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月と紡ぐ物語  作者: 柚みつ
小話集

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4.

「うん、今日もいい天気ね」

「ここを出る時はいつも晴れてるな」

「えー、お日様ぽかぽかで気持ちいいじゃんかー」


 里帰りをしてからしばらく。のんびりしようと思って戻って来たけれど、わたしとヴォルフが町に帰って来たことをどこから聞いたのか、普段は町を離れているヒトたちが次から次に顔を見るためにやってきてくれた。

 一番遠かったのは、ディー兄さんだった。それでも、ここから山三つ越えた先の港町、としか分からなくて、わたしの書き込みの増えた地図を広げて、ああでもないこうでもないとお酒片手に大騒ぎしていた。あれは町の外の事を知るのが楽しかったのか、それとも単純にお酒が飲みたかっただけだったのか、判断はつかなかった。

 楽しそうにあそこはこうで、ここには何があって、なんて話す皆の顔を見ていたらどうでもよくなってしまったけれど。


「よう、セレネ。乗ってくか?」

「だって。セレちゃん、どうする?」


 わざわざ空の荷馬車を持ち出して、にんまりと笑うアロンズさんも、分かっているのに問いかけて来るルークも、少しばかり意地が悪い。隣でわたしが答えるのを待っているヴォルフが、どうするんだとばかりに銀色の瞳を細めている。わたしの大好きな、夜空で瞬く星のような色合いは、陽の光の下だってその輝きを失っていない。


「それじゃあ、お願いしようかしら」

「そうこなくっちゃな! 町のみんなに挨拶は済んでるか?」

「昨日の夜の宴会にいたわよね、アロンズさん?」

「はははっ! バレてたか」


 むしろどうしてバレないと思っていたのだろうか、宴会の中心で大きなグラス片手にケラケラ笑っていたのに。緑色の髪の隣に、穏やかに笑う白髪のヒト達の姿があったように思えたのは、揺れる炎が見せた幻だったのだろうか。町全体を巻き込んでの宴会騒ぎに加わることもなく、静かに休んでいるおじいちゃんとおばあちゃんには、今朝起きたらすぐに挨拶をしてきた。

 皆が飲んでいたお酒も、一緒に。あれだけ大騒ぎしていたんだもの、お酒を味わえないとなったらおばあちゃんの機嫌が急降下してしまう。宥めるように手持ちのいいお酒を献上していたアロンズさんも、最後の方には赤ら顔でちびちび味わっていたお酒だ。

 わたしはまだお酒のおいしさが分からないけど、おばあちゃんだってきっと美味しいと笑ってくれているだろう。


「僕アロンズの隣ね!」

「いいぜ、クマ族の情報網聞かせてくれるんならな」

「だから、僕あんまりそういうの持ってないんだってば」


 ひょい、っと御者を務めるアロンズさんの隣に座ったルークにも、それを当たり前のように受け入れているアロンズさんにも、気遣っているという気配は感じられない。


「ほら、セレネ」

「……ありがとう」


 だけど、幌をつけた荷台で、わたしがどう動くのかを確かめるようにこちらを見ていたヴォルフは、その辺りを全部分かって行動していると思う。そうやって確かめるような事をしなくたって、昨日のことを取り消したりはしないのに。


「あの町まで行くのなら、ちょっと休めるだろう」

「そうね、さすがにあんな騒ぎになるとは思わなかったわ」


 思い返すのは、昨日のこと。のんびりしようと思っていたのに、アンおば様の息子さんの子供は産まれるし、町に戻って来たみんなの対応に追われるしで、なかなかに慌ただしい日々を送っていた。

 赤ちゃんを抱きあげたのは初めてで、その小ささにびっくりしたけれど、同時にあんなにも無条件で守りたいと思える存在なのだとも知った。わたしも、そうやって産まれてきたんだと。海の向こう、わたしが動かないと会う事もない両親に、手紙の一枚でも送ってみようかと思えるくらいに。

 そうしているうちに雨季がやってきて、この時期を終えたらもう一度、旅に出ようと決めて。そうして昨晩の宴会に繋がったわけなんだけど。


「着いたら起こしてやる」


 ぶっきらぼうな口調とは裏腹に、そっと隣に寄り添ってくれているヴォルフは、立てた右膝に腕を置き、頬杖をついてわたしの方を見ようともしないけれど。

 ふわり、と体に添えられた尻尾は優しく触れるだけ。その緩やかな動きと、荷馬車の揺れで意識の端っこに追いやったはずの眠気は、あっという間にやってきた。


「誰のせいで、寝不足だと……」

「俺だろうな」


 状況は同じだったはずなのに、一人余裕のある態度なのが悔しくて、ちょっとだけついてみた悪態は、さらっと肯定されたうえに流された。おまけとばかりに肩を抱き寄せられれば、今までよりも密着して感じる体温が心地良くて、すぐに目を閉じた。

 瞼を閉じるその一瞬前に見えたヴォルフの横顔が、ほんのりと赤く染まっていたのは、見間違いではないだろう。


 そう、昨夜。ヴォルフから寄せられていた気持ちに、自分の気持ちを返したのは、昨夜のこと。宴会で盛り上がっている場所からこっそり抜け出して、おじいちゃんとおばあちゃんの眠るお墓の前で、これからも共に、と誓ってくれたのだ。

