三十二話 仕入れと仕込み
屋台二回目のあの熱狂が残っているが、料理人に韻に浸っている暇はない。
翌朝、まだ太陽が地平線の端にかかるかどうかの時刻。 俺はまた深い霧に包まれた森へと足を踏み入れた。
今日の目標は、前回の倍。ココ鳥百羽、そしてバスクボアは三十頭だ。森の入り口付近は前回の狩りで少し気が強くなったのか、鳥たちの姿が心なしか疎らだった。
(……いたな。朝露に濡れた羽を休めているうちに、一気に片付ける)
慣れた感じの狩り方で身体が最適解をなぞるように動く。木々の間を音もなく滑り、ナイフを一閃させるたびに、ココ鳥が声を上げる間もなく絶滅しアイテムボックスに吸い込まれていく。
ボアの狩りもまた澱みなく進んだ。突進の道のりを見切り、回避から喉元や項を裂く。一頭倒したら純白の脂を蓄えた巨体を手際よく血を抜き、最高の状態でアイテムボックスに確保していく。
「……よし、予定数までもうちょっとかな……しかし、少し奥に来すぎたか?」
周囲の空気が少し重く感じたため足を止めた。木々の隙間から音を出しながら姿を現したのは、これまでのボアとは比較にならない威圧感を放つ巨大な熊だった。立ち上がれば三メートルは優にあるだろう。
そこで「勘」が告げる。
(……図体はデカいが速度はたいしたことない。弱点は後頭部、か)
「……グルァァァァァッ!!」
鼓膜を震わせる咆哮とともにその巨体が突進してきた。
俺は冷静に敵の動きを見切り回避した後、熊が右前脚を大きく振り上げ重戦車のような一撃を叩きつけようとする。俺は紙一重の距離で横に滑りその攻撃をかわした。
ズォォォン!!
空振りに終わった熊の拳が地面を砕き土煙が上がる。その凄まじい衝撃で熊の体勢がほんの少し前に崩れた。俺は爆発的な脚力で跳躍して熊の視界の外、その巨大な後頭部へと着地する。
渾身の力を込め、ナイフを深く突き立てた。
熊は短い悲鳴を上げた。脳を直接破壊されたことで瞬時に全身の力が抜け糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
ドォォォン……!
地鳴りとともに横たわった熊の瞳からはすでに光が失われていた。
俺はその巨大な熊の亡骸をアイテムボックスへ放り込んだ。
とりあえずはギルドに討伐依頼がないか確認してから解体かな。前の世界みたいにクセがあったり硬かったりすると調理に手間がかかるけど、やり方次第では熊の肉っておいしくできるんだよな。屋台に出せるほど量はないからちょっとした食事のときに食べるかな。
さて、ココ鳥もボアも予定している数まではもうちょっとだったので森を戻りつつ狩っていく。森を出るまでには予定していた数まで狩ることができたため、そのまま王都へ戻ることにした。
王都へ戻り、そのままガストン商会の調理場へと直行した。
アイテムボックスから次々に取り出される、百羽のココ鳥と三十頭のボア。
肉を切り分け整え、ボアの脂をじっくりと出して濁り一つない黄金の油へと変えていく。
「……ガストン、少し相談があるんだ」
脂を濾す手を休め、様子を見に来たガストンに声をかける。
「おお、カケルさん。今日の仕込みもまた、一段と凄まじい量ですな……。何か入り用ですか?」
「いや、いつまでもあんたの店のキッチンを借りているので、流石に申し訳ないと思ってな。できれば王都の中でキッチン付きの『借家』を探してくれないか?どんな家でも構わない。キッチンがあって寝れる場所があれば十分なんだ」
俺の提案にガストンはにやりと口角を上げた。
「ほう!本腰を入れて拠点を構えるおつもりですか。カケルさんの腕を振るうに相応しい物件を、私の伝手で総力を挙げて探して見ましょう。調理場の広さと、換気の良さを最優先事項といたしますぞ」
「助かるよ。……さて、残りの半分、しっかり仕込むか」
すべての作業を完遂した頃は窓の外はもう静寂に包まれていた。百羽分の肉はすべて調味料の中で明日への旨味を静かに蓄えている。
ガストン商会を出て王都の石畳を宿へと歩いていく。肉を捌き続けた心地よい疲労が残っているが、この疲労こそが明日列をなすであろう客たちの「美味い」という言葉を保証するものだと思えば、足取りは自然と軽くなった。
(……家、か。寝泊りも出来るようになれば移動分の時間や食材の保管も楽になるな。家賃とか聞いてなかったけど、たぶん大丈夫……だよな?)
宿の部屋に戻りベッドに倒れ込む。明日もまた熾烈で、そして最高に充実した戦場が俺を待っている。
俺は心地よい睡魔に身を任せて、新しい拠点の構想をぼんやりと描きながら深い眠りの淵まで落ちていた。




