三十七話 試作と王様の驚き
がらんとしたリビングに差し込む朝日を浴びながら俺は大きく背伸びをした。今日は屋台は休み、拠点となる「城」を手に入れて満足感に浸っていたが、いつまでも家具なしというわけにはいかない。
せっかくくつろげる家があるんだ、家くらいリラックスできる場所にしないとな。そう自分に言い聞かせて家具屋へ行き、ご飯を食べたりするための大きな木製のダイニングテーブル、座り心地の良い椅子、他にもタンスや保管用の棚などを選びアイテムボックスに入れていった。家具などにこだわりはなく使いやすければデザインはどんなのでもかまわなかったからそこまで時間はかからなかった。
家具の購入が終わってから食材を探しに市場へ向かう。
「よぉ、黄金串の兄ちゃん!今日は休みか?」
八百屋の親父が声をかけてくる。
「ああ、今日は休んで仕込みさ。いい芋はある?」
「それならこの『大地の芋』だ。今朝届いたばかりで、いい香りだぜ」
俺は大量の芋を購入、そして肉屋でオーク肉の塊を買った。
昨日の屋台はまた熱狂だった。でも料理人として一つのメニューに甘んじているのは、包丁が錆びるのと同じことだ。今は大人気の唐揚げだがいずれは客も落ち着いてくるだろう。屋台で出すメニューとして何か他の物を考える必要はある。
「さて……唐揚げの相棒と言えば、やっぱりあれしかないよな」
俺がまず取り出したのは市場で仕入れたこの世界では「大地の芋」と呼ばれている芋だ。見た目はジャガイモで少し皮がやわらかく、デンプン質が強そうな印象を受ける。
ジャガイモに油、とくれば『フライドポテト』だ。油を使う料理として簡単に作ることができるから、うまくできるようなら屋台で出すのもいけるはず。
「まずは、素材を知ることからだ」
芋を太さを揃えてカットしていきそのうちの一つを生のままで口に運ぶ。食べた感想としては……うんやっぱりジャガイモだな。むしろ前の世界のジャガイモよりもうまいと思う。水分量が多かったりするとフライドポテトにむかない場合もあるためとりあえずは助かったかな。
フライドポテトを一から作ることになると奥が深い。カットするのも細長くカットするのか、半月状にしてカットしていくのか、もしくは別の形なんかでも問題はないがやはり注意するべき点は「火の通り具合」になる。人の好みにもよるがカリッカリまで揚げるか、中に火が通るくらいでふにゃっとした状態か、もしくはその中間くらいでも全然いいと思う。ただ、屋台で出してふにゃっとしていると食べにくいこともあるし、外側は少しカリッとしていたほうがいいだろう。
まずは芋の中の水分を飛ばしホクホクとした食感の土台を作るため唐揚げと同じように揚げて、一度油から上げて少し休ませてから次は高温で一気に表面を揚げ固める。
――パチパチッ、ジュワァァァァァッ!!
唐揚げの時とは違う音が聞こえる。キツネ色に染まった芋を網で上げ、熱いうちに岩塩を細かく砕いたものを振りかける。
「……よし。試食だ」
一本、口に移動。サクッ、というちょっと気持ち良い音の後に中から熱々のクリーミーな芋が溢れ出ている。
「……いける。これなら唐揚げの隣に添えても、単品で袋に詰めて出しても客は喜んでくれるかな」
特にあのエルフの女性魔術師や食べ盛りの若手冒険者たちが、これをつまみながら歩く姿が容易に想像できた。
そしてもう一つの実験。屋台を行っているときに見かけたこの世界の「定番屋台料理」を俺なりの技術で再構築してみることにした。
ターゲットは「オーク肉の串焼き」だ。安くて手に入りやすいが、筋が多くて硬い。基本的に味付けは濃い塩か、焦げたタレの味で誤魔化されているのが現状だ。
「あの硬さをどう攻略するか……」
俺は市場で買ったオーク肉の筋を職人の経験に基づいた包丁さばきで断ち切っていく。さらに『クリスタルオニオン』や果実の汁への漬け込みで肉を柔らかく、臭みを消す方法を試してみた。
「味付けはシンプルに塩胡椒、もしくは醤油ベースの合わせタレかな。とりあえず両方作ってみるか。味噌とかさっぱりしたポン酢みたいなのでもいいかもな」
串に刺し、火を通しすぎないように注意してゆく。
夕日がキッチンに差し込む頃、俺の目の前には何種類もの「試作品」が並んでいた。
