二十四話 試作
次の日の朝、起きて窓際へいくと朝日が反射し目に刺さるほど眩しい。今日も快晴だ。
俺は手早く身支度を整えて活気づき始めた王都の街へ歩き出した。
まずは屋台で出す料理の試作を作らなくちゃいけないから材料集めからだな。
最初は肉。それも鶏肉だ。王都にくる途中で使った『霜降り雷鳥』でもよかったが、今回の料理だと脂が多くなってしまうため、今回はこの世界で一般的に流通している『ココ鳥』と呼ばれているものを使用する。ほぼ鶏と同じだが、一つ違うところは飛べるというところだ。そのせいか羽に近い部分は運動量が多いせいかかなり脂が少ない。今日は試作だけだから1匹分でいいか。
次に調味料、といっても大体揃っている。塩と胡椒と酒と醤油、それに前の世界でニンニクの『ガリック』だ。あとは小麦粉と片栗粉。
そう、俺が作るのは『唐揚げ』だ。味も匂いもいいし、味付けだけした肉を用意しておけばあとは揚げるだけだから一人で屋台してもなんとかなるはずだ。
あと買わないといけないのは油だ。ただこの世界、油の値段が高い。
「……銀貨三枚? この小瓶だけでか?」
「当たり前だろ。油ってのはナッツを何百個も潰すかボアの脂身を煮詰めて作る高級品なんだよ。普通はランプの灯りか、高級店の香り付けに使うもんだぜ」
小瓶は小さいペットボトルくらい。
この世界では「揚げる」という調理法が一般的ではない。 油を大量に使うのはかなり贅沢の極みなんだ。
今のところは買うしかないので必要分購入。ただ、屋台を始めてから油にこの値段を払っていくと唐揚げの値段を高くしないと完全赤字だ。かなり悩ましい問題だ。
材料を揃えたらガストン商会へ向かう。料理できるところがないかガストンに聞かないといけない。
「おや、カケルさん。いらっしゃいませ。すみません、屋台のほうはもう少しお時間いただきたいのですが……」
「ああ、今日は屋台じゃなくてその屋台で出す料理の試作をしようと思ってて。どこか料理ができるところってないかな?」
「それでしたら、我が商会のキッチンをお使いください。今の時間ならだれも使用しませんし、最新式の魔導コンロも完備しております」
俺は調理場まで案内されると早速作業に取り掛かった。
まずはココ鳥。今回は試作だしもも肉とむね肉を使用。前の世界の鶏とそこまで違うところがないから両方唐揚げにはあうはずだ。
肉を一口より少し大きめにカット、塩胡椒して醤油に酒、『ガリック』をすりおろしたものを入れてしばらく漬け込む。本来なら一晩くらは置いといたほうがいいんだが、とりあえずは試作だし三十分程度で。その間に油の準備。最初は低めの温度にしておく。漬け込んだ肉に小麦粉を入れて混ぜ、油に投入する前に片栗粉をつけて余分な片栗粉を落としてから油で揚げる。三分ぐらい揚げたら一度取り出して余熱放置。そのあとに油の温度を高くして二度揚げする。表面をカリッとさせたら出来上がりだ。
出来上がった唐揚げを食べてみる。まずはもも肉。ザクッといい音を立てた後、中から熱々の肉汁が噴水のように溢れ出る。噛むたびにいい具合の歯ごたえがあり野性味あふれる濃厚な旨味が広がっていく。
そしてむね肉。歯を入れた瞬間、驚くほどスッと、絹のように身が解けた。 もも肉のような暴力的な肉汁はないが肉独特が蓄積していた澄んだ旨味がじわりと舌の上に広がる。
「……うん、思った通りもも肉もむね肉もうまいな。最初はこの二つでいってみるか」
俺が独りごとを言ったその時だった。 調理場の扉がまるで暴風に煽られたかのように勢いよく開く。
「……カケルさんッ! この、この香りは一体何事ですか!? 鼻腔を突き抜け、私の商売人としての理性を粉砕せんとするこの芳醇な刺激は……ッ!」
そこにいたのは、鼻をヒクヒクと限界まで膨らませ獲物を狙う肉食獣のような目をしたガストンだった。 仕事中であるはずだが高級な外套を翻しネクタイも少し曲がっている。
「いいところに来たな、ガストン。今試作が出来上がったところだ」
俺はもも肉とむね肉それぞれ一つずつを小皿に乗せて差し出した。
ザクッ……ッ!