 ヴォルフはわたしに気持ちを寄せてくれてからずっと、誓うならおじいちゃん達の前で、と思っていてくれたそうで、だけどわたしが帰ると言い出さない限りは自分からあの町に戻ろうと言うつもりはなかったらしい。

 ルークにも気が長いだとかさんざん言われていたそうだけど、それを聞いてヴォルフがルークに自分の気持ちを話していたことにも驚いたし、それを知っているルークがいつもと何も変わらずに接していたことにもびっくりした。時々、わたしとヴォルフを二人きりにするなとは思っていたけれど、それでも時間を置いて自分もわたしと二人になる時間を作っていたから、全然気づけなくて。


 だけど、そうやって互いに二人きりになる時間が出来たことで、感じてしまった。ルークと一緒にいる時にはほっこりした気持ちで満たされるのに、ヴォルフと一緒だとドキドキするし、嫌な気持ちを抱いてしまうという事に。

 銀色の瞳が街ですれ違う誰かを映すたびに黒い染みのようなもやもやが胸に広がっていくこと、わたしの方を見てくれることに、安心すること。ルークとヴォルフが話している時にはなにも感じないのに、女性と、特に自分の体型に自信を持っていそうなヒトや、やたら距離が近いヒトと話していると割って入りたくなること。


 そう、気づいてしまえば答えはすぐに見つかった。

 ヴォルフは、わたしを好いてくれて、わたしも、ヴォルフが好きなんだと。

 好きだから、わたしの事を見ていてほしいし、他のヒトに奪われたくない。獣人は、そういう表現はストレートだし、直感で動いたりするけれど、ヒト族はたくさん考えて答えを出す種族だから、気づくまで時間がかかる事があるのだとルークに教えてもらった。

 ヒトを好きになるのに、種族も時間も関係ないよねえ、と呟いたルークは少し寂しそうに笑っていた。


「……セレネ、起きろ。セレネ?」

「うん……?」


 荷馬車の揺れではなく、自分の体がゆらゆらと揺さぶられている感覚と、名前を呼ぶ声でふっと意識が浮上する。今までの事を思い返していたような気がするのは、夢だったのだろうか。


「もうすぐ着くぞ。……宿、取るんだろう?」

「そう、だったわね」


 前回は食べきれなかった宿の食堂で、今度こそ一人前を食べきってみせる、と意気込んだのにはアロンズさんにも笑われてしまったけれど。

 ルークはもちろん簡単に食べきるだろうし、場合によっては追加もするだろう。わたしだって、この一年でたくさん歩いて動くようになったから、食べられる量だって増えているはずだ。


「ねえ、ヴォルフ」

「なんだ……!」


 目が覚めて、一番に見るのが夜空を閉じ込めたような黒い髪に、瞬く星のような銀色の瞳。何だかそれが妙に嬉しくて、微睡から覚めたまだぼんやりした頭で、ずっと肩を抱いていてくれたヴォルフに顔を近づける。

 とは言っても、わたしとヴォルフの身長差では、頬に届くかくらいなので、小さなリップ音と共に触れるだけのキスを送る。

 変なところで途切れた言葉、自分の頬に触れた感覚が何かを理解した途端に真っ赤に染まる顔、驚いてピンと立った耳。

 そのどれもが、わたしへの気持ちを表していて。ああ、ルークに教えてもらった通りだった、なんて嬉しくなって頬を緩ませてしまう。


「い、まのは……」

「昨日は、出来なかったでしょう?」


 どこでどう広がったのか、おじいちゃん達のお墓から町に戻ったら、わたしとヴォルフが気持ちを通じ合わせたことをその場にいるヒト全員が知っていて。

 そこからさらに祝い酒だなんだと騒いだものだから、宴会は終わることなく、空が白んでくるころまで続いた。

 わたしだって、ずっと気持ちを寄せていてくれたヴォルフに何かできる事をしたいと思っていたのだから。


「……足りない」

「ええ? ちょっとヴォルフ……っ」


 肩を抱いていた手にぐっと力が入ったと思えば、体を反転させられてヴォルフと向き合う体勢に変えられる。

 少し潤んだ銀色の瞳に映るわたしの顔も、ヴォルフに負けないくらい赤に染まっていて。ゆっくりと近づいてくるヴォルフの顔を見ているのが恥ずかしくなって目を閉じれば、口元を確かめるように柔らかい感覚が降ってきた。

 触れるだけだったり、自分の熱を移すように力強かったり、何度も角度を変えて触れる唇に耐えきれなくなって抱きしめられたままヴォルフの胸をトントンと叩く。


「これで、分かっただろう」


 恥ずかしそうに顔は赤らめていたけれど、まっすぐにわたしの方を見ている視線に応えるように、わたしからそっと口先に触れるだけのキスを落とす。


「十分、伝わったわ」

「……そうか」


 今まで見てきたどの表情よりも穏やかに、嬉しそうに笑うヴォルフに、わたしも嬉しくなった。そのまま到着するまで、ヴォルフに背中を預けるように寄り添っていたんだけど、アロンズさんとルークがわざとのんびり荷馬車を走らせていたのだと知るのは、もう少し先の話。



本日、キスの日という事で。ちょっとだけ甘い雰囲気の道中を贈ります。

好きなものを好きだと思う気持ちを、大切に。


お読みいただき、ありがとうございました!

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