッド、例の男に伝えろ。王女が……いや、王家が彼の腕を求めているとな」
「かしこまりました。……準備が整い次第、お迎えに上がります」
「いいか、『招待』だから無理な誘いは禁ずる。……できれば来てほしいと伝えてくれ」
リリアーヌの瞳も穏やかになり「それでは仕事を片付けてきます。『黄金の肉』が待っているんですから」という言葉と共に退出していった。
屋台で後片付けをしていた俺は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「……なんだ?嫌な予感がするな。……誰かに狙われているような……気のせいか?」
夕日に赤く染まっていくなか、得体の知れない「強大な意思」が自分に迫っているのを少なからず感じつつ、早く屋台の片付けを済ませていた。




