5.
七夕です。
「え、行きたいところがある?」
「うん。さっき宿屋のおばちゃんが言ってたんだよね。今日の夜は一番きれいに星が見える日だから、お祭りやるんだって」
にこにこと機嫌のよさを隠そうともせずに笑顔を浮かべているのは、宿の受付をお願いしたはずのルーク。街に着いていすぐ、ヒトの多さを見てわずかに表情を変えたヴォルフをお留守番だと称してこの場に留めたのはルークだ。
わたしも一緒に行くと言ったのに、任せてと言い残してすぐ、追いつけないスピードで走って行ってしまった。昨日の移動はそこまで距離がなかったので、体力が有り余っていたのか、わたしに気を遣わせないためだったのかは、判断がつかなかった。
ただ、追いつけない事だけは分かったので、お言葉に甘えてヴォルフと一緒に街の入り口にある広場で待っていたのだけれど。
「それで、このタイミングで言い出したのは?」
「え、だってそう聞いたなら参加したくない? お祭り」
「……セレネの答え次第だ」
様子を伺うような視線と、期待に満ちた瞳が同時にわたしに向けられる。答え待ちという形を取ったところで、きっと二人とも思っていることは一緒だろう。そして、わたしの返事だって、予想しているに違いない。
「それじゃあ、参加決定ね!」
満面の笑みで頷いたルークに、しょうがないと小さく息を吐いたヴォルフ。態度は全然違うのに、二人の口元にも、わたしにも、同じ笑みが浮かんでいた。
「街に向かうヒトが多かったのは祭り目当てか」
「この辺りでは有名なんだって。僕らが宿取れたの、本当に運が良かったみたい」
昨日、こっちに向かって歩いている時にたくさんのヒトが同じ方に向かっているなとは思っていたのだけれど、まさかお祭りがあるなんて知らなかった。だけど、知らないわたし達の方が意外だったらしく、宿でルークがヒトの多さを尋ねたら逆にどうして知らずにこの街に来たのかと驚かれたそうだ。
そんななかで宿を取れたルークの強運に感謝するしかない。小さい、とも言えないけれど大きいとも言い難い街なのだから、宿だってそこまで多くはないだろう。
「さっきから街を出て小屋に戻る奴がいるのはそれか」
ヴォルフと入り口の広場でのんびり休憩をしていたけれど、さっき入っていったヒトが買い物をした様子もないのに街を出て、小屋の方に急いで走って行く、という姿を見たのは一度や二度ではない。それが数え始めて五人目になって、さすがにちょっと調べに行こうかとヴォルフが動き始めた時にルークが帰って来たから、疑問はすぐに解決したのだけれど。
「星がきれいに見えるお祭りなら、メインは夜よね。買い物してもいいかしら」
「あれ、何か足りない物あったっけ?」
「必要なものは揃っているわよ。ただ、欲しいものがあって」
お金も、旅の道具も、使うのはほとんどがわたし。だから管理はわたしがしているし、二人もそれは納得している。とはいってもわたしが荷物に気を取られて転んだりしないように、と必要以上に持たせてはくれなくなったけれど。最近は怪我をするような転び方をすることはしていないのに。
必要、じゃなくて欲しい。そう言ったからか、一瞬首を傾げたけれど、何かを思いついたようにハッとした表情を見せたルークが声を上げた。
「! ああ、それなら僕らはお祭りの情報集めに行こうか」
「おい、どうして一緒になってるんだ。俺はセレネと一緒に」
「ヒトが多いっていってもそこまで大きな街じゃないんだから、何かあったら分かるでしょ?」
ルークが後ろからわたしの事を抱え込むようにして、ヴォルフと話している。身長差があるけれど、ルークがわざわざわたしの頭に自分の顎を乗っけているから、声を出すたびに息が当たって揺れる自分の髪の毛が、ちょっとだけくすぐったい。
「ルーク、お前」
「なぁに?」
「あ、ちょっとヴォルフ!」
