8.
「また読んでるのか」
「また、って言われるほどじゃないと思うけれど」
「おとといも読んでただろう? 夜、ベッドに入ってから」
二人は寝ていたと思ったから広げていたのに、疑問ではなく確信をもって言われたのにはびっくりした。思わず手に力が入ってしまい、握っていた紙が小さな悲鳴を上げる。慌てて力を抜いたけれど、少しだけ皺が残ってしまった。千切れたりはしていないのを確認して、ホッと胸を撫で下ろした。
「気づいていたの?」
「次はもう少し深く布団を被るんだな。……ルークが気にしていた」
「ちょ、そっちは早く教えて欲しかったわ! ルークーー!」
あれから。手紙のやり取りに、ヴォルフと、何故だか帰ってきて意気投合していたルークの一言も同封することを念押しされてから、アロンズさんとは別れた。
今までわたしが手紙を書いていても、アロンズさんへの珍しい商品という名のお土産を選んでいても口を出すことはなかったのに、最近のルークはあれこれと楽しそうに便箋を選んではせっせと手紙を書いている。
「時間が経ったから、距離を置いたから見えることもあるのね」
カサリ、と乾いた音を立てたのは仕舞い込んだ手紙。父からの最初で最後の手紙は、これからもわたしのお守りだ。返事を書いたところできっと父の元には届かないから、書くことはないけれど。
仕事柄、いろんなことを予測して手段を講じるのが得意だとは知っていたし、家にいる時はその準備の良さに感心していただけだったけれど、何年も連絡を取っていない娘の行動すら予想していたのは、正直びっくりした。
だからこそ、あの日あの時間にわたしの鞄が用意されていたから感謝している。
「届かないのは分かっているけれど、ありがとう。お父様」
綺麗に畳んだ手紙をしまってからルークを探す。最近は手紙を書きたいからと理由にして、買い出しをわたしとヴォルフの二人だけに任せようとすることも、増えた。
ヴォルフはそれに関してルークを褒めていたから、止められることもなく結局いつもわたしが丸め込まれるようにして、二人で店を巡る事になった。別にヴォルフとの買い出しが嫌なわけではないし、正直言えば少しだけ胸が弾む。
ただ、ヴォルフがいつもは控えている愛情表現を、ここぞとばかりに隠さなくなるからどう反応していいのか分からなくなってしまう。
毎回戻るとルークはヴォルフの顔とわたしを見比べてにこにこしているし、何だったらヴォルフに何かを耳打ちしては頷いているから、きっと気持ちは筒抜けなのだろう。それをルークが直接伝えてこないのが気恥ずかしくもあり、くすぐったいけれどすぐ近くで見守ってくれている安心感は確かにある。
ルーク、年下のちょっと甘えたがりな性格のはずだったのに、いつの間にこんなに頼れる雰囲気を持つようになったのだろうか。
「あ、セレちゃんちょうど良かった!」
「なに?」
探していたのはわたしなのに、ルークがわたしを見つけた途端に耳を揺らしながら駆け寄ってきてくれた。わたしよりも身長は高いし体格だってしっかりしているし、ついさっき思い返していたルークの姿だと頼れるお兄さんのような雰囲気だったのに、どうしても可愛らしいと思う気持ちはなくならない。
「はい、これ! ビリーへの手紙」
「この間も出したじゃない。まだお返事来てないわよ?」
どの町に着いても、滞在するのは最高で三日。それで次を目指して出発するようにしているけれど、前の町は近くて、移動は一日だけで済んだ。つまり、前に手紙を出してからまだそんなに日が経っていない。モジュールに送る手紙はそこまで量があるわけではないけれど、船は毎日出ているから港で寝かされる心配はない。だけど、ここから港がある町は距離があるから、早かったとしてもようやく港に届いたかくらい。
ルークだってその事情を察せないはずはないけれど、それよりも強い気持ちがあるのだと思う。
「僕が書きたいからいいの。いつまで書けるか分からないし」
「……そうね。それじゃあ、出しに行きながら食事にしない?」
「賛成! ここ、大きな川があるから魚が良いなー!」
「昨日も魚だっただろうが」
「ヴォルフは食べてなかったでしょ」
ルークが少しだけ寂しそうに笑うのは、わたしの両親を見たからだろうか。比べてしまえば自分に良くしてくれたモジュールの友人が、重ねてきた年月に気づいてしまう。どれだけ技術が進んでも、抗えない部分があることに。もちろん、その時間がやって来るのは出来るだけ遅くなって欲しいと願っているけれど。
話を逸らすように食事の話をしてみれば、思っていた以上に嬉しそうに反応したからわたしも自然と笑顔になる。
ビリーについては、思い当たったヒト宛てに手紙を出した。わたしの思っているヒトと二人がお世話になったヒトは違うかもと伝えたし、わたし自身、返事は期待していなかった。旅をして回っているわたし達のところに手紙を届けるのは、モジュールからだとリュムから出すよりもはるかに難しいからだ。
それなのに、わたし達の元に届いた上等な封筒。真っ白な紙はそれだけで上質だと伝えている。配達人の手が震えていたのは、気のせいではないだろう。
どうやらビリーは、わたしの想像していたヒトで間違いはなく。最初の返事は手紙のお礼とわたしの話がモジュールでどう伝えられているか、という事だった。自分の名前を持たせたけれど、ルークとヴォルフは無事だったのか、と手紙が届いて安心したと優しい言葉もあった。
