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月と紡ぐ物語  作者: 柚みつ
小話集

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56/61

1.

彼らなりの新しい年の迎え方を

「新しい年の迎え方?」


 久しぶりに長距離の移動をして、ルークだけではなくヴォルフにも疲れが見えるのは珍しいと思いながらも、わたしが一番疲れを溜めているのは明らかなので早々にベッドに潜り込んだ。

 体は確かに疲れを訴えているのに、どうしてか寝入ることが出来なくてぼんやりと宿の天井を眺めていた時に聞こえて来たルークの声。

 同じように繰り返した自分の声は、思っていた以上に大きく響いて聞こえた。


「うん、ヒト族の過ごし方って何かある?」

「そう言われると、思いつかないわね」


 ごろりと寝返りを打って体勢を変えれば、ぎゅっと枕を抱きながらワクワクした顔でこちらを見ていたルークと目が合った。雨季に入って一段と冷え込むようになったこの時期は、布団のぬくもりがいつも以上に恋しく思う。もぞもぞと動いてみたけれど、ぬくもりは手放せないので布団にこもったままで話をすることにした。


「あの町にいた時はいろいろしていただろう?」

「え? ただご飯の作り置きをしたり、家の掃除をいつもよりも丁寧にしていただけよ?」

「町で宴会みたいになっていたけどな」


 おじいちゃんとおばあちゃんがいつもよりも丁寧に掃除を始め、それがひと段落して休憩をしていたらいつの間にか食べ物を持って大勢が集まっていたし、そのままお酒も入って夜通し盛り上がる、なんてことが恒例になっていったような気がする。

 むしろ、次の年からはその宴会を楽しみにみんなあれこれ料理を作っていた。備蓄の入れ替えだっていいながらもアロンズさんは珍しい食材を持って来てくれていたし。今思えば、あんないい食材を備蓄しているはずがない。市場に出せば即座に買い手がつくようなお肉に、あの町では手に入りづらいはずの魚。野菜は比較的手に入りやすいけれど、どれも大きくて立派だった。

 おじいちゃんがすごく嬉しそうに料理をしていたし、それを食べていたおばあちゃんも町のヒト達もみんな笑っていたから、美味しいなと思いながらも気づかなかったけれど。


「クマ族はなにかないの?」

「うーん、一か所に留まってるヒトたちならあるだろうけど、基本僕ら旅してるからね」

「そうねえ、確かに前は良く声かけていたわよね」


 寒くなってきて、行動が鈍くなるからとこの時期はあまり動かずに同じ町に留まる事が増えるそうだけれど、それはあくまでこの時期をやり過ごすための一時的なものだそうだ。暖かくなればまた、出歩き始めると。

 町や道中で同族と出会ったら一緒に過ごす場合もあるとルークは言うけれど、確かに寒くなり始めてからクマ族にあまり出会わなくなった。その前までは道で会えば情報を交換したりと交流があっただけに少し寂しく思ったりもするけれど、みんな寒さに強くないのだと聞けば無理もない。


「オオカミ族……はないよねえ」

「あると思っていたのか」

「まあ、一応聞いておこうかなとは」


 背を向けて、会話に参加していないように見えても話を振ればきちんと答えてくれる。ヴォルフは呆れたような声を上げているけれど、わたしはもちろん、ルークだってオオカミ族はヴォルフしか知り合いがいない。

 だから、気になったことはヴォルフに聞くしかないのだけれど、当の本人も同族はリーダーと呼んでいた男性しか知らないから、と結局は種族としてどうなのかはいまいち分からないままだ。わたしもルークもそれでもいいと思っているから、ヴォルフに意見を求めている。


「この時期は、浮かれる奴らが多いからな。追っ手を撒くのに町には来ていたが」

「あ、やっぱりそういう感じなんだ」


 そうはいっても、あの町に落ち着く前のヴォルフの話を聞けば、一か所に留まるなんてことをしているはずはないと簡単に想像がつく。そして、返ってくる答えはだいたい想像から外れていない。


「それじゃあ、セレちゃんの今までやってきたこと教えて?

