三十一話 屋台二回目
屋台二回目。朝日が昇り人々が活動を開始する前、俺はガストンのところから屋台を引き出し前回と同じ中法広場の北の端へと向かっていた。
ところが広場が見えた瞬間、俺は自分の目を疑い続けた。
「……なんだ、あの人だかりは」
俺が屋台をする「端っこ」の場所に、すでに二十人に近い人影が蠢いている。
「おい、来たぞ!『黄金の串』の店だ!」
冒険者ギルドでの噂が想像以上の速度で伝播していたらしい。ホブゴブリンを一撃で解体する『解体聖人』が、魔法のような揚げ物を出していると……。
その名前、マジで勘弁してほしい……。
「待たせてしまってすまんな。すぐ準備する」
俺は手早くコンロに火を入れ、黄金のボア油を鍋に満たした。温度が上がるのを待つ間も列はみるみるうちに伸びていく。驚いたのは、冒険者だけではないことだ。透き通るような肌をしたエルフの集団、耳をぴくぴくと震わせる獣の親子、さらには上質な外套を纏った市民までが国境の垣根を越え、一つの「匂い」を共有して並んでいる。
「エルフの里でもこれほど食欲をそそる香りは嗅いだことがありませんわ……」 「父ちゃん、あのお肉キラキラしてるよ!」
どうやらエルフや獣人にも好評だったらしく、噂は昨日のうちに広まっていったらしい。うれしいことだ。
――ジュワァァァァァッ!!
一回目よりも多いココ鳥が、どんどん黄金の衣を纏っていく。
暴力的な肉汁に、屈強な冒険者が「がはは!」と笑いながらかぶりつき、むね肉の繊細な優しさにエルフの少女がうっとりと目を細める。魔人族の男もまた来てくれた。今日は仲間を連れている。
結局は休む暇もなく朝からずっと唐揚げを揚げていた。このまま順調に提供できればよかったが、予期せぬことが起きた。
「……悪い、これで最後だ」
まだ日は落ちていながいが、狩りをして仕込んでアイテムボックスに詰め込んでいた五十羽分の肉がすべて底をついた。ボアの油もほとんど使い切っている。
「えぇっ!?もう終わりかよ!」
列の後方に残った客たちから悲鳴に近い落胆の声が上がる。中には遠くから駆けつけてきたであろう息を切らせた獣人の姿もあった。
「すまない、仕込んだ肉がなくなった。明日は仕込みがあるから休みをもらう。明後日は今日以上の量を持ってくるから勘弁してくれ」
俺が頭を下げると連中は「明後日か……」「絶対だぞ、食いっぱぐれたら暴れるからな!」と恨めしそうに、でも期待を込めた眼差しを残して散っていった。
いやいや、正直舐めてました。こんなに早い段階でこれほどまでに売れるとは予想してなかった。
(……場所が悪い、なんて言っていたのが馬鹿らしくなるな)
前の世界では、ちょっと美味い店でも場所より客足が伸びるまでには時間がかかるもんだった。
銅貨八枚。安いとは言えない値段設定に最初は「数が出なくても質を理解する奴が来ればいい」程度に考えていた。
(……五十羽分が二日で消えるか。……舐めていたのは俺の方か)
前の世界の知識と、ボアの脂、ココ鳥の身質。 それらが組み合わさったときに生まれる化学反応が、この世界の食の常識をこれほど簡単に、かつ暴力的に塗り替えてしまうのだ。
安定するまでは屋台を続けていくだろうし、考えを改めていかないと今日みたいに食べたくても食べられない状況が出てきてしまう。これはあってはいけないことだ。最初だから来てくれた客には食べてもらいたいし、しばらくすれば落ち着くだろうからそれまでは仕入れも仕込みも頑張らないとな。
屋台をガストンの元へ戻し、宿の自室へと帰ってきたのは夕暮れ頃だった。泥のように重い体に鞭打ち、俺は今日一日の利益を机の上にぶちまけた。
ジャラジャラ……ッ!!
銅貨の山。とりあえずいる銀貨の数も、前回とは比べられない。 銅貨八枚という設定は屋台の物価からすれば安くはないが、満足した客たちの顔を見ればそれが適正価格……いや、それなりに感謝の印であることは明白だった。
「……一、二、三……。ふぅ、これだけあれば、魔法の勉強代やバルトへの包丁代も工面できそうだな」
お金を革袋にまとめアイテムボックスに入れ、俺はベッドに倒れる。体は悲鳴を上げているが、心は不思議と興奮している。
(明後日のために、また森へ行かなきゃな。今度は百羽……いや、それ以上か?)
魔法があれば楽になるから覚えたい。包丁が届いたら速くもっと捌けるからはやくほしい。やりたいことやほしいものはまだまだある。
「……今日買えなかったやつ、明後日は今日以上の顔をして並んでるんだろうな。……休んでる暇なんてなさそうだ」
私は心地よい疲労感に身を任せ、泥のような眠りに落ちていった。




