十八話 冒険者と商人と晩御飯
街道沿いの少し開けた場所にある広場は旅人が夜を越すにはうってつけの場所だった。
馬車が停止すると中から這い出すように降りてきたのは土埃にまみれた商服を着た男――ガストンだ。
「襲われたときはもうダメかと思いましたが本当に助かりました。あ、ありがとうございます……!私はグランシエルで商人をしておりますガストンと申します」
グランシエルは俺が目指している王都の名前だ。
ガストンが深々と頭を下げた後、隣にいた若い冒険者が盾を床に置いて一歩前に出た。
「……俺はエルン。こっちの二人はパーティメンバーのテオとフィオだ。あんたには本当に命を救われた。……今回の状況としてはありえない話ではなかったんだが、俺たちだけでは全滅してた」
エルンは苦渋の滲む表情で、自分たちのボロボロになった装備を見つめていた。
「俺たちはこれでもCランクで、この辺りの魔物には慣れてるつもりだったんだ。でも……あいつら、おかしかった。あんなに集団でくることなんて今までなかったし、なにより統率がとれていた……」
「そうですね。まるで誰かに指示されているみたいに完璧なタイミングで隙を突かれて……」
テオと呼ばれた長剣を担いだ男と杖を持っているフィオが言葉を継いだ。
さらに悪かったのは、ガストンの馬車に積んでいた「積み荷」だったらしい。独特の強い香りは奴らの嗅覚を刺激して狂乱させてしまうとか。
「……なるほどね。香りの強い物ってのは時には毒にもなるか。あぁ、俺はカケル。とりあえず無事だったんだからよかった。それよりも、まずは腹ごしらえしようか」
そう言ってリュックから今日の晩御飯で食べる予定だった『ワイルドバスクボア』の塊肉と市場で買った『レイヤーキャベツ』を準備する。
アイテムボックス持ちって知られていいものかまだわからないからリュックから取り出したようにごまかしておいた。
時間も遅いし簡単にできるものにしよう。ガストンになにか食材がないか聞いたらパンに燻製肉、バターとちょっとした調味料があるということなのでパンとバターをもらった。
まずはワイルドバスクボアの肉を噛み応えがある厚さに切り分ける。フライパンを熱し焼いてから肉に塩コショウ、パンにバターを塗り『レイヤーキャベツ』と肉をのせてサンドする。
「はい、お待たせ。特製ボア・サンドだ。簡単なもんで悪いが食べてくれ」
俺がそう言って熱々のサンドイッチを差し出すと、エルンたちはまるで壊れ物を扱うような手つきでそれを受け取った。
「い、いただきます……っ!」
最初に口にしたのは限界が限界に達していたフィオだった。彼女は小さな口を精一杯に開けて厚切りのボア肉がはみ出さんばかりのパンにかぶりつく。
「……っ!!」
次の瞬間、フィオの丸い瞳がさらに大きく見開き頬をリスのように膨らませたまま、言葉にならない声を漏らす。
「ふ、ふぁ……!? な、なにこれ、お肉が……お肉が甘い!とりあえずこのパン、外はカリカリなのに、中はたっぷり出た脂を吸って、噛むたびにジュワって……!」
「本当だ……!同じパンとは思えないね。この『レイヤーキャベツ』の歯ごたえも最高だ。肉の濃厚さに負けないくらいシャキシャキして、いくらでも食べられる!」
エルンも豪快に食らいつき、咀嚼するたびにその表情を至福に歪めている。隣でテオも夢中で喉を鳴らしていた。
「カケルさん……これは、もう犯罪ですよ。ただ一人の人間として感動しています」
ガストンは一切れを惜しむように口に運んでいた。 恐怖で心も身体も疲れ切っていたのにサンドイッチの熱と旨味でみるみるうちに元気になっていくのが見てわかる。
「はは、口に合ったみたいでよかった。元気が出たならそれが一番だ」
俺は彼らの満足げな顔を見届けてから自分の分のサンドイッチを手に取り大きな一口。ボアの力強い弾力にレイヤーキャベツの瑞々しい食感、塩コショウにバターだけだったがいい感じに旨味を引き出している。
