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月と紡ぐ物語  作者: 柚みつ
小話集

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6.

 買い出しに別れたあと、待ち合わせをしていたカフェに遅れること少し、ルークとヴォルフの姿が見えた。

 けれど、荷物でもなんでもなく、わたしの目がいったのはヴォルフが抱きかかえていた、赤いかたまり。


「ルーク、何があったの?」

「いやあ、えっとね……」


 視線をヴォルフに向けながら頬をかいているルークは、明らかに焦っている。ヴォルフも不機嫌を隠そうとしない表情をしているから、恐らく今の状況は不本意なんだとは思うんだけど。


「きゃー!」

「……いい加減離れろ」


 きゃっきゃと楽しそうな声をあげているのは、ヴォルフの抱きかかえていた赤いかたまり。近づいてきてようやく分かったそのかたまりは、獣人の子供だ。

 抱きかかえているように見えたのは、ヴォルフにくっついて離れないから。ふわふわした赤毛に紛れていて耳は見えないし、尻尾もまだ短いみたいなのでどの種族なのかは分からない。


「あのね、セレちゃん。この子、迷子みたいなんだよね」


 カフェで果実水を頼んであげれば、喜んで飲み始めた。子供が両手でコップを持ったことで、ようやく拘束から逃れられたヴォルフは、ぐったりとテーブルに突っ伏した。どこから連れて来ていたのかは分からないけれど、あの疲れ具合だと相当引っ付かれていたんだろう。

 せめて少しは休憩できるよう、子供の座る椅子をそっと自分の方に動かした。獣人だったら子供といえど、この程度は難なく移動してしまうんだろうけど。

 頭を触らせてもらえないかと手を伸ばしたけれど、ぶんぶんと首を振って拒否されてしまった。ルークが触ろうとしても、同じことをされたらしい。

 ヴォルフが確認するのには何の抵抗もしなかったらしく、三角の耳を持っている事だけは分かっているそうだ。


「それは分かったけれど、どうして二人が連れているの?」

「あー、なんて言えばいいのかなあ……獣人の本能、みたいな?」

「つまり?」

「子供ながらに、ヴォルフの強さを感じ取ってるってこと。だと思うんだけど」


 たっぷりと蜂蜜をかけたパンケーキを頬張りながらも、ルークが視線を向ける先は子供。ヒト族の赤ちゃんのような見た目だけれど、獣人だったらこのくらいで歩き始める種族だっているそうだ。

 耳の形だけでは肝心な種族は分からないし、本人はまだ言葉は話せない。仕方なく引っ付かれたヴォルフが抱きかかえ、ルークは親を探しながらカフェまでやってきた、ということらしい。


「セレネ、悪いが」

「ええ。その子の親を見つけるんでしょう?」


 ゆっくりと顔を上げたヴォルフに、頼んでから口をつけていなかった果実水を渡す。あんまり甘くないけれど、いつもはゆっくりと飲んでいるヴォルフがほぼ一口で飲み切ったことに目を丸くしてしまった。

 一時よりも薄くなったけれど、ヴォルフはまだ、周りに対して警戒を怠ってはいない。だから、街を歩いたくらいでヴォルフが疲れた様子を見せるのは、間違いなくあの子供にも気を配っていたからだろう。獣人の本能というのなら、オオカミ族のヴォルフの事を恐れる種族の方が多いのだから。

 そうなると、どうしてあの子はヴォルフに引っ付いていても平気なのか、というところが気になるのだけれど。


「すまない」

「謝る必要なんてないわ。ルークだって同じことをするでしょうし」

「そうだねえ。この子連れて移動は大変だし……」


 果実水を飲み終えた子供は、あうあうと言葉にならない声をあげながら、ヴォルフの方へ移動しようとしている。首根っこ掴んで留めているのは、驚くくらいに早くパンケーキを平らげたルーク。いつもなら蜂蜜を味わって幸せそうに笑っているのに、子供を見る顔には明らかに疲れたと書いてある。

 本当に、親はどこに行ったのかしら。これだけ懐っこいのだから、独りだとは思えない。


「それじゃあ、行きましょうか」


 カフェを出てから、あっという間にヴォルフの腕の中に収まった子供は、果実水を飲んでお腹も満たされたらしく、うとうととし始めた。

 その様子は普段だったら可愛らしいと思うのだけど、今は親を探している真っ最中。手掛かりがこの子にしかない状況で寝られるのは、非常に困ってしまう。

 お店のヒトや街の住民だろうヒト達に声をかけて、この子の家だと思うところに辿り着いた時には、もうぐっすりと眠っていた。


「すいません、どなたかいらっしゃいませんか?」


 子供は獣人なのだから、親も獣人。だったらヒト族が表に立つよりは話が早いからとドアを叩いてくれたのはルーク。リュムに住んでいるといっても、獣人とヒト族の関係が良好とは限らない。ここは、比較的港に近い街だから、そこまでではないと思うけれど。

 用心するだけならいいでしょ、とルークだけでなくヴォルフにまで言われてしまっては、わたしは引き下がるしかない。心配してくれているのが分かるのだから、素直に甘えればいいのだと思っていても、実際に行動するのは難しくて。ようやく慣れてきたとは思う。


「アーロン!」

「えっと、初めまして」


 バタンと激しい音を立てて開いたドア。中から飛び出してきたのは、子供と同じ赤毛を持つ、おば様だった。ピンと立った耳、垂れ下がった尻尾。たぶんイヌ族だろう、ルークの声を聞いただけでなく、子供の匂いを感じ取ったから慌てて出てきたのかもしれない。


「あなた方が、この子を連れてきてくれたんですか」


 抱いていたヴォルフから子供を受け取って、その温かさを確かめるようにぎゅっと抱きしめたおば