そして試作という名の晩餐が始まる。
「……ほう。化けたな」
あれほど筋が多くゴムみたいだった肉が驚くほど柔らかくなっている。噛むたびに肉特有の旨味が口に広がっている。
食べてみてわかったが、味付けはシンプルなほうがいい。濃い味付けで肉の臭みを感じさせないようにすると肉の旨味が鈍くなる。今回のように手間はかかるが漬け込みで臭みをなくし、味付けは塩のみでもいいかもしれない。
調理次第でびっくりするほどうまくなるんだ。これだから手間かけても料理したくなるんだよな。
(……フライドポテトに、進化版串焼き……新メニューはこれでいいが、やっぱり運営が課題だな)
一人でこれらをすべて処理するのは不可能だ。唐揚げのクオリティを維持しながら、他をどう出すか。
一人で実現させようとするのであれば、料理した完成品をアイテムボックスに入れて都度提供すればいい話ではあるが、さすがに料理人としてそればやりたくない。それに、あの油で揚げている音や匂いで客がきてくれることもあるから楽はできない。
とりあえずは同じ油で揚げる調理としてできる唐揚げとフライドポテトを提供してみるかな。最初だしフライドポテトのほうは軽めの提供で反応を見てみよう。
串焼きまでするとなると、やはり人手が必要になる。これはまたガストン案件になるからお願いしに行くかな。
明日は屋台。今日作った試作が、いつか「王都の常識」になる日を夢見て、俺は食べかけのポテトを最後に一口放り込み、後片付けをすませてから寝室まで向かった。
頭の中には、まだ完全でない調理台のレイアウトと、新メニューで驚く客たちの顔が浮かんでいた。
前日の夜のこと、王宮の一室で国王エドワードは老執事アルフレッドが時間経過のないアイテムバッグから取り出した、出来立ての唐揚げをまじまじと見つめていた。
「アルフレッド。……これが、街で噂の『黄金の肉』か?」
「左様にございます」
「…………」
王は見たことのないものに興味を示していた。しばらく見つめた後、もも肉のほうの串の唐揚げを一つ口に運んだ。その瞬間、王宮の静寂を打ち破るように、王の頭の中で「音」が響いていた。
――サクッ!!
「っ……!? な、なんだ、この食感は……!?」
噛んだ瞬間に弾ける衣の軽快な音。そしてその後押し寄せる圧倒的なまでの「肉汁の奔流」。噛みしめる度に鶏の旨味が濃縮されたスープのように口内を支配していく。
「肉の脂の旨味が凄まじい……なるほど。この肉の周りについているもので肉の旨味を閉じ込めているのか……しかしこれほどとは。それにこの味……!ハーブなどではない奥深いコク……これは一体、何の魔法だ?」
「魔法ではありません。噂ではありますが、誰も知らない特別な『タレ』、そして高温の油で一気に火をいれるとか。……お味はいかがですか?」
王は答えずに二個目を口に運んだ。
「……アルフレッド、水だ。……いや、酒だ!一番強いエールを持ってこい!この肉には絶対エールが合う!」
王は出されたエールを一気に煽ると、次にもう一種の「むね肉」を凝視し、口に運んだ。
「……驚いた。旨味も凄まじいが、この肉の柔らかさはどうだ。パサつきなど微塵もなく、まるで絹のような舌触り……。どちらもエールに合うぞ!」
王は唐揚げとエールを勢いよく平らげると満足げに、しかしどこか悔しそうに溜息を漏らし深く体を預けた。
「……アルフレッドよ。私は今日、初めて知った。宮廷の厨房で数百人の料理人が知恵を絞っても受け入れなかった『真実の味』が、街角の一台の屋台に存在することを」
「それほどとは、恐るべき御仁ですな」
「ああ……。この料理には『熱』がある。食べるものを強制的に鼓舞するような、まるで命の力だな」
王は、油で少し光った口元をナプキンで拭い、窓の外に広がり王都の街並みを見据えた。
「アルフレッド。……この屋台の男に、私は一人の客として揚げたての最高の一串を食しに広場へ向かうかもしれない」
「素直に、それは……」
「わかっている。しかし、それほどまでにあの香りや味に感動している」
王宮の夜。美食家であった国王の心は名もなき料理人が放った「黄金の衝撃」によって温かく、そして心地良く塗り替えられていた。