手紙を送った時にわたしもお礼を同封したけれど、今後も定期的に書いてくれると嬉しい、という一言はきっと本音だろう。
「あ、ねえもしかして……」
「ルークさん、ですか?」
ルークご希望の魚を出してくれる食堂がある方に向かっていると、恐る恐る、と言った様子で声をかけてきたのは少年二人。白い髪、頭の上で揺れる長い耳、紅い目を持っていることが多いという話をよく聞くから、きっと二人ともウサギ族だろう。
ルークはクマ族だしヴォルフはオオカミ族。関わったことがあったかと首を傾げたらルークも同じだったようだ。
少しだけ、疑問を含んだように目の前にいる二人に問いかけている。
「そうだけど」
「うわあ! 本当にいたんだ! あのっ、お話聞かせてください!」
「うーん、僕は構わないけれど二人は?」
キラキラとした目でルークを見ていた二人は、当の本人がわたし達に話を振ったことでその顔をこちらにも向けてくる。恐らく年下で合っているのだろうけれど、年上だったとしても今の表情なら年下だといっても納得できる。
別に困るような内容を話すようなつもりもないし、こんな憧れのヒトを前にした少年たちの願いを切り捨てるほど、薄情でもないつもりだ。
「わたしはいいわよ。食事しながらでも良ければ」
「邪魔をしないならな」
「僕たち、これからあっちの川沿いの食堂に行こうと思うんだけど」
わたしと、興味なさそうに二人が話しているのを見ていたヴォルフも頷いたからか、ルークが嬉しそうに向き合った。それよりも嬉しそうな顔をしたのは、同行してもいいと許可をもらえた少年たちだ。
「一緒に行ってもいいんですか!?」
「これでモジュールのこと、聞けるな」
「それなら僕よりも適役がいるのに」
「え?」
「ねー、セレちゃん?」
くるり、と少年たちに向けた笑顔のままわたしの方を見たルークなら、少年たちに最初に声をかけられた時にどんな理由だったかも察せたはずだ。特に、最近同じ理由で声をかけられていることが増えているのだから。
なのに、どうしてこのタイミングでわざわざわたしの名前を出したのだろうか。案の定、少年たちはきょとんと目を丸くしてわたしの方を見ている。
出された理由も何となく分かっているから、返ってくる答えにも想像がついたけれど、一応聞いてみる。
「ルーク、このタイミングで話を振ってくるのはどうしてかしら?」
そうして、返ってきたのはやはりというか想像通りの答えだった。
「魚、食べ損ねてるからな」
「僕、ずっと楽しみにしてたんだよ!」
「そういうこと。……食事している間だけよ」
わたし達の周りも、少しだけ変わった。ルークはどの町でも声をかけられることが増えたし、ヴォルフもフードを被って自身の色を隠さなくなった。
特にルークは自分のやりたいことをアロンズさんに伝えてから、こうやっていろんな種族が話を聞きに来る。アロンズさんの仕事の合間にちょこちょこと話を出しているのが広がっているようだ。
ヒト族が一緒にいる事で遠慮したり、ヴォルフの空気に怯えてしまうヒトもいたけれど、開口一番に追い払うような真似をしなくなっただけヴォルフも当たりが丸くなったから、結局その噂を聞きつけてまた違う場所でも声をかけられる。単純に、その繰り返しに諦めたのかもしれないけれど。
自分の意志でモジュールに渡る獣人も、本当にちょっとずつ増えているそうだ。中には度胸試しのように一泊しては戻ってきて、モジュールに行って帰って来たと豪語しているヒトもいるらしい。
まだハンターや違法に獣人を捕えて売りさばくヒトがいなくなったわけではないけれど、いずれは無くしてみせるとミスティから手紙が届いた。ルークの話も噂が届いたらしく、警吏になって話を広めていくならいつでも大歓迎だという勧誘付きで。
「そこの食堂、人気だから早く行かないと席無くなりますよ」
「えっ、それは困る!」
少年たちに急かさせるようにして足を速めたルークは、もう二人と何かを話しながら笑っている。いろんなヒトに話を伝えたい、と決めてから今まで以上にルークはたくさん話すようになった。そして、ビリーからの手紙で直接的ではない言葉回しも学んでいる。
あっという間に成長していくその背中を見ていると、わたしのノートもいつか誰かの役に立つだろうと思うし、本に出来るようにもっと頑張らないとな、と思う。
きっかけは、ただの興味だった。それが、今では未来の選択肢になって誰かの行動を変えていく。
「行くか、セレネ」
「ええ!」
やれやれ、と言いながらゆっくりと歩き始めたヴォルフが、そっと手を差し出してくれる。わたしがその手を拒まないと分かっているから、尻尾は緩やかに揺れている。
陽の光に照らされている黒髪はずっと見たかったし、優しく細められている銀色の瞳から感じる気持ちも、当たり前のように向けられるからくすぐったいけれど、とても嬉しくてわたしの体を満たしていく。
この気持ちに、名前がつく日はきっとそう遠くないだろう。
大好きだと心から言えるヒトが隣にいる幸せをかみしめながら、今日もわたし達は旅を続けていく。
これにて完結です。
お付き合いいただきましてありがとうございました!




