3.
大型連休、ということで。
みんなで地元に帰ってきました。
「おじいちゃん、おばあちゃん。……ただいま」
二人に挨拶をするために視線を下げたけれど、記憶よりもう少し下げないと今までと同じ視界にはならない。自分では気づかなかったし、ヴォルフとルークも何も言ってきていないけれど、ここを旅立ってから身長が伸びたのかもしれない。
前に測っていた跡は残っているだろうから、アンおば様にお願いして比べさせてもらおうかな。
「ふふ、忘れているわけないでしょう? ただ、ちょっとだけ遠くに行って来ただけなの」
「ちょっとだけ、じゃないだろ」
「リュムをほぼ一回りしたからねえ」
わたしに続いてヴォルフ、ルークも二人にお花を手向けた後に、手を合わせてくれた。そのままわたしが久しぶりにここに来た理由を話していたら、呆れたような声と何かを懐かしむような声が同時に降ってくる。
「でも、予定よりはよっぽど早かったはずよ」
「まっさか途中で会えるなんてなあ、おかげで護衛雇わずに済んだぜ」
抱えた紙袋からガサガサと音を鳴らして、果物と瓶に入った飲み物を墓前に供えてくれたのは、アロンズさん。
良く育った草みたいに濃い緑色の髪を揺らし、紫の瞳を細めてカラカラ笑うアロンズさんはヴォルフの肩を叩いている。前はよく見ていた光景、ああ久しぶりだなと、帰って来たのだと感じるけど当のヴォルフは眉をひそめている。前だったらすぐに手を振り払っていたのに、それだけで済ませているあたり、ヴォルフなりに何か思うところもあるのだろう。旅をしている中で、段々とヒトに対して警戒だとか嫌悪感、なんてものが薄れていっているのはわたしだって感じているから。
もしかしたら、ただ単にアロンズさんの叩き方が痛いだけなのかもしれない。トリ族はオオカミ族に力で勝てるはずはないし、本人たちもそう言っていたけれど、アロンズさんは意外と力強い。商人だから腕っぷしが強くないと舐められる、なんて笑っている陰で、鍛錬を欠かしていない事を知っている。
「途中で、な」
「実際楽だったんだからいいじゃん。セレちゃん、掃除しよ?」
「そうね、といってもみんながやってくれていたみたいなんだけど」
意味ありげなヴォルフの呟き、おそらく思っている通りにわたしが送る手紙と移動する時間、その辺りを計算して待っていてくれたんだと思う。それを気づかなかったことにしてルークが手を差し出してくれた。当たり前のように差し出してくれた手を取って、立ち上がったわたしがぐるっと見渡してみても、特別掃除が必要そうな箇所は見当たらない。
「そうじゃなきゃここは今頃草だらけだな」
「自分たちの掃除だってあるのに、ありがたいわね」
旅立ったのは、ほぼ一年前。雨季も乾季も何回か来ているし、周りの様子だって多少変わっていたのに、この場所はあたしの記憶そのまま。町からそんなに離れているわけでもないし、この道は皆も生活で使うけれど、綺麗すぎる。磨かれて、つやつやとしている墓石が町のヒト達の気持ちを表しているようで、胸の奥がつんと痛くなる。
「あー、まあ俺らはあの二人に頭上がらねえからなあ」
「アロンズさん」
「ま、いつかの時にゃセレネがこんないい女に育ったって、あいつに自慢してやるのが俺の夢だからな」
優しい手つきで墓石を撫でながら、項垂れたアロンズさんの表情は見えない。だけど、声が少し震えているように聞こえるのは、きっと気のせいではない。
わたしのおじいちゃんとおばあちゃん、それは同時にこの町のヒト達にとっても良き隣人、頼もしい友人を喪ったのに。悲しむだけではなく前に進む力にして、いつの間に、そんな気持ちを抱いていたのだろうか。
こぼれそうになる涙をぐっとこらえて、しゃがんだままのアロンズさんに、精一杯の気持ちを告げる。
「……だいぶ、時間のかかる夢ね」
「いい夢だろう? そんで、浴びるほどに酒を飲むと約束したからなあ」
「おじいちゃん、あんまりお酒得意じゃなかったはずなんだけど」
「約束したのはマリーの方だ。グスタフは美味い肴用意するって笑ってた」
ああ、それなら確かにあの二人らしい役割分担だ。だけど、アロンズさん覚えているのだろうか。おばあちゃん、お酒本当に強いから先に潰されるのはいつもアロンズさんだったという事を。おじいちゃんと二人で、しょうがないと笑いながらお布団に運ぶのは、わたしの役割だったんだけど。
「しばらくここにいるんだろう? 住むところはどうすんだ」
ほとんど掃除をする箇所がないといっても、せっかく久しぶりに戻ってきたのだから、と周りの草を整えてから町に向かう。まずはおじいちゃんとおばあちゃんに顔を見せたかったから、町に入る前にこっちに来ていた。アロンズさんの持っていた荷馬車に乗せてもらって、ゆっくりと町に向かう。目の前に広がる青い空に、そういえば町を出た時にもこうやってアロンズさんに乗せてもらったなと思い出した。
あの時と同じように、ヴォルフは短い柵に背中を預けているけれど、あの時と違うのは、わたしを見る表情が柔らかいこと、そして反対側にも大事なぬくもりがあることだ。
