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月と紡ぐ物語  作者: 柚みつ
小話集

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2.

その数字から、連想するのは。

「え、猫の日?」

「ほら、日付見て。こうさ、猫が鳴いているように見えない?」


 ルークから示されたカレンダーを見て、頭の中で数字を読んでみれば確かにそう聞こえなくはないけれど。


「……ネコ族が鳴いているのなんて」

「あいつら、自分の利になるようならいくらでも鳴くぞ」


 種族としては多い部類に入るし、実際に町でもその姿はよく見かける。だけど、今頭の中で浮かんだような鳴き声を聞いたことがあるかと言えば、記憶を掘り起こしてみても覚えがない。

 ヴォルフがげんなりした様子で呟いたのは、その時の状況を思い出したからだろうか。わたしに覚えがないから、きっとそれはあの町に来る以前の話なのだろうけれど。


「まあ、僕らも鳴くかと聞かれたら鳴かないけどね。言葉があるもん」

「そうねえ、他の種族でも鳴いているところは聞いたことがないわ」

「特性を継いでいるといっても、生態はヒト族と同じだからな」


 そんな話をして、少しだけ表情を曇らせたヴォルフの顔色が戻らないままに着いたのは、山のふもとに出来た町。山越えの前に補給が出来る最後の場所だから、それなりに賑わっているとは聞いていたけれど、それにしてはなんだかやけに黄色い声が飛び交っているような気がする。


「ねえ、ルーク。わたしの気のせいかしら」

「……気のせいだよ、って言えたらよかったんだけどなあ」


 私の耳に届くということは、もちろん二人にも届いているということで。わたしよりも聴覚に優れているのだから、もっと前からこの声は聞こえていたに違いない。だけどこの町を通り過ぎて山を越えるのは無謀だと分かっているし、この先に分かれ道はないからどうやってもこの町を通らずに山に入る道はないと諦めたのかもしれない。

 それなら、さっきのヴォルフの表情にも納得がいく。結構離れていたから、聞こえていたかどうかは分からないけれど。


「いらっしゃいませ」

「えっと、三人一部屋で一泊お願いできるかしら?」


 町に入ってから、宿に辿り着くまでもそれはもうすごかった。そこかしこでネコ族たちが今まで聞いたこともないような声で話しているのだ。まさしく猫撫で声という言葉がぴったりで。

 わたしじゃなくても分かるくらいに表情を変えたヴォルフに、眉を下げたまま固定したのかと思うくらいに動かなくなったルークの顔。

 わたしも似たようなものだと自覚はあったから、露店を見て回ったりあちこちでヒトの話を聞いたりすることもなく、足早に宿に飛び込んでも二人から疑問の声は上がらなかった。

 そうして、部屋に入って一息ついてから。


「すごかったわね」


 必要最低限の会話は交わしてきた。町のヒトたちはもう慣れっこのようで、誰も何かを茶化すようなこともなくただ普通に会話をしていたけれど。

 たまたま目についたおいしそうな果物、ルークが好きだと言っていたし、なにより他の町のものよりも大ぶりで艶やかだったからこれは買っておかないと、と露天に寄ったのはいつもならどこもおかしくない、普通の行動だったはずだ。

 店主がネコ族で、この日に便乗して耳と尻尾にリボンを飾り、語尾に「にゃん」とつけてくること以外は。あれを、果たして鳴き声と称していいのかは分からないけれど、突っ込んで聞く気も起きなかった。


「お店の売り上げを伸ばすためだって分かってるけど、慣れないよねえ。あれ、ネコ族の鳴き声ってことになってるんだよ」

「この時期はあいつら、稼ぎ時だって笑うからな」

「だからってあれだけにゃんにゃん連呼されてもねえ……」


 ああ、あれは鳴き声と取って良かったのか。たぶん、ルークは訳も分からずに目を丸くしてぐったりしているわたしに気を遣って話している。今までどこでも獣人の鳴き声、というものに出会ってこなかったのに、どうしてここで。

 別に今日の日付だけが鳴き声を連想させるわけではないのに、これだけ何度も耳にすれば刷り込まれてしまう。それも含めて、ネコ族が今日は特別多く店先に立っているのだと言われれば何というか、商魂逞しいという感想を抱くほかないわけで。


「ただ鳴くだけで売り上げは増える、個人におひねり(チップ)は入る。ネコ族といわず計算高い奴ならこの機は逃さないだろう」

「基本気まぐれなのに、お金が絡むと恥とかそのあたりはまるっと飲み込むんだよねえ」


 獣人のなかでも、気まぐれで自分の好きなこと以外にはあまり興味を示さないというネコ族の性格は伝わっているみたいだ。この日、というかこの時期に張り切って鳴き出すネコ族を最初はどうしたのかと見ていたが、今ではある種お祭りのようになっている場所もあるらしい。この町も、その中の一つだった、というだけだ。


