二十五話 高級レストランと冒険者ギルド
ガストン商会の調理場に充満した、暴力的なまでに食欲をそそる唐揚げの残香。それを背に受けながら、俺は軽く身なりを整えて表通りへと出た。
試作は大成功だ。ガストンのあの狂乱じみた喜びようを見れば、この世界の「揚げ物」という概念がいかに破壊的なポテンシャルを秘めているかは疑いようがない。
だが、独りよがりの自信ほど危ういものはない。
俺は自分の舌を再確認するため、そしてこの王都における「最高峰」がどの程度のレベルにあるのかを確かめるため、ガストンが「あそこなら間違いありません」と太鼓判を押していた王都随一の高級レストラン『白銀の天秤亭』へと足を運んだ。
白亜の壁に囲まれた、一際重厚な佇まいの店。入り口には燕尾服を着た給仕が立ち客の身なりを鋭くチェックしている。俺は新しく新調した清潔な服とギルド証をちらつかせて中へ入った。
店内は静謐で、銀食器が触れ合う繊細な音だけが響いている。品書きを見れば並んでいるのは目を疑うような希少食材ばかりだ。
メニューの中から適当に注文し、運ばれてきたのはこの店自慢のフルコース。
メインは、北方の高山地帯にのみ生息する巨獣の希少部位を使った『スノー・バイソン』そして魚料理は魔力を帯びた地下水脈でしか育たないという『深淵の銀魚』。
(……見た目は悪くない。盛り付けも洗練されている)
だが一口食べた瞬間、俺の脳内に浮かんだのは「落胆」の二文字だった。
肉料理はしっかり火が通っているせいで旨味が油と一緒に出てしまっている。何より味付けが不十分で、後味にわずかな雑味が残る。
魚料理に至っては、さらに深刻だった。火を入れすぎて身が固く締まっている。これではせっかくの新鮮な素材が泣いている。
(……正直に言って、前の世界のファミレス以下だな)
厳しい評価かもしれないが、それが本音だ。
前の世界のチェーン店は、徹底した温度管理と計算し尽くされた調味料の配合で「安定した美味」を提供していた。対してこの店は、高級な素材に胡坐をかき調理の基本である「火加減」や「素材の対話」を疎かにしている。いや、疎かというより知識がないだけか?
屋台の串焼きよりはマシだが、それでも「高級」を名乗るにはあまりにも技術が未熟すぎた。
「……ごちそうさま。勉強になったよ」
俺は多めのチップを置いて、足早に店を出た。
確信は得た。俺の唐揚げ……「揚げ」の技術と適切に処理された素材の組み合わせなら、この王都の食の頂点を塗り替えるのは造作もない。
次に向かったのは、冒険者ギルドだ。
目的はこれからの屋台に必要な素材の安定確保だ。特に唐揚げに欠かせない「油」の問題を解決しなければならない。
市場で買った油は質が安定しない上にべらぼうに高い。ならば自分で「油」を調達するしかない。『バスクボア』の脂身。あれをじっくりと煮出し精製した油こそが、ココ鳥の身を最も輝かせる燃料になるはずだ。
ギルドの重い扉を開けると、夕刻の依頼報告に集まった冒険者たちでごった返していた。
受付に向かおうとすると、聞き覚えのある声……ではなく、受付嬢の鋭い声に呼び止められた。
「あ、カケルさん! ちょうど良かった、探していたんですよ!」
昨日の登録を担当した受付嬢が、身を乗り出して俺を手招きしている。
「何かあったか?」
「何かあったか、じゃありませんよ! 昨日のホブゴブリン討伐の報告、ギルドマスター直々に精査が入ったんです。同行したエルンさんたちの証言と、あなたが納品した素材の切断面の鮮やかさ……あれ、専門の解体師でもほぼ不可能だって大騒ぎなんですから!」
彼女は興奮気味に、新しいギルド証をカウンターに置いた。
「特例中の特例です。カケルさん、あなたのランクはDランクを飛び越えて、本日付でCランクに昇級しました! 登録から二日でCランクなんて、王都ギルドの歴史を塗り替えちゃいましたよ!おめでとうございます!」
周りの冒険者たちが、一斉にこちらを振り返る。
「おい、あいつが……」「例の『解体聖人』か?」「いや、ただの料理人だって聞いたぞ……」
(……解体聖人ってなんだよ。マジでねぇわ……)
「まぁランクについてはありがとう。それより仕事の話だ。『ココ鳥』と『バスクボア』の討伐依頼は出ているか?」
俺の問いに、受付嬢は少し拍子抜けしたような顔をした。
「えっ? Cランクになった途端に受けるのが、ココ鳥とバスクボアの駆除ですか? 普通はもっとこう……ワイバーンの調査とか、強力な魔物の討伐を受けるものですが……」
「俺にとっては世界を救うことよりも、料理人としての食材を確保することの方が重要なんだ。あるのか?ないのか?」
「……あ、ありますよ。ココ鳥は農作物を荒らすので常設依頼ですし、バスクボアも街道の安全確保のために十数頭の討伐依頼が出ています。……本当に受けるんですね?」
「ああ。討伐部位以外の素材はこっちでもらうけどいいよな?」
「どうぞ。大体は持ち運べなくて少量持ち帰るか、その場に捨てちゃいますから」
俺は依頼書を引ったくるように受け取ると、手続きを済ませてギルドを後にした。
ギルドを出る頃には、王都の空は深い群青色に染まっていた。
(高級レストランであの程度……。そして俺の手元にあるCランクの証と、ココ鳥とバスクボア討伐の依頼。……準備は整ったな)
揚げ物の油を自ら狩り作成し、空飛ぶ鶏を黄金に変える。
そして、あの「おしい」料理に満足している王都の奴らに、本物の「食」を叩きつけてやる。
「……明日は、森で一暴れして『油』と『肉』をたっぷり仕入れて仕込むとするか」
俺は宿へと向かう足を速めた。
明日からは料理人としての、そして冒険者としての二草鞋を本格的に履きこなすことになる。
王都の広場にあの「黄金の香り」が漂い、人々が熱狂の渦に飲み込まれる日はすぐそこまで迫っていた。




