二十九話 鍛冶屋の変人
屋台開店初日の熱狂が嘘のように静まり返った翌朝。俺は昨日の収益を整理し使い慣れないよく分からない重みを確認してからガストン商会まで足を運んだ。
屋台は今日はお休みだ。 しかし料理人としてこのまま進むにはどうしても解決しないといけない重大なことがある。
「ガストン、相談があるんだが……昨日のドワーフ以外で、腕の確かな鍛冶師を知らないか?やっぱり包丁は必須なんでな」
問いかけるとガストンは手に持っていた書類を置いて少しだけ悩むような、あるいは苦いものを噛み潰したような顔をした。
「……そうですね。一人、心当たりがないわけではありませんが……正直、あまりお勧めはしませんぞ。腕は……ええ、腕だけは確かですが、王都の鍛冶屋からは『変人』扱いされている男です」
「変人?」
「騎士が使う実用的な剣よりも、誰も見たことがないような妙な仕掛けの武器や細い刃物ばかりを作りたがる男でしてね。……名前は『バルト』。街の西側の古びた水車小屋の近くに工房を構えています」
ガストンの「お勧めしない」という言葉は、俺にとっては最高の推薦状態だった。 常識に縛られたドワーフに断絶された、俺が求めているのは「常識を疑う変人」のほうだ。
教えられた場所へ向かうと、そこには鍛冶屋とは思えない静かすぎる建物があった。
「……こんちわー」
扉を開けると、そこにはドワーフのような隆起した筋肉も職人特有の猛烈な気もなく、普通の体幹の青年がいた。椅子に深く腰掛け、ぼんやりと天井を眺めている。
(……大丈夫か、これ?)
第一印象は「ハズレ」だった。 しかし俺の目は壁に無造作に掛けられた「武器」に釘付けになった。
(……なんだ、これは)
それは王都で一般的に使われている無骨な直剣ではなかった。 驚くほど幅が広くどこか重心が計算し尽くされた湾曲した短刀。 あるいは先端が針のように鋭く繊細な透かし彫りが施された細剣。 どれもが「実用」を超え冷徹なまでの「美」と少しの隙間もない研磨の輝きを放っている。
「……アンタがバルトか? この刃、アンタが打ったのか」
俺が声をかけると、バルトは面倒そうに顔をこちらへ向けた。
「……そうだよ。でも、売らないよ。重い鎧を思い切り切る『鈍器』が欲しいなら、他へ行ってくれ。僕は空気すら切り裂くような『鋭さ』しか興味がないんだ」
その一言で俺は確信した。こいつだ。こいつなら、意図を汲み取れる。
俺は迷わず詳細を描き直した四本の包丁――『牛刀』『出刃』『柳刃』『菜切り』の設計図をバルトの前に広げた。
「俺の名前はカケル。単刀直入に言うと、これを作って欲しい。武器じゃない。……食材を、生きたまま切り取るための、料理のための道具だ」
バルトは最初、鼻で笑おうとした。 しかし図面に描かれた「片刃」の構造や、極限まで設定された刃渡り、そして用途に合わせた硬さの配慮を見た瞬間、バルトの死んだような目に火が灯った。
「……なんだ、この構造は。とりあえずこの『柳刃』……。この細さで強度を保てるのか?いやしかし、設計通りにすれば問題ないのか……っ、これだ!私が探していた『究極の鋭利』の形は、こういうことだったのか!」
彼は椅子を蹴って立ち、まるで禁断の魔導書でも読み解くかのように食い入るように図面を指でなぞり始めた。
「骨を断つ『出刃』には重みを。……野菜の細胞を潰さない『菜切り』には極薄を……。カケルだったか? アンタ、頭がおかしい(天才)な! こんなものを料理に使うなんて、正気の沙汰じゃない!」
「最高の料理には、最高の道具が必要なんだ。……やってくれるか?」
問いかけるとバルトはこれまでの覇気のなさが嘘のように、子供のような無邪気な笑みを黙って聞いた。
「やるよ! 喜んでやってやるさ! 他の鍛冶屋連中が作るような武器にはもう飽き飽きしてたんだ。……こんな『面白い未知』を目の前にして、断る鍛冶師こそ見てみたいね!」
バルトはすでに、炉の温度を上げるためのふいごに手をかけていた。
「一週間だ。一週間待ってくれ。……王都の歴史上、最も鋭く、最も美しい『料理の剣』を打ってやるよ」
工房を後にした足取りは、昨日よりもさらに軽かった。 理想の刃が手に入る。そうなればココ鳥もボアも、そしてまだ見ぬ希少な食材たちも真の姿をさらけ出すことになる。




