十三話 挨拶と資金調達
旅立ちの日を翌日に控えた朝、昨日と同じように宿の1階で朝食をいただく。昨日よりも今日、今日よりも明日というが、スープは段々とおいしくなっていた。ちょっとしたことを教えただけなんだが……
今日はとりあえず、リィンとミラに挨拶して、ついでに資金調達で素材を売っておく、雑貨品を揃えた後に市場で食材の調達、といった感じか。
特に市場での食材調達は楽しみだ。まだまだ色んな食材があるだろうしできることなら全部手に入れて料理してみたいと思う。
まずは駐屯所へ向かった。リィンは広場の隅で愛馬の手入れをしていた。
「カケル様? おはようございます。このような時間に、どうされたのですか?」
「リィンさん、明日、この街を発って王都へ行きます」
リィンは一瞬、動きを止めた。
「……そうですか。明日、発たれるのですね」
リィンは手入れしていた馬の背をそっとなで、寂しさを隠すようにふっと懸念を落とした。
「困りましたね、カケル様。あなたの料理を知ってしまった私の胃袋は、明日から一体どうすればいいのですか?騎士団の配給に戻るなんて、もう拷問に近い仕打ちですよ」
リィンは芝居がかったように胸に手をあて、大げさに溜息をついた。
「ああ、いっそのこと騎士団を放り出してあなたについていきたい。そうすれば道中の美味しい炊き出しを独り占めできるのに……なんて、冗談ですよ? ホントにそんなことをしたら、私が騎士団から追われる身になってしまいますから」
くすくすと笑うリィンの瞳には、冗談に紛れ込ませた本物の名残惜しさが滲んでいた。
「……でも、本当に。カケル様の料理が食べられなくなると思うと、これからの見回りが味気ないものになりそうです」
「大げさですよ。リィンさん」
彼女は真剣な顔で首を振った。
「いいえ。あんなに魂を揺さぶる一皿は、世界中を探してもカケル様にしか作れません。カケル様なら王都で一番の店を構えることもできると信じています。そうなったら、私が非番のたびに馬を飛ばして、一番客として乗り込みに行きますから」
「わかりました。今よりさらに腕を上げた料理で、リィンさんをびっくりさせますよ」
「ああ、それからカケル様。これは王都へ行くにあたって、私からの……そう、一種の防衛術のアドバイスです」
リィンはそれまでの表情を一変させ、少し真剣な顔で俺を見つめた。
「王都には、腕の良い料理人だけでなく、暴れん坊の冒険者や貴族、強欲な商人などが多いです。カケル様のように丁寧な物腰で話していると……『格下の者』だと考えられ、足元を見られる原因になります。もちろん上の人に対しての敬語は必要ですが、これからは敬語を封印してみてはどうでしょうか? 職人らしくもっとぶっきらぼうなくらいでちょうどいいのです」
「……敬語なし、か。わかった。アドバイスありがとう」
「はい。腕を上げた料理、楽しみに待っていますよ。気をつけて、行ってらっしゃい」
リィンの明るい激励は明日からの孤独な旅路を照らす灯火になった。
駐屯所を後にした俺はその足でギルドへと向かった。
ギルドの扉を開けるとカウンターの向こうで書類を整理をする受付嬢、ミラの姿があった。
「あら、カケルさん!一昨日の、噂になってるよ。冒険者だと思ってたけど料理できたんだねー」
「まぁね。とりあえず要件だけど、明日王都へ向けてここを発つんだ。ちょっと世話になったし挨拶と、資金調達で素材を売りに来た」
リィンと言われた通り、敬語を外して話してみる。 ミラは一瞬きょとんとしたが、すぐに納得した。
「素材だけど……これはどうかな?」
俺はあらかじめ用意しておいたリュックから、あの森で最後に倒した猪の皮を出してみた。狼であの値段だったから狼よりも強かった猪だともっと高い?なんて思ったちょっとした好奇心だ。
「これは……! 『牙剥き猪』の皮!あの魔狼よりもずっと手強かったはずよ。傷も少なく剥げているなんて、やっぱりあなた何者……?」
ミラの疑いの眼差しが刺さる。
「……まあ、いいわ。昨日あの魔狼の皮を平然と出してきた人だもんね。普通の物差しで測るのが間違いなんでしょう、きっと」
ミラは小さくため息をつき、深く追求するのを諦めたように査定の作業に戻った。
「ええと……。この猪の皮は金貨40枚ね」
「……狼より強かったはずだが、意外と安かったな」
俺が意外そうに呟くと、ミラは申し訳なさそうに言った。
「そのとおり。強さで言えば断然この猪なんだけど……狼の毛皮は防寒具としての需要が非常に高いの。逆にこの猪の皮は、硬すぎて加工が大変な割に見た目があまりよくなくて。耐久性だったり耐熱性は猪の皮のほうが優れているから需要がないわけじゃないんだけどね。報酬の査定って、どうしても『市場の需要』に影響されちゃうのよね」
「なるほどな。力のアピールにはなっても、金にするなら別の獲物のほうがいいってわけか」
「そうね。でも、これだけの資金があれば王都までの旅路には十分すぎるでしょ! はい、これが代金の金貨40枚」
ずっしりと重い袋を受け取る。これで買い出し代を差し引いても、王都で店を探すための手付金くらいにはなるはずだ。
ミラは思い出したように身を乗り出した。
「あ、そうだカケルさん! 王都に着いたらまずあっちの冒険者ギルドと商人ギルドに行って登録をしてね。そのほうが、何かとカケルさんにとって都合がいいから」
「冒険者と商人?2つ登録しなくちゃいけないのか?それに登録なんてどこでも一緒だろ」
俺がぶっきらぼうに聞き返すと、ミラは人差し指を立てて、ギルド職員らしい抜け目のない笑みを浮かべた。
「いいえ、王都は特別なの! 王都のギルドは、あの大陸全土から集まる『希少食材の競り市』と直結してるのよ。冒険者ギルドに登録済みでランクが上のほうなら、一般人が入れない卸売市場の奥まで入る許可証がもらえるの。それに……」
ミラは少し声を潜めて付け加えた。
「王都で店を出すにしても、商人ギルドの後ろ盾がある『登録料理人』なら、変な役人に目をつけられたり、不当な場所代を要求されたりすることもないわ。身分証代わりにもなるし、何より『ギルド指定の仕入れルート』が使えるのは、これから店を持つ人には絶対に必要なはずよ」
「なるほどな。食材の優先権と、厄介ごとへの保険か……」
「そう! カケルさんみたいな、ちょっと……いえ、かなり『型破り』な人は、特に後ろ盾があったほうが動きやすいからね。私の紹介状も一筆書いておくから、あっちの受付で出してね」
ミラがさらさらと羊皮紙にペンを走らせる。そこには『特級の解体技術を持つ料理人』という、彼女なりの最大限の評価が記されていた。
「助かるよ、ミラ。……恩にきる」
「ふふ、お礼は王都でおいしい食事、ご馳走してね」
ミラと別れ、俺は街を歩いて次の目的地へと向かった。




