三十四話 包丁進捗と冒険者ギルド報告
屋台三回目の争議を終えた翌朝、心地よい疲労を抱えたまま俺はバルトの工房へと向かっていた。 約束の「一週間」にはまだ早いが、あの変人のことだ。もしかしたら一本くらい出来上がっているかもしれない。
工房の作業台の上には、形こそ設計通りの包丁がどこか「死んだ」ような鈍い輝きの状態で転がっている。
「……クソッ、どうしても納得がいかない。カケル、形はアンタの言う通りにした。だがこの『薄さ』でこの『硬さ』を維持しようとすると、確実に脆くなる。かと言って硬くしようとすると厚すぎて鋭さが消えちまう!」
バルトは髪をかきむしり、真っ赤に充血した目で俺を睨んだ。考えてみれば設計図の「再現」はできても包丁特有の「耐久性と切れ味の両立」というのはこの世界ではかなり難しい製法なのかもしれない。
俺は包丁や刃物の専門家じゃない。でも包丁の作り方について「勘」が教えてくれた。
「……バルト、俺も聞いた話なんだが一つの鉄だけで作らず硬い鋼を粘りのある柔らかい鉄で挟み込んで合わせてから打ち延ばす……それに打ち終わった金属を一気に冷やさずに藁の灰なんかの中に入れてゆっくりと冷ます、なんてことを聞いたんだ」
バルトの動きがピタッと止まる。
「……合わせる? 異なる性質の金属を、一つに……?それに冷やすのもゆっくりだって……?」
「ああ。外側は折れないようにしなやかに、中心の刃先だけを極限まで硬く研ぎ澄ます。……それだったら、折れず、曲がらず、よく切れる。そんな矛盾を形にできるんじゃないか?」
バルトの目に、突然火が灯った。
「……それだ!なぜ考えつかなかった!硬い鋼を芯にして軟鉄で包む……。それならこの極薄の刃渡りでも強度を保っていられる! カケル、アンタは化け物か!? すぐだ、今すぐやり直しだ!」
案の定追い出されるように工房を後にしたが、バルトの顔には確信に満ちた笑みが浮かんでいた。これなら、最高の相棒が仕上がるのも時間の問題だ。
次に向かったのは冒険者ギルドだ。受付でいつものようにココ鳥とボアの討伐部位を提出して当然数が多いと呆れられて、依頼報告を終わらせてから「熊」の件を切り出した。
「ああそれと、森の少し奥で出くわした熊がいたんだが……」
「……熊?どんなやつでしたか?」
「全長三メートルくらいで、赤茶色の毛、目が赤くて爪が鋭い、そういえば右肩あたりに大きな十字の傷跡があったな」
俺が気にせずその特徴を口にした瞬間、カウンターの向こう側で作業していた受付嬢の手が文字通り凍りついた。
「……えっ? い、今、なんて……? 赤茶色の毛皮で、右肩に十字の傷……?」
彼女の顔から、みるみるうちに血の気が増えていく。
「ちょ、ちょっと待ってください! それ、『鳴動の赤熊』の変異種じゃないですか!? ちょっと前から特別警戒指定の個体ですよ! なんでそんな……えっ、まさか、遭遇したんですか!?」
「ああ。森の少し奥で鉢合わせた」
「遭遇して、無事だったんですか!? あの個体は過去にBランクのパーティーを半壊させたこともある凶悪なバケモノで……森の少し奥って……あわわ、すぐに緊急警報を!討伐隊を編成しないと!街に降りてきたら大変なこと……!」
彼女は椅子を派手にひっくり返し、書類をぶちまけながらカウンターの中で右往左往し始めた。
「……いや、落ち着け。もうその必要はないぞ」
「落ち着いてなんていられませんよ!今すぐギルド長に報告して、騎士団にも応援を……っ!」
「だから、もう始末したんだって。ほら」
俺がアイテムボックスから倒した熊をドサリと床に出すと、ギルド中の空気が心臓が止まるかと思うほどの静寂に包まれた。
「…………え?」
受付嬢は、駆け出そうとした姿勢のまま固まった。
「……始末……した……?お一人で……?あの、これを……?」
「ああ。襲ってきたからな」
その瞬間、彼女は「ひっ」と短い悲鳴を上げて立ち向かった。
「ああああもう、滅茶苦茶です!カケルさん、あなたは一体何者なんですか!?報告!すぐにギルド長へ報告!本日付で、あなたは問答無用でBランクへ昇格!文句は言わせません!」
半泣きになりながら激しい勢いでペンを走らせ、あたふたと階段を駆け上がる彼女。その背中を見送りながら俺は少しだけやりすぎたのか?と反省しておいた。
肉を料理で使いたいからギルドの解体場を借りて解体を始めた。担当の職員が「手伝うよ」と寄ってきたが、俺の解体に――関節を迷わず外し筋肉の繊維に沿って美しく肉を切り分けていく様を見て、彼は何も言わずにただ立ち尽くしていた。
「……あんた、本当に料理人なのか?王都の解体屋でも、これほど丁寧に解体できるやつはいないぞ」
熊の肉は極上だった。特に脂の乗りが素晴らしい。肉以外の素材――魔石、無傷の毛皮、肝臓、そして爪や牙。このあたりは即売りしておいた。
「合計で金貨七十枚です。……正直、これだけの金額を一度に手に入れるのはうちでも珍しいですよ」
屋台の売上など一瞬で霞んでしまうほどの金額だ。これだけあれば、ガストンに任せている借家の家賃や、包丁も調理器具も揃えることができる。
ずっしりと重い金貨の袋をアイテムボックスへ放り込み、俺はギルドを後にした。Bランクという肩書き、潤沢な資金、そして最高の包丁の完成間近。
(……もうちょっとで『本番』が始められそうだ)
道を歩きながら俺は今後の構想を練っていた。屋台も唐揚げだけでは終わらない、もっと提供できる料理を、そしてその先は自分の店を持ち、屋台では提供できない料理を出すという構想がある。
そうなればお金なんていくらあっても困らない。屋台の売り上げだけだとさすがに時間がかかる。今回みたいに魔物を討伐して金を手に入れる方法が一番早い。
『本番』が始められるまでにはどれくらい金が必要なのかもちゃんと考えておかないといけないかもな。




