十七話 冒険者と商人との出会い
「……ふぅ。今日も生き延びたな」
野営の準備をするために火を起こそうと、独り言を言う。ただこの数日間、命の危機を感じるような場面は一度もなかった。
それでも、口から出るのは「生き延びた」という言葉だ。前の世界では蛇口をひねれば水が出て、スーパーに行けば肉や魚が並んでいた。体力的には問題なくても、戦いとは無縁だった俺にとっては精神の疲れのほうが大きかった。生き延びたなんて言葉が出てくるのも仕方ないだろう。
アイテムボックスに手を伸ばした時、「勘」が告げる。
「……この先、約一キロほど。冒険者と商人の馬車がゴブリンとホブゴブリンに襲われていて苦戦している?テンプレかよ」
今から飯なのになぁ、なんて思いながらもやっぱり助けに行かないと目覚めが悪い。俺は野営の準備を中断し、獲物を狙う獣のような速さで暗くなる前の街道へと駆け出した。
「勘」が告げられた場所へ着くと、そこは街道が大きく湾曲し切り立った岩場に挟まれた場所だった。
「ギギッ! ギガァッ!」
そこには十数匹のゴブリンとその中心で一際巨大な体の三匹のホブゴブリンが一台の豪華な馬車を包囲していた。
小柄なゴブリンは錆びた短剣を振り回しながら馬車の周囲で防戦一方となっている三人の冒険者をなぶり殺そうと機をうかがっている。
それに対し冒険者は盾持ちの前衛と長剣持ち、それに杖を持った魔法使いっぽい女性が一人の三名に商人が一人、明らかに分が悪い。
「グルァッ!!」
地響きのような咆哮を上げたのは身長2メートルを優に超えるホブゴブリンだ。 丸太のような腕にはどす黒い血管が浮き出し、手には巨大な石斧を持っている。
「ガストンさん!後ろに隠れてください!数が多すぎます!」
前衛でボロボロの盾を構える冒険者が必死の形相で叫ぶ。 彼の盾はホブゴブリンの一撃を受けたのかかなりボロボロだ。
「バカを言うな!君たちの命のほうが大事だ!荷物なんてどうでもいい、隙を見て逃げるんだ!」
馬車の陰でガストンと呼ばれていた人物が怖い声で言い返す。自分も恐怖で足がすくんでいるはずなのに、冒険者たちに必死に撤退を主張していた。
「無理……ですよ。ガストンさんを連れて逃げるのはこの状況じゃ厳しい……ッ!」
その時ホブゴブリンが石斧を高く振り上げた。冒険者は覚悟を決めたように盾を構え直しガストンの前に立ちはだかる。
一応観察していたがさすがにまずいな、と思い物陰から飛び出る。ホブゴブリンの石斧が盾を粉砕する前にその間に割り込み、サバイバルナイフで石斧を受け止めホブゴブリンの踏み込んだ軸足の膝を踵でぶち抜く。ホブゴブリンの巨体が傾いたら首をサバイバルナイフで刈り取る。
ほんの数秒。 石斧は冒険者の数センチ手前に落ち、それをホブゴブリンは糸の切れた人形みたいに床へ沈んだ。
「な、なんだ……!? あなたは……」
ガストンが掠れた声で言い俺を見上げた。盾を構えている冒険者も目の前の光景が信じられないような様子だ。
「……まずはこいつらを片付けるよ」
俺はまだ周囲で状況を飲み込めずにいる残りのゴブリン共に向き直した。
「ギ、ギガァッ!!」
仲間を倒された怒りか恐怖からか、残りのゴブリンとホブゴブリン達が同時に吠えながら突撃してくる。
「悪いけど、腹が空いてるんだ。……さっさと処理させてもらう」
右から振り下ろされた棍棒を紙一重の回避でやり過ごす。 そのまま流れるような動作で2匹目のホブゴブリンの脇腹にサバイバルナイフの突き立てて真横に進む。ホブゴブリンが苦悶の声を上げながら崩れ落ちた。
一匹目と二匹目がやられたその光景に、最後の一匹であるホブゴブリンが恐怖と怒りが混ざった咆哮を上げた。
「グルゥゥゥァァッ!!」
なりふり構わず、手にした巨大な棍棒を横なぎに振舞う。
棍棒の下を滑り込むように潜り抜ける。風圧で髪が逆立っているが俺の目はもう奴の「急所」を見つめていた。
逆手に持ったサバイバルナイフをホブゴブリンの剥き出しになった項へ迷わず突き下ろす。
ドサリ、と地響きを立てて最後のホブゴブリンが倒れた。 残った雑魚のゴブリン共はホブゴブリン達が全滅したのを見て、悲鳴を上げながら森の奥まで霧散していた。
「勘」がゴブリン達の逃走経路をすべて先読みしているが冒険者と商人の安全を確認しないといけないから深追いはできない。とりあえずほっといても問題ないだろう。
静寂が戻った街道。 荒い息を吐く冒険者たちとガストンのもとへ俺はゆっくりと歩み寄った。
「怪我はない? 動けるならまずは場所を変えよう。血の匂いで別の魔物が来ちゃったら困るからね」
俺が柔らかい声で話しかけると、腰を抜かしていたガストンと盾を構えたまま固まっていた冒険者に他の二人もハッとして答えてきた。
「は、はい……! わかりました。すぐに移動しましょう!」
彼らは疲弊している手足に鞭打ち、手際よく馬車の移動を始めた。馬車を引く馬がやられていなかったのは幸運だった。
俺も周囲の警戒を「勘」に任せつつ彼らの馬車を誘導して街道沿いにある少し開けた安全な広場まで移動した。




