三十三話 屋台三回目
屋台三回目の日。
俺はガストンの元から屋台を引き出し定位置まで行った。
「……冗談だろ。今日は結構早くきたと思ったのに……」
そこには、前回を遥かに凌ぐ「人の列」ができていた。夜から並んでいたのか、毛布にくるまった冒険者や、お金を握ってソワソワとしている市民。その熱気は、朝の冷気を完全に霧散させていた。
俺は屋台の準備を終わらせてから手作りの木板を変更していた。
「悪いが、今日から一人につき一種二串までの制限をかけさせてもらう。……全員に食べてもらいたいからな。すまないが協力してくれ!」
当然、不満の声が上がるかと思った。しかし、列からは「ちぇっ、十串は食いたかったが……」「まあこれだけの人数だ、当然だな」という意外にも物分りのいい声が返ってきた。
――ジュワァァァァァッ!!
ボアの油がいい勢いで泡立ち、ココ鳥を包み込む。
「これだ……この肉汁を夢まで見たんだ!」「むね肉が……口の中で解ける。この感覚、やはり魔法だわ」
一回目からの常連たちも制限を守りながら「また来たぜ!」と気安く声をかけてくれる。
だがその平穏な熱狂を切り裂くように、数人の男が列を無視して割り込んだ。先頭に立つ一人は仕立てだけは一丁前、だが趣味の悪い刺繍が施された服を纏った男で、他はいかにも護衛ですと言わんばかりの装備をしている。
「おい、店主。貴族であるこの私をこれほど待たせるとは何事だ。その『黄金の肉』とやらを、今すぐあるだけ包め。金ならいくらでも払ってやる」
キターーーーー!お約束の偉そうな貴族!まさか本当に出会うとはさすがに笑える。
心の中でそう思っていても周囲の空気は一瞬で冷えた。並んでいる冒険者たちの目が鋭くなる。俺は揚げ鍋から目を離さず静かに(笑いをこらえながら)、しかしはっきりと返答した。
「……悪いが並んでくれ。それと一人一種二串までだ。貴族様だろうが俺の店では関係ない」
男の顔が屈辱で真っ赤に染まった。
「貴様、誰に口をきいているかわかっているのか!?たかが屋台の分際で!私の顔に泥を塗るというなら、明日からここで商売が出来ぬよう、圧力をかけてやってもいいのだぞ!」
その言葉に反応して俺が行こうとした瞬間、列に並んでいた巨漢の獣人と、銀髪のエルフが同時に一歩前に出た。
「おい、そこの間違った坊ちゃんよ。王都のルールを知らねぇのか?ギルドの依頼も、屋台の列も、先に来た奴が優先だ。……それとも、俺の大斧と議論でもするか?」
「ここは『美味しいもの』を求める人たちが集う場所です。家柄など揚げたての衣の欠片ほどの価値もありませんわ。これ以上醜い状態を晒したら、あなたの家の品格が疑えますわよ?」
周囲の客たちからも「さっさと帰れ!」「空気を読め!」と怖い声が飛んでいた。
「な、な……っ!貴様ら、この私を愚弄するか!覚えておけ、ただですむと思うなよ!」
男は真っ赤に染まり、お決まりのセリフとかっこいい指先で俺たちを指差しながら全力の虚勢を張り上げた。
「おいおい坊ちゃん。指がシャレてるぜ?その指で剣が振れるかよ」「ほら後ろがつまってんだ。さっさと消えな」
冒険者たちの野次が追い打ちをかけた。男は一歩、また一歩と後退り、ついに我慢できなくなったか隣にいた護衛の肩を突き飛ばすように叫んだ。
「ええい、行くぞ!こんなに下卑た油の臭いが充満する場所、こっちから願い下げだ!」
踵を返しもつれる足取りで人混みをかき分けていく男の背中は、貴族の矜持など微塵も感じさせないほどに小さかった。
「……ふん、口ほどにもない。さて店主、邪魔者がいなくなったところで、俺の分の『もも』をくれ」
獣人男がニカッと牙を見せて笑い、俺は無言で笑ってトングを握り直した。
「……ああ、待たせてすまないな。最高にうまいのを出すよ」
「……店主さん、大丈夫か?あんな貴族なんかの喧嘩買っちゃって」
心配そうに声をかけてくれた冒険者に、俺は答えた。
「ああ。……まあ、屋台を畳まれるのは勘弁願いたいところだがな」
すると隣で唐揚げを頬張っていた老紳士が、口元の油を拭き取りながら笑った。
「心配いりませんよ、店主。あれは能のない、実力も人望もない下級貴族です。ギルドや商会に圧力をかける力など彼にはありません。それよりも、この『もも肉』の揚げ加減……今日も完璧ですな」
「ありがとう。そうか。……なら、余計な心配は無用か。さて、次の方!」
俺は再びトングを握り直した。権力も家柄も、この黄金の肉の前では何の意味も持たない。
制限をつけたおかげで閉店時間まで仕込んだ肉が切れることはなかった。
「また明後日だ!」と納得して帰ってゆく客たちの背中を見ながら俺は深い溜息とともに腰を下ろした。
「……ふぅ。今日は問題もあったけど、なんとか対応できたな。というより守られた、かな」
屋台を畳み、ガストンの元へ戻る道すがら、俺は今日一日の出来事を整理した。売上は今日も最高記録を更新した。
「……明日は休みだ。バルトの包丁の進捗も気になるし、ガストンが見つけてくれる『家』の話も進めなきゃな」
俺は宿に帰り、ずっしりと重い売上金を確認してアイテムボックスに放り込み、すぐに眠っていた。 夢の中で俺は自分だけの広いキッチンで新しい包丁を振っていた。