ぺいっと虫でもはたく様な手つきでルークの頭をはたいたヴォルフが、ぎゅっと抱きしめて来る。ルークの前でもあまりやらないのに、こんなヒトの多い中でヴォルフからハグをしてくれるのは、嬉しいけれど恥ずかしい気持ちの方が強い。
ぎゅっと抱き寄せられた時にくっついたヴォルフの胸から伝わる鼓動は、トクトクと早い音をわたしの耳に届けている。
「……気をつけて行ってこい」
「もー、心配ならそう言えばいいじゃない。セレちゃん、何かあったら大声出してね?」
「うん、ありがとう二人とも」
それだけでそっと離れた二人に手を振ってから、まだ熱の残る頬を隠すように両手で押さえてみたけれど、ヴォルフから向けられる真っ直ぐな感情に、力強い腕から届く温もりに、まだ慣れていないわたしの熱は、しばらく冷めそうにない。
「あら、一人で買い物?」
「え、ええ、そうですけど」
少し熱を冷まそうと目的もなくふらついてから、ふと目についたお店の扉をくぐる。カラン、と軽やかな音を立てたチャイムに遅れてやって来たのは、ゆったりとした動きだけどおかしいなとばかりに首を傾げたお姉さん。
お店にはわたしだけで、他には誰もいない。わざわざ一人で、と問いかけてきたのだからお姉さんはきっと何人かで来たのだと思ったのだろう。そう思わせるような何かは、考えても分からないので返事もちょっとだけ曖昧になってしまった。
けれど、お姉さんはそんなことを気にも留めずに、楽しそうに笑っている。
「星祭りの買い物だったら一人で買いたいわよね。どれにする?」
「え、っと買いたい物は星祭りのじゃなくて……」
「やだごめんなさい。パートナーとの星を探しに来たのだとばっかり」
「わたし、この街のお祭り初めてなんです。よかったら、教えてくれませんか?」
自分のことながら、面倒くさい客だと思われてるんだろうな、とちょっとだけ下げた視線をそろそろと上げる。呆れられると思っていたのに、目の前にいたお姉さんはとてもいい笑顔をしていた。
「これが、星ね。だけど、どんな顔で向かえばいいのかしら……」
手の中でシャラシャラと音を立てているのは、星の飾りがついたシンプルなチェーン。腕でも首でも足首にでも、どこでも着けられるように、とわざと星をかたどった飾りをひとつだけしかつけていないらしい。星祭りでパートナーに星をプレゼントするのは、この日を一緒に過ごしたことを覚えていてほしいと願いを込めているのだそう。
お店のお姉さんにいろいろと聞いたのに、嫌な顔一つしないで全部の質問に答えてくれた。わたしが入ったのは日用品を売っているお店だったけれど、今は星祭りのためにいろいろと置いてあるそうだ。
そして、入るなりわたしがそれを目的に来たのだと思った理由はただひとつ。
「ヴォルフの匂いがするから、なんて分かるはずないじゃない」
ルークとヴォルフがわたしと別れる前にぎゅっとくっついてきたのは、自分の匂いをわたしに移すため。それは嗅覚の優れている獣人ならではの方法だし、効果も抜群なんだそうだ。
ヒト族が獣人の匂いをまとわせているのは、そのヒトと深い関係にあると周りに教えているのだと。今までヴォルフがそういった行為をほとんどしなかったのは、自分が追われているという負い目があったからで、その分をルークが担ってくれていた。だけどもう遠慮はしないと決めたヴォルフは、ルークにその役目を譲ることをしなくなり、結果が別れる前のハグにつながったようだ。
「あ、ほらセレちゃんだったら僕らの分も買って来るよって言ったじゃん」
「え? 二人も買ったの?」
「押し付けられたんだ」
お店でかなりのんびりしてしまったからか、待ち合わせ場所を決めていなかったのにヴォルフとルークはわたしのことを待っていてくれた。二人の手には、ほんのりとオレンジ色の光を放つランタンがあった。
そして、わたしも同じ物を持っている。他のヒト達は一つずつしか持っていないから、わたし達がいるところだけが他よりも明るくなっている。
