二十八話 屋台開始
王都の石畳が夜の気温を含んでいる朝。 俺はガストン商会の裏手から屋台を引き出して指定の場所へと目指した。
指定された場所は中央広場の北の端。大通りからは外れ露店の列も途切れる寂しい一角だ。
(……ここが俺のキッチンか……)
屋台を置いて手際よく道具を配置していく。昨日ガストンからたくさん買った「木の串」、唐揚げの提供スタイルは食べ歩きを意識した串に刺して出すスタイルにした。
値段はもも・むね両方とも一串、銅貨八枚。
この世界の金銭感覚を整理しておくと、大体銅貨一枚が百円、銀貨一枚(銅貨十枚)が千円、金貨一枚(銀貨十枚)が一万円といったところだ。その上には大金貨、さらには白金貨が存在する。
高級レストランのコースが金貨一枚(一万円)だったことを考えれば、八百円相当のこの串は屋台メシとしては値段相応と考えた。
正直、値段としてはもっと安くても利益は出る。それはそう、肝心の肉は狩りで準備したものだから、支出部分としては調味料と木の串だけだ。ただあんまり安くすると後々まずいことになる可能性もあるから、とガストンから言われたためこの値段で販売することになった。
準備がほぼ整ったあと、最後に屋台の表に木の看板をたてかける。
「ココ鳥の唐揚げ!もも肉・むね肉 銅貨八枚」
本当ならもっと客が興味を持つように書いたほうがいいのかもしれないが、とりあえずわかればいいかなくらいで書いてみた。
「よし……火入れだ」
魔導コンロに火を灯し、精製したての黄金色の油を鍋に満たす。温度が上がると独特の香ばしい香りが周囲に漂い始めた。
大通りのほうには人が来ているからぼちぼち揚げていくか。
――ジュワァァァァァッ!!
高温の油が肉の水分をと反応して音をたてる。 それと同時にココ鳥とボアの油が絡み合った「暴力的な香り」が、王都の朝風に乗って周囲へと拡散されていった。
最初はどんどん揚げていく。揚げたものは試食用にカットして店頭に並べて置く。すぐに出せるように二度揚げ済み完成品はアイテムボックスに、一度揚げのものは出しておいてすぐ二度揚げできるようにしておく。
「……なんだ、この匂いは」
最初に足を止めたのは大きな荷物を担いだ冒険者だった。鼻をヒクヒクさせながらふらふらと引き寄せられるように俺の屋台へ近づいて来る。
「いらっしゃい。そこの試食はタダだから食べてみてくれ。ただし、ももとむね一個ずつだからな」
男は怪訝そうな顔をしながらも、それを口に運んだ。
ザクッ……!
「…………ッ!! な、なんだこれは!? 皮が、岩塩の結晶みたいに弾けたと思ったら、中から肉汁が……! おい、これ本当にココ鳥か? なんで飛ぶ鳥の肉がこんなに柔らかくて暴力的なほど旨いんだ!?しかもそれ油か!?そんなに油使うなんて贅沢すぎるだろ!?」
空を飛ぶココ鳥の引き締まったも肉は油の熱で内側から爆発するようにジューシーさを増していた。男は驚愕に目を見開いて、次に淡白な『むね肉』を口にする。
「……っ、こっちは……!? さっきのとは全然違う。噛んだ瞬間にあっさり身が解けて、旨味が溢れてくる……。なのに軽い……これなら無限に食べられるぞ!おい、兄ちゃん!もも肉とむね肉を一串、いや二串ずつくれ!」
その冒険者がきっかけとなったのか、 一人また一人と匂いの魔法にかけられた人が集まってくる。
「……信じられない。油を使っているのに、この香りと旨味……。森の恵みが昇華されているわ」と美人で銀髪を揺らしたエルフの女性が呟く。
「……なんだ、この溢れ出す肉の汁は!これまで食べてきたどの肉よりもうまく、俺の胃袋を直撃しやがる!」と身長が二メートルはありそうな狼型の獣人が叫ぶ。
色んな種族の人が来たりして反応がおもしろいが特に印象に残った人物がいた。
灰色の肌に額から突き出した小さな角、魔人族だ。独自の文化圏を持つ彼らは、話す言葉が少し違うためかカタコトになる。
「……コレ、オイシイ。ニオイ、トオクマデ。……モウヒトツ、クダサイ」
カタコトだが、その真剣な眼差しと、唐揚げを大切そうに咀嚼する姿は、誰よりもこの料理の価値を理解しているように見えた。
気づけば昼を過ぎたころとなり予定していた時間が来たため屋台を閉めた。 最初の結果としては上々だ。 場所の悪さを「匂い」という武器で完全にカバーできた。今日買ってくれた客は全員絶賛していたから成功と言えるだろう。
屋台を片付けながら俺は今日一日の客に顔を思い返していた。 銀髪を揺らすエルフの女性、巨漢の獣人、そして独特のテンポで言葉を紡ぐ魔人族。
よくある種族間でおきる「いざこざ」なんてものは、古臭いお伽話だけの出来事らしい。
「……平和なもんだな、ここは」
ガストンに聞いた話では、この国には「国境の壁」を壊すためのものもあって差別を助長するようなものもないという。 かつては小競り合いもあったらしいが、今では互いの違いを「個性」として受け入れる風潮ができあがっている。
エルフが獣人の隣で静かに串を食い、魔人族が人間と肩を並べて出来上がりを待つ。 そこには血筋や姿の違いなんか関係はない。
「……いいことだな。剣を扱うより、同じ皿を囲む方がよっぽど建設的だ」
明日は一応屋台を休みにするつもりだ。 仕込みの材料はまだ余裕があるが今後のことを考えると一日か二日おきにするほうが狩りや仕込みに時間が取れるだろう。
「……ガストン、驚くだろうな。この場所が『予約の取れない路地裏』になるかもしれないから」
私は心地よい疲れを感じながら、黄金色の残り香が漂う屋台を押し出し、宿への帰路についた。