 せっかく僕らが初めて一緒に新しい年を迎えるんだからさ」


 あれこれ話して夜を明かし、寝不足のまま次の日を迎えたというのに、なぜだかルークは寝る前よりもテンションを上げていた。興奮するままに伝えて来る言葉を纏めてみれば、どうやらわたしとヴォルフが町で過ごしていた時の事を自分も体験したいというもので。

 町で宿を取ることも提案したけれど、ルークが自分たちだけで過ごすという事を譲らなかったので、買い出しだけして町から少し離れた小屋を使う事にした。

 デーナほど大きくはないけれど港もある町にいたし、やはりこの時期はどこも浮き足立った空気なのでいつもよりもいい食材を少し安く買うことが出来た。それに、料理も華やかでみんなで食べられるようなものも用意されていたので、一緒に買う事にする。町にいた時は何日か前から作って備えておいたから、たくさん食べるヒト達の中でも料理を切らすことはなかったけれど、今から作るのではおそらくルークの胃を満たせない。


「さて、まだ陽が落ちるまで時間はあるわね。掃除、はしなくてもいいかしら」

「前に使った奴が済ませているようだからな」


 窓を開けて空気を入れ替えていても、埃が舞う事もない。直前まで使っていたにしても、多少は掃除しないといけないと思っていたけれど、これなら今日の残りの時間を料理に回してしまっても大丈夫だろう。

 小屋を使ったら綺麗にしてから出るのがルールだけど、まれに使いっ放しで出て行ってしまうヒトもいる。旅を始めた頃にはどうしてだろうかと思っていたけれど、初めて小屋を使った時からヴォルフが丁寧に片付けているのを見て、分かった事があった。

 したくても、出来ずに急いで出て行かなければならなかったヒトだっているのだと。


「あとは、料理かしら。ルークがたくさん買い込んだもの。今も追加で行ってくれているし」

「あいつ、いったいどれだけ食べるつもりだ……」

「この時期は寒さに対抗するのに必要だ、って言っていたわよ?」

「ただ食べたいだけだろうが」


 持ち前の愛想の良さを発揮したルークは、町の雰囲気も手伝ってかなりの食材をお得に買っていた。わたしの両手が塞がり、ヴォルフも片手では持ちきれなくなったことでそれじゃあ、と切り出した時にもう買い出しは終わりにするのかと思ったのに、第二ラウンド開始を告げたルークはすごくいい笑顔だった。しかも、わたしとヴォルフは先に小屋に行って準備を始めて欲しいなんて。


「期待してくれるのは、嬉しいわ」

「だとしても、この量は手間もかかるだろう」

「美味しいって笑ってくれるならそれで十分だもの」


 ヴォルフが溜め息を吐くのも分かる。テーブルひとつを占領する食材に、料理だっていくつか買ってある。デーナでのあれこれに今まで節約してきた分のお金もあるから懐には余裕があるし、さっき見直してみてもまだ多少は大丈夫だと判断したからルークに追加の軍資金も渡せたけれど。

 この時期は薬草が見つかりづらいから、傷薬がいつもより高値で売れる。足りなかった時の物々交換用として何本かも一緒に渡してあるから、ルークがお金が足りなくて食べたい物を買えないという状況にはならないはずだ。


「あの調子なら、それなりに買い込んで来るんだろうな」

「お魚、こっちの小さい方は全部干しちゃいましょうか。雨、上がったままだといいのだけれど」

「雨季なのに、こんなに晴れるとは珍しいな」

「そうね。何にせよ、ありがたいことだわ」


 いつまた空模様が変わるか分からないので、先に魚を干せるように準備をする。ヴォルフも心得たように手伝ってくれるから、籠いっぱいにあったはずの小魚はあっという間に処理が終わった。

 そのまま、大きな魚も捌いて骨と身に分ける。ルークは生でも食べられるから、そのまま薄く切って野菜と一緒に盛り付ける。わたしの分は少し炙ってから葉っぱで包んで熱を逃がさないようにしておいた。

 寒さもあるし、この量の食材があるのなら少なくとも明日まではこのまま小屋に滞在するだろう。それならば、と骨といくつかの野菜を鍋に入れて煮込んでおく。この後のルークには、温かいものがあった方がいいだろう。