「もう、ヴォルフってば。僕らもね、ちょっとお話しながらお店見てたんだよ。そしたら今日のお祭りはこれを空に飛ばすんだって聞いてね」
「わたしも同じ事を聞いたわ。このランタンに願いを込めて星まで届くようにってみんなで一斉に空にあげるんだって」
これも、お姉さんに聞いた話のひとつ。みんなで夜空にランタンをあげる、その景色が観たくてこの街を訪れるヒトが年々増えているのだと。
「お洒落な物なら銀貨くらいするけど、何の飾りもないランタンだったら誰でも手が出せるようにって銅貨一枚だって言うからさ」
銅貨一枚だったら、ちょっと薬草を売ったり、自分が使わなくなった日用品を売ったりすればすぐに手に入る金額だ。みんなで楽しむお祭りだからこそ、楽しむはずのランタンでお金を儲けようとはしていないのだろう。お金は、周りに出した露店なんかで稼げばいいのだから。
「だからって、ルークは買いすぎじゃないかしら?」
「えー? だって誰かの分も一緒に楽しんでいいって言うからさ」
手のひらに乗るサイズのランタンだとはいえ、ルークは抱えるようにして持っている。本人がとても楽しそうにしているし、別に一人何個までという制限があるものでもないから構わないけれど、やっぱりちょっと多くないかしら。
「これが僕で、ヴォルフは途中で壊しちゃうかもしれないでしょ。セレちゃんだって買って来ると思ったけど一応。それから、こっちはビリーとシオンの分!」
ヴォルフが壊す、と聞いたところでピクリと反応したけれど、声までは上げなかった。そうして次に挙げられた名前に、少しだけ驚いたように目を丸くしている。シオンさんはともかく、ビリーとルークが親し気に名前を呼ぶそのヒトは、この街どころかリュムに来ることすら叶わないだろう。そして、ルークはきっとこのお祭りの事も手紙に書くのだ。ビリーの分も一緒にランタンをあげたとまでは、書くかどうか分からないけれど。
「あら。それならわたしはアロンズさんとミスティの分にしようかしら」
「……あいつらの分だ」
それなら、わたし達もここにいないヒトの分を託してもいいだろう。というか、三人分と思って買ってきちゃったからあげてしまいたい。ランタンは綺麗だけれど、旅の道具として持ち運べるかと言われたら、あまりにも勝手が悪い。
「みんな、いろんな思いを託すのね」
「この明かりひとつひとつが誰かの願いごとだって思うと、すごいよね」
ふわり、と誰かがランタンをあげたのをきっかけにして次々と空にランタンが吸い込まれていく。ランタンの淡い光が見えなくなっても星は瞬いているので、今日の夜空は真っ暗になる暇もないだろう。だけど、その景色はとてもきれいで、ずっと見ていたいと思えるほど。
「ヴォルフ? 空にあげないの?」
「……俺は、願ったところで叶わない事があると知っている」
「そうね」
片手に乗るランタン、それを大事そうに両手で抱えるヴォルフは、俯いているからか表情を見ることが出来ない。聞こえてきた声はわずかに震えていて、叶わなかった願い、が何を示しているのかは嫌でも分かってしまった。ヴォルフが幼い頃にリーダーと呼んで慕っていた同族の男性は、ミスティにも頼んで消息を調べてもらっているけれど、未だ結果は手に出来ていない。
「だが、今なら分かる。こうして何かに願いを託すことで、自分の中にその願いは確かにあると感じることが出来るのだと」
「それで? ヴォルフにはどんな願いがあったの?」
見つけたんでしょ、と笑うルークに、ヴォルフが表情を緩める。ランタンの柔らかい光に照らされた横顔は、とても穏やかだ。
「さあ、な。だが、叶えてみせるさ」
力を抜いた両手から、ランタンが空に舞い上がる。三人でずっと見上げてその先を追っていたけれど、たくさんの光の中に埋もれて、いつしか見えなくなっていた。
「ふふ、ルークってばはしゃいでいたものね」
そのまま誰かが空に託す淡い光を見続けていたので、宿に戻ってきたのは夜もだいぶ更けてから。ルークはずっと楽しそうにしていたけれど、ついさっき糸が切れたようにベッドに倒れこんだらすぐに気持ちよさそうな寝息を立て始めた。
「セレネも、いつもならもう寝てるだろう?」
「そうね……だけど、今日は寝てしまうのが何だかもったいなくて」
あれだけの光の海の中に自分がいたこともだし、まだちらほらと上がっているランタンもあるから、明日寝不足になると分かっているけれど、どうにも眠れそうにない。それほどまでに、あの光景は綺麗だった。あれは確かにお祭り目当てのヒトが増えるだろう。
「おじいちゃんとおばあちゃんも、あの景色を見たのかしら」
「どうだろうな。地図には書いてなかったからな」
一年で一番きれいに星が見える日、特別なお祭り。どちらかといえばおじいちゃんの方が好きそうな話題だけれど、確かに地図には何も書いていなかった。
「あいつらだったら、セレネに自分で見つけて欲しかったから、わざと書かなかったんじゃないか」
「そうだったら、また話したいことが増えたわね」
そうだったらいいな、とぼんやりとランタンの光を眺めながら思った。おじいちゃんもおばあちゃんも、わたしが旅に出ると決めたことをとても嬉しく思っていたみたいだったから。いつか、あの町に帰ったら今日の事だけではない。たくさん、たくさん話したいことが増えていく。きっと二人だったらわたしがどれだけ長く話したところで、笑顔のまま頷いてくれただろう。
そんな二人の姿を、瞼の裏に思い描いて勇気をもらう。うん、大丈夫。わたしはあの二人の孫だ。
「それでね、ヴォルフ。渡したい物があるんだけど……」
「それは?」
シャラ、と小さな音を立てながら揺れるのは、お店で買ったチェーン。渡したい物だと言いながら、プレゼント用の包装をしてもらうのはちょっとだけ気恥ずかしくてそのまま貰ってきたけれど。今さらながら軽くでもいいからラッピングしてもらえば良かった。
「あのね、今日の記念にってお店の人に勧められたの。お守り代わりにって思って」
「セレネもか」
「も、ってヴォルフも?」
思ってもいなかった返事にびっくりして顔を上げれば、ヴォルフも驚いたような顔をしているけれど、ほんのり顔が赤くなっている。
「ああ。ルークも買っていたんだが、寝ているし先に渡してもいいだろ」
「起きたらルークがいじけちゃうわよ?」
「寝落ちたやつが悪い」
「ありがとう、ヴォルフ。……大切にするわ」
ぎゅっと抱きしめてくれる腕に、安心するようになったのはいつからだったろうか。小さい頃からだったような、最近のような気もするけれど、ここがわたしにとって安心できる場所だという事に変わりはない。そっと首元に手を当てれば、今着けてくれたネックレスの感覚が指に残る。
「もっと良く見せてくれ。セレネ」
吐息混じりに呼ばれた名前にこもった熱は、確かにわたしの体温も上昇させた。ヴォルフの手首に巻いたチェーンが、シャラシャラ音を鳴らすたびに物珍しくて二人の目線はそっちに向いてしまうけれど、そのうち慣れるだろう。
夜空でランタンに負けないよう存在を主張している星みたいな銀色の瞳に、わたしの胸元で光る星が映っている。お姉さんは忘れられない思い出になると言っていたけれど、その通りになりそうだ。わたしだって、こんなきれいで温かい星の光を忘れるつもりなんてないのだから。
「もう! 僕だって一緒に渡したかったのにー!」
「ごめんね、ルーク」
次の朝、不貞腐れたルークの機嫌を宥めるわたしにも、それをちょっとだけ優越感に浸った顔で見ているヴォルフにも、同じ色の星が輝いていた。それがもう一つ増えるまでには、あとちょっとだけ時間が必要なようだけど。
あれこれ詰めたらちょっと長くなってしまいました。
お祭りのランタンはいつか実際に見てみたいものです。
お読みいただきありがとうございます。