「あの町じゃそんな姿見たことなかったけど」

「セレちゃん。今日見たのが特別だから。あれが普通だと思わないでね?」


 むしろ、普段のネコ族だったら自分の気が乗らなければその場でくるりと背を向けるくらいのことはしそうなものだ。おじいちゃん達と一緒に笑っていた、あのネコ族ならそうしていただろうし、日当たりのよい場所で昼寝をしているはずだ。

 お気に入りのスポットなのに、わたしにはその場所を使うことを許す、と自分の表情を隠すように背中越しに伝えてくれた、あのヒトなら。

 その姿を思い出していたら、そういえばと疑問に思うことも一緒に浮かんできた。当時はあまり気にしていなかった、というよりも気に留めるようなことだとも思っていなかった。


「あいつ、町からいなくなる時期があっただろ」


 わたしの疑問を読んだかのようなタイミングで投げられたヴォルフからの問いかけには、少し驚いたけれど頷くだけで答えた。

 日向ぼっこと昼寝を誰よりも愛していて、その時間を邪魔するヒトには容赦なくその爪を向けていた。あの町で爪を向けられたことがないのは、わたしとおばあちゃんくらいだったはず。


「そうね、しばらく姿を見ないと思ったらおっきな袋を抱えて帰って来て……」

「稼いできたんだろうねえ」

「そうじゃなきゃあいつの懐具合に説明がつかない」


 雨季で日向ぼっこが出来ないから、ではなくて乾季で天候が安定している日なのに町にいない時期は確かにあった。そしてふらりと姿を見せたと思ったら、たくさんのお菓子をくれたのを覚えている。


「でも、あの町にいた、ディーはお兄さん……」

「セレネ、この時期の需要に男女は関係ない」

「そうなの?」

「ランディはまあ、頑張ってたからな」


 そうなのだ、この町で見た声をあげていたネコ族は誰もが女性。隣でニコニコと笑顔を浮かべていたりはしていたけれど、男性のネコ族の鳴き声は聞かなかった。

 だから、このお祭りのような騒ぎは女性が面白がってやっているのだと思っていたけれど、スッパリとわたしの声を遮ったヴォルフが告げたのは、性別は関係ないという事。


「ヴォルフ、それって」

「嘘は言ってない」

「本当のことも全部言ってるわけじゃないでしょ! まあ、知らなくていい事だろうけどさあ」


 性別問わずにネコ族が人気になるのなら、ディー兄さんは相当頑張ってこの時期に稼いできたのだろう。近くの町でもこのような賑わいになっているとも聞いたことがなかったし。

 ここでは、きっと女性が中心になって楽しんでいて周りもそれを楽しんでいる、という事だろう。いろんな盛り上がり方があるのなら、これからまた町を回るのに楽しみが増えた。

 それから、アロンズさんへの手紙の話題も。きっとアロンズさんならディー兄さんの出稼ぎ先を知っているだろうから、いつかこっそりその姿を見てみたい。


「少し慣れたところで、町、回るんでしょ?」

「ええ、夕暮れ時だし、お散歩と夜ご飯もね」

「この先の山は今までよりも険しいからな。しっかり食べておけよ」


 陽が落ちて来たのに、さっきよりも盛り上がっている町の中を歩いて行く。お祭りなのだと思えば、店先でにゃんと声をかけられてそれに返事をする余裕も出来てきた。

 買い物をして、お姉さんがわたしの後ろで控えていたルークとヴォルフを見てニヤリと笑ったかと思えば、どこからか取り出したのか猫のような三角の耳をつけたカチューシャをつけてくれたりもした。ルークは似合っているよと笑ってくれたのに、目を見開いたヴォルフからはサッと視線を逸らされてしまったけれど。

 せっかく、町中にネコ族の鳴き声が溢れているのだから、とつけたまま食事も済ませて宿屋に帰って来てもヴォルフの表情は晴れないまま。

 先にシャワーを浴びるからとヴォルフが出て行ってから、後を追いかけたルークが笑いながら教えてくれた理由に、自分の頬が赤くなるのを感じたりしたけれど。


「あなたの種族になりたい……か」


 思った以上にふわふわした触り心地の耳は、簡単に外れてしまう。手の中で遊ばせていても、わたしが触りたいと思うのは少しだけごわごわした黒い毛並みなんだと思ったら、さっきよりも顔に熱が集まってしまった。

 急いで顔の火照りを静めたくて、窓を開けて外の空気を入れる。乾季続きの空には雲もなく、淡く光る月と輝く星がとてもよく見える。

 その色合いを見るだけで、姿を連想してしまうのだから我ながら重症だと思う。残念なことに、治す方法は今のところ見つかっていない。


おまけ



「オオカミ族にもこういう日、あったりするの?」

「目立たないように生活しているのに、あると思うか」

「えー、ないなら作ればいいんじゃない?」

「お前は何でもかんでも記念日にしようとするな」


地図に新しい記念日が書かれているのに気づくのは、少しだけ後の話。

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