みんなが食べ終わって焚き火の温もりの中で一息ついた頃。ふとエルンが真剣な顔をして俺のほうを向いた。その横ではフィオも空になった皿を持ったまま、探るような視線をこちらに向けている。
「カケル……教えてくれ。あんた、一体何者だ?」
エルンの声は敵意があるわけじゃない。ただ、純粋な疑問なのだろう。
「あのホブゴブリンを一人で倒して……挙句、これだけの料理を野営の道具だけで作る。有名な冒険者だって言われてもうなずけるんだが……」
ガストンも身を乗り出しうなずいている。
「買い被りすぎだよ。まぁ俺はただの料理人……ただ素材を『捌く』のに慣れてるだけだよ。俺は料理をするために王都グランシエルを目指してる。そこで自分の店を持つかどうするかはまだわからないが、最高の料理を作る……それが俺の目的だよ」
俺の言葉に彼らは一瞬呆然とした後、顔を見合わせた。
「ははっ……!まさか、あのホブゴブリンを一蹴した奴が料理人だとは……さっきのサンドイッチを食べた後じゃ否定できねぇ。あんなうまいモン作れる奴が、料理人じゃないわけがない」
エルンがふっと笑い、それから姿勢を正して話した。
「カケル……厚かましい願いだとわかってるが、あんたがよければ王都まで俺たちと一緒に来てくれないか?……いや正直に言えば、この馬車を守るためにあんたの力がどうしても必要なんだ。今日みたいなイレギュラーがまた発生したら、今の俺たちじゃ守り切る自信がない」
するとガストンが身を乗り出して、切実な声を上げた。
「カケルさん、私からも重ねてお願いさせてください! この馬車を無事に王都へ届けることはもちろんですが……それ以上に、私はあなたの料理に商人の嗅覚を、いえ、一人の食いしん坊としての魂を揺さぶられました! ぜひ、王都に着いた後も私と関わっていただきたい。あなたの料理を王都に広めるお手伝いをさせてはいただけませんか?」
ガストンが熱っぽい視線を向けて来る。俺にそんな趣味はないぞガストン。
それまで無言で最後の一切れを惜しそうに噛み締めていたフィオが、勢いよく顔を上げた。
「……私も! 私からもお願いします! 護衛っていうか、その……ぶっちゃけ料理をまた食べたいです! 王都までの間、カケルさんのご飯が食べられるなら私、魔力が枯れるまで魔法をぶっ放して馬車を守りますから!」
「おい、フィオ……本音が漏れすぎだろ」
テオが恥ずかしがっているが、フィオは「だって、こんなに美味しいの食べたことないんだもん!」と言っている。
どうせ行き先は同じだしな。むしろ王都に着いた後、料理をするのにガストンの手助けがあるというのはかなり助かる。それに料理人としておいしいと言ってくれるのはうれしいことだ。
「わかったよ。どうせ目的地は同じなんだから一緒に行こう。それに、食事のほうも俺が作るよ」
「本当か!ありがとう!」
「やったぁ!明日のご飯は何ですか!?」
フィオが目を輝かせ、先ほどまでゴブリンに囲まれていたとは思えないほどのテンションで食い下がってくる。これだけ喜んでいると下手なものはだせないな……
「まぁ期待してくれるのはうれしいけどな。さて、この馬車だと王都までおそらく三日はかかると思うがどうだ?」
「そうですね。急げば二日ですが、先ほどの戦いで車輪にもダメージがあります。さすがに無理すると車輪が壊れてしまうかもしれませんし、三日の予定でお願いします」
ガストンが申し訳なさそうに眉を下げるがこればかりは仕方がない。
そろそろ就寝というところでエルンたちが提案してくる。
「見張りは俺たち三人で回すよ。カケルには助けてもらったし、これからの飯もお願いするんだ。見張りくらいはまかせてくれ」
という提案に二つ返事で了承し、俺は一応周囲を確認しながらも就寝した。




