十六話 移動
前日の夜に食べたワイルドバスクボアの肉は想像以上に俺の身体に活力を与えてくれたらしい。前日の疲れはなく羽が生えたような軽さで目が覚めた。
朝食を作ろうとアイテムボックスから取り出したのは、市場で仕入れた『霜降り雷鳥』のモモ肉と『スカーレットルーツ』だ。『霜降り雷鳥』はもちろん鶏肉、『スカーレットルーツ』は大根とかカブのようだ。
『霜降り雷鳥』の肉は、鶏肉より身が引き締まっている。 しかし皮の下には驚くほど上質な脂を蓄えていた。『スカーレットルーツ』は見た目ゴツゴツとした岩のようだが一皮剥けばルビーのように透き通った赤色が出てくる。生でかじってみたが瑞々しく鼻を抜ける辛味がある。見た目としてはカブに近く、味は大根かな。
火を起こしてフライパンを熱してから肉を焼く。ジュワッという凄まじい音とともに透き通った黄金色の脂が出てくる。 そこに切った『スカーレットルーツ』を投入。 鳥の旨味を吸い込み表面がキャラメリゼされたように色づいてゆく。味付けは食材の味も確かめたいから塩のみで。
出来上がりを食する。まずは雷鳥のほう。歯を立てた瞬間、肉が押し返してくるような凄まじい弾力がある。そのまま噛み切ると肉汁があふれ出てくる。肉の旨味もすごいが感動したのは脂の旨味。鶏特有のクセを削ぎ落とし、ナッツや植物の爽やかな香りのようなしつこくない旨味が感じられる。そしてその脂で揚げ焼きにされた『スカーレットルーツ』は硬く香ばしい。歯を立てると「カリッ」という小さないい音とともに火を通した大根よりも甘く、そしてかすかにピリッとした刺激が含まれている。それが雷鳥の脂をさらにスッキリさせてくれる。 甘く、熱く、スパイシー。 この三位一体が口の中で踊っていた。
「……なんだこれ、肉単独でもうまいし、野菜が肉に負けてない……これは色々と料理に使えるな」
思考は料理のことを考えながら朝食を済ませ、後片付けを終わらせるとその場を後にして王都へ進んだ。
それから数日間はまさに「異世界サバイバル」の連続だった。
道中は幾度となく魔物が行く手を阻んでくる。
鋭い爪を持つ「カミソリウサギ」、群れで襲いかかる「ハングリーウルフ」、さらには樹上から奇襲をかける「フォレストエイプ」。ほかにもゴブリンやコボルト、オークなんかも出てきた。
俺の「勘」と身体能力は、日を追うごとに鋭利な包丁のように研ぎ澄まされていった。魔物の攻撃を最小限の動きでかわし手刀や蹴り、サバイバルナイフで急所を断つ。もはや戦いというより動く食材の「下処理」に近い感覚だ。食べられるものや素材は捌いてアイテムボックスへ。「勘」が告げてくれるのでそのあたりは楽だった。
夕刻、日が暮れる前に安全な場所を見つけて野営の準備。アイテムボックスから肉や魚、道中で見つけた未知の香草などを使い調理する。
中でも感動したのは市場で購入した「プラチナスプラッシュ」という魚だった。他の魚よりも値段は高かったし調理するのも難しいものだった。鱗は金属のように硬く並の刃では傷一つ付かない。サバイバルナイフなら問題なく処理できたが、普通の包丁だと無理だろう。それに身がやわらかいので熟練した職人でないと身がグズグズになってしまう難しい食材だ。
その身は透き通るような白。さすがに生では無理なので火を通して一口食べた瞬間、強烈な味を受けたような衝撃が走った。 白身魚特有の淡白で清らかな香りが鼻を抜け、舌の上で「濃厚な牛脂」のような甘い脂がトロリと溶け出す。 清流の冷たさと太陽のような熱い旨味が、口の中で同時に爆発する。
「……今まで食べてきた最高級の真鯛よりも、大トロよりもこいつの前じゃ霞んで見える」
前の世界で築地や高級料亭で「これが最高だ」と信じていた基準が、音を立てて崩れていく。
(……これを、どう料理すりゃいいんだ?)
感動一瞬、料理人としての敗北感もありつつ武者震いが止まらない。ただ塩を振って焼くだけでも十分料理として成り立つ。だが最高の技術を打ち込んだとして「答え」はあるのか?と考えてしまう、それほどの食材。
「王都に行けば、もしかしたらこれよりもヤバイ食材があるかも……なかなかの試練かもなぁ」
俺は焚き火に手折った枝を放り込み、揺れる炎をじっと見つめていた。
「前の世界じゃ、素材の限界を技術でカバーして『100点』にするのが仕事だった。でも、ここでは素材が最初から『200点』で襲いかかってくる。料理人が素材に負けてるんじゃ、話にならない。こればっかりはなんとかしないとな……」
俺は「勘」が告げている安全な夜の静寂の中で、色々な料理の構想で頭いっぱいになりながら深い眠りにつく。
起きて、食べて、移動して、食べて、寝るといったことを数日繰り返し、王都まではもう少しというところまで来ていた。