 あんまり時間もないから凝ったものは作れないし、備え付けの台所だって簡単な調理をするような設備しかない。だけど、笑顔で食べてくれるだろうヒト達の顔を思い浮かべれば、これ以上ない早さで手が動く。

 あの時、おじいちゃんが楽しそうにしていたのが、不思議だった。手が痛くなるほど動かしても終わらない野菜の皮むきでも、お鍋もかまどもフル稼働で一日中張りついていても、ずっと笑顔だったおじいちゃん。その気持ちが、今なら分かる。


「……楽しそうだな」

「ええ、だって美味しく食べてくれるでしょう?」


 返事はなかったが、黙って隣で手を動かし続けているのと、そっと背中に添えられた温もりが答えだろう。


「ただいまー! ねえ、これ見て! たくさん……」


 ぽつりぽつりと話をしながらも、静かに料理をする音が響いているなか、帰って来たルークの声が不意に途切れた。何かあったのかと思って振り返ったら、両手にたくさんの食材を抱えていたけれど、特に目立つものはない。一体どうしたんだろうと思ったけれど、鼻を赤くしているルークを迎えるべく、一度料理の手を止める。


「ルークお帰りなさい!」


 たくさんの食材を買い込んできているから、追加の軍資金が足りなかったという事はなさそうだ。そっと袋を覗いても、特別高価なものも見当たらない。町で変なヒトに声をかけられたのであっても、そこらの相手ならルークに返り討ちにされて終わりだろう。服に汚れがついているわけでもないから、そういう訳でもなさそうだ。

 どうして帰ってきたばかりのルークが、浮かない顔をしているのか。


「僕の前でいちゃつくの禁止!」

「い、いちゃつくって!? そんな事していないわよ……!」


 理由が分からず、首を傾げた瞬間に響き渡ったルークの叫び声に、反射のように返したけれど急に恥ずかしくなって最後の方には顔を覆ってしまった。絶対、顔赤くなっている。


「ふーん? ヴォルフには心当たりがありそうだけど?」

「遠慮はしないと言ったはずだ」


 顔を見なくても分かる、間違いなくヴォルフは今勝ち誇ったような顔をしている。わたしが気づかないところでも、ルークには分かるしヴォルフは確信をもっていたというのが、どれの事だか見当がつかない。

 隣に並んで料理を作るのも、何も言わずにお互いの必要なものをそっと差し出すのも、身長差があるからヴォルフの尻尾がいつもわたしの背中辺りに当たるのも、当たり前の事だから。


「それだったら僕もー!」

「あ、ちょっとルーク! 外は寒かった?」

「そうだね、でもセレちゃんのご飯楽しみだったから頑張ったよ!」


 食材の山をひとつ追加してから、ルークがぎゅっと抱き着くように飛び込んでくる。加減はしてくれているけれど、どうしてもわたしは支えきれないので、隣のヴォルフが慌てて倒れこまないように肩に手を添えてくれる。ルークも、そう分かっている時じゃないと飛び込んで来ないけれど。

 よく見れば、鼻だけでなくてほっぺも赤くしているし、頭の上にある耳だって細かく震えている。体温を移すように、もう一度ぎゅっと力を籠めてから体を離せば、待ちきれないとばかりに輝く笑顔が目の前にあった。


「また、次の年もこうやって笑いあえたらいいよね!」


 もうそこでルークの興味は料理に向いたので、わたしも止めていた手を動かし始めた。気分の切り替えの早さにヴォルフが呆れながらも出来ている料理をテーブルに乗せていく。思っていたとおり、どれも美味しいと笑いながら食べ進めていくルークに、緩む頬を隠せない。作りながら摘まんでいたけれど、この調子なら用意した料理はすぐになくなるだろう。

 ゆっくり食べろとたしなめるヴォルフに、頷いているのに口を動かし続けるルーク。

 あの様子なら次の年どころか、しばらくは笑い合って過ごせるだろうと思いながら。

 そうなる年であってほしい、と願いを込めて。


明けましておめでとうございます

本年も、どうぞよろしくお願いします

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