二十七話 屋台決定と準備
鍛冶屋の頑固親父に門前払いを食らった俺は果てに出た溜息を飲み込み、そのままの足で『ガストン商会』の重厚な門をくぐった。
「おお! カケルさん! お待ちしておりましたぞ!」
奥から飛んできたガストンは、まるで子供の宝くじの当選発表を待つような顔をしていた。商談中だったのか、高価そうな絹のタイが少し曲がっている。
「ガストン、屋台の仕込みをしたいからまたキッチンを借りたいんだ」
俺が切り出すとガストンは一瞬だけ、眉間に「商人の申し訳ない」という色を落とした。
「……キッチンは使用してもらえばいいのですが……その屋台のことで。商業ギルドが新参者には厳しいもので……場所の割り当てが決まりましたが、中央広場の……一番北の端、路地裏に近い一角ですな」
ガストンが広げた地図を指差す。 そこは大通りからは外れ人通りもあまりない場所だった。
「この広場の出店場所は半年ごとに抽選で入れ替わる仕組みなのですが、次の入れ替わりまであと三ヶ月……。それまではその端っこの場所でじっくり頑張っていただきませんか。……申し訳ない、私の力不足で」
ガストンが無い肩を落としたが、俺は地図をじっと見つめて鼻で笑った。
「……三ヶ月か。十分すぎるな」
「えっ? でも、客足もまばらなところですよ?」
「ガストン、商売の基本を忘れてないか? 客がいないなら呼べばいい。人が一歩も歩かない死地じゃないんだろ? 人がいるなら十分。唐揚げの匂いがあれば、絶対に人は寄ってくる」
俺の物言いにガストンは少し驚き「これだから面白い」と言うわんばかりに下卑た笑みを決めた。
「……っ、ははは! さすがはカケルさん! 負け惜しみではなく本気で仰っているのが伝わりますぞ!わかりました、場所の件はこれで確定させて下さい!明日からでも使用できますよ」
ガストンは景気よく膝を叩くと裏庭まで俺を誘った。 そこには一台の屋台が鎮座していた。
「最新式の魔導コンロ……とはいきませんが、整備済みの二口あるコンロを準備をした屋台を用意しました。収納スペースも特注で広げてあります。これならカケルさんの『料理』を振るうには不足しないはずです」
俺は屋台に向かって進み、そのコンロを確認した。火力や調整などは悪くない。最新式じゃなくても、二口あれば料理の手間が楽になる。
「……ああ、これでいい。十分だ。とりあえず、使い込まれた道具のほうがいい」
俺は屋台を確認したあとキッチンに向かい本格的な仕込みに取り掛かった。ここからが料理人の本番であり最も重要な戦いだ。
まずはココ鳥。一羽ずつ関節の隙間に刃先を入れ解体していく。もも肉とむね肉を分けそれ以外の部位はアイテムボックスへ。また何かに使うことがあるかもしれない。熱で縮む分を計算に入れて一口よりも大きめのサイズでカットしたあとに合わせた調味料の中に入れていく。アイテムボックスに入れておきたいが、あの中って時間経過がないから入れたら調味料も染み込まないのか?なんて考えたため、とりあえずは氷を用意して冷やしながら置いておく。
次に、バスク・ボアの解体に移る。 この巨体のうち今回使うのは真っ白な「脂身」だけだ。 赤身の肉は別の機会に回し、俺は純白の脂の塊だけを削ぎ落とした。脂の塊を細かくカットしていき鍋の底が隠れる程度の少量の水を入れる。そこにカットした脂を投入し弱火でゆっくりと加熱する。焦がさずに混ぜながら加熱すると白い脂はカリカリとした茶褐色へと姿を変え、鍋の中には黄金色に透き通って、信じられないほど美しい液体がなみなみと溜まった。最後に不純物を濾して保存容器へと移す。 容器の中で揺れる液体は夕日に照らされて宝石のような輝きを放っていた。 バスクボアのラード……これこそがココ鳥を「黄金の唐揚げ」へと昇華させる唯一無二の燃料だ。
仕込みの作業がおわったころには外は暗くなっていた。数時間におよぶ解体と精製の作業を終え、俺は脂で少し汚れた手を拭い心地よい疲労感の中で大きな息を吐いた。
普通、ココ鳥五十羽を一人で捌き、部位ごとに切り分け、さらにボア二十頭分の脂を弱火でじっくり煮出すなんて作業はかなりの重労働だろう。腰は痛むし指先は脂で滑る。
それでもまあ、俺の口角は無意識に上がっていた。
(……この肉の弾力、タレを吸い込んでいく速度が絶妙だ。ボアの脂も不純物が少なくて最高のラードになったな)
肉を切る時の刃先から伝わる繊維の抵抗。鍋の中の脂が溶け出しパチパチと小さな爆ぜる音を立てながら透明な黄金色に変わっていく様子。一つ一つの工程が俺にとっては最高のリフレッシュだった。
前の世界でもそうだったが、仕込みや準備が面倒だなんて思ったことは一度もない。
(もも肉、よし。むね肉、よし。精製油、完璧だ)
ボアの油かすをつまみ食いしてみる。カリッとした食感の後に旨味が弾ける。これだけで十分すぎるほど美味い。こいつを揚げ油として使いココ鳥を黄金色に染め上げた時、一体どんな「うまいもの」が生まれるのか。
想像するだけで、疲れなんて遠くへ飛んでいってしまう。
「たかが唐揚げ、されど唐揚げ、ってな……とりあえず『生きる』ための準備は、これ以上ないほど整ったな」
料理人としての魂が静かに、しかし熱く燃えていた。
「場所は端っこ、普通なら悪条件だが……上等じゃないか。ここから王都の連中の鼻をひん曲げてやる」