静かな調理場に驚くほどの音を響かせた次の瞬間、ガストンの動きがピタリと止まった。
「…………ッ!! ぐ、うぅぅ……ッ!」
「どうした、熱すぎたか?」
「……い、いえ……!なんですか、この食感は! 外側は岩塩の結晶のようにザクザクなのに、中は信じられないほどジューシーで、肉汁が……肉汁が口の中で決壊しました! ココ鳥の身が、まるで別の生き物の肉に豹変している!」
ガストンは咀嚼して飲み込むと、間髪入れずにむね肉のほうに手を伸ばした。
「……ほう!こっちは、打って変わって……でもパサつきは一切なく肉の繊維一本にまで旨味が染み渡っている……。カケルさん、あなたは、魔法使いなのですか? それとも食の神の化身なのですか!?」
ガストンは皿に残った油すら愛おしそうに見つめ俺の腕をガシッと掴んだ。その力は先日の魔狼の時と同じくらいだ。
「これです……これですよカケルさん! 王都の連中は肉といえば『焼く』ことしか知りません。この料理法を知ったら……。ああ、恐ろしい! 王都の広場から暴動が起きるのが目に見えるようですぞ!」
ガストンの絶賛を受けながら俺は冷静に油の残りを確認した。 高価な油を使い手間をかけて二度揚げする。 この「コスト」と「時間」を、屋台というスピード勝負の場でどう回転させるか。
「……ガストン。この唐揚げ、売れると思うか?」
「……売れると思うか?ってカケルさん、本気で言っているのですか?」
ガストンは、手に持ったフォークをあやうく落としそうになりながら、信じられないものを見るような目で俺を見つめていた。 彼は口の端についた脂を拭うのも忘れ、一歩、また一歩と詰め寄ってくる。
「……いいですか、カケルさん。落ち着いて聞いてください。今、私の胃袋の中で起きているのは『革命』です。ただの食事ではありません。王都グランシエルが建国以来、積み上げてきた『焼く』という食文化の歴史が、この一粒の黄金(唐揚げ)によって粉々に粉砕されたのです!」
ガストンは調理台をバンと叩き、鼻息を荒くして続けます。
「王都の貴族共は、普通なものに飽きて珍味を求めますが、結局はパサついた肉に濃いソースをかけて誤魔化しているだけです。対して庶民は硬い干し肉を噛みちぎる岩の日常……。そこにこの『外はザクザク、中はジューシー』な代物が現れたらどうなるか!想像もつきませんか?」
彼は空を仰ぎ、まるで広場の辺りに群衆が見えるように広げた。
「対抗対決になりますよ。うん、間違いなく。最初は香りに釣られた冒険者が、次はその噂を聞きつけた商人が、最後にはお忍びでやってきた貴族の馬が、カケルさんの屋台を取り囲むでしょう。銀貨?いえ、この味を独占できるなら、金貨を投げ捨てても列の先頭に並びたがる者が続出します! 私ならそうします!」
ガストンは一度大きく息を吐き少しだけ声を潜めて自信に満ちた口調で付け加えた。
「……カケルさん。あなたは、ただの料理人ではない。この王都の『欲望』に火をつけているようで、恐るべき人物です。……これほどの武器を持っていて『売れるか?』なんて騎士が赤子を相手に『勝てるか?』と聞くようなものですよ。これは王都の歴史が変わります」
「はは、大げさだなぁ。たかが鶏肉を揚げただけだぞ、ガストン」
俺は大演説を終えて肩で息をしているガストンの剣幕に、無意識に返した。 彼が言う「革命」とかいう大層な発言は、俺には関係ない。ただ自分が納得できる美味いものを作り、それをわかってくれる奴に食わせたい。
「……ま、俺は自分のペースで料理を提供するつもりだから」
俺はそう言って残った唐揚げを口に放り込んで使い終わった調理器具の洗浄に取り掛かった。
あとは屋台で使う肉や調味料の確保、それに王都のレストランにも行って確認しないといけないな。