そのルークは、この辺りは話で聞いていたけれど実際に来たことはないらしく、物珍しそうにきょろきょろと視線を巡らせては感嘆の声を上げている。
「わたしの家はアンおば様に売ってしまったから、町長にお願いして納屋を貸してもらおうかと」
「この間の雨季で雨漏りして、今直しているところだぞ」
「そうなの? それじゃあ、近くの小屋まで戻ろうかしら」
とはいっても、この町の近くには小屋はほとんどない。次の町まで行けば宿も小屋もあるから、そっちまで戻ろうかと考えていたら、懐かしい響きの声がわたしを呼んだ。
「セレネ! いつ戻ってきたんだい?」
「ただいま、アンおば様! さっきよ。アロンズさんに偶然会って乗せてきてもらったの」
荷馬車から飛び降りて、その小柄な体をぎゅっと抱きしめる。向こうも同じように返してくれて、ふわりと香るお日様の匂いが、目元を潤ませた。
カタ、と荷馬車が止まる音に顔を上げると、アロンズさんにヴォルフ、ルークもわたしとひっついたように抱き合っているアンおば様の事を見つめていた。慌てて手を離したけれど、わたしが寂しそうな顔をしていたのか、アンおば様が背中を優しく叩いてくれた。
「おやヴォルフと、そこのクマ族は初めましてだね。ようこそ」
「ルークって言います。初めまして!」
頭を下げたルークの、まとまっていない赤褐色の髪が揺れる。それを見て楽しそうに笑ったアンおば様と一緒に、町へ歩き出した。
「あんたたち、すぐに発つのかい?」
「ちょっとのんびりしていくつもりよ。アンおば様の息子さんはお元気?」
「ああ、おかげで元気だよ。そうだ、セレネ、一緒に来ておくれ」
アロンズさんが来る日、はだいたい決まっていたからか町には買い物目的のヒト達が待っていた。最初にアロンズさんを見て、それから荷馬車にいるわたしとヴォルフが視界に入ると歓声が上がり、その声につられるようにして次から次へと家にいたヒト達が出てくるものだから、あっという間にわたし達が帰って来たことは町のヒト達全員が知ることとなった。
町長は、アロンズさんの言う通りに納屋の修理をしているから泊められないと謝られ、すぐに他のヒト達にも相談するからと言ってくれた。だけど、元々この町にいるのは、他の場所で嫌な思いをしてきたヒト達ばかり。わたしとヴォルフだけならともかく、初めて見るルークに警戒するなという方が無理な話だ。前にいたクマ族の女性も、旅立っているみたいだし。
それならば初めて泊まった宿に行って、今度こそ小盛にしてもらった食事ではなく、他と同じように盛ってもらったものを完食できるか試しに行こうかと考えていたら、アンおば様から待ったがかかった。
連れていかれた先は、忘れるはずがない。わたしの、家。
「しばらくここにいるんだったら住むところが必要だろう。元はセレネの家なんだ、遠慮なんてしないでおくれよ」
にこにこ嬉しそうに笑うアンおば様の提案は、とてもありがたい。前みたいにアロンズさんの荷馬車に乗せてもらうでもなく隣の町に行こうものなら、確実に野宿を挟まないと着けないから。だけど、この家は今わたしの持ち物ではない。
「だって、おば様息子さんは」
「嫁が妊娠中で、うちにいるんだよ。そっちの方が何かと安心だっていうんでね」
懐から出した鍵で、玄関を開けてくれる。そこは、わたしの記憶のまま、むしろそれよりきれいになっていた。おばあちゃんが杖でヒビを入れてしまったタイルは新しいものに張り替えてあるし、おじいちゃんが力加減を間違えて歪んでしまっていた靴棚は真っすぐに直っている。
「今は風通しで来ていたところなんだ。定期的に掃除もしているから困ることはないはずだ」
アンおば様の息子さんは、手先の器用さを活かして大工に弟子入りしていたそうだ。最近になって腕を認められて自分のお店を構えることを許されたから、修繕が必要なヒトに手を貸しながらこの辺りで自分のお店を開けそうな町を探していた時に出会ったのがお嫁さん。
「そういうことなら、ありがたくお借りするわね。後で息子さんに挨拶に伺ってもいいかしら?」
「ああ、あの子もセレネの話を聞きたがっていたから喜ぶよ」
夕飯は一緒に食べよう、なんて話をしておば様とは一度別れる。ヴォルフと、一歩後ろからついてくるルークと三人で家の中を見ていくけれど、驚くほど変わっていない。旅立つ時、大事にして欲しいとは伝えたけれど、その通りに扱ってくれていることが、とても嬉しい。
「それじゃあ、久しぶりにのんびりしようかしら」
まずは、伸びたであろう身長を測るべく、ヴォルフに声をかけて幼い頃から使っていた柱まで移動する。
そこに新しく刻まれていた、見知らぬ名前に思わず笑ってしまったら、ルークがヴォルフとわたしの名前を刻んでくれた。ルークは、わたし達の中では一番背が高いので、ヴォルフにお願いする。ちょっとだけ勝ち誇ったような表情を見せたルークに、つい押さえる手に力が入ったというヴォルフが刻んだ目印は、実際の身長よりも少しだけ下にあった。
お読みいただきありがとうございます。
久しぶりに三人の日常を見たら思っていたよりも楽しくて変わっていませんでした。
とびとびな連休ですが、どうぞ息抜きにお楽しみください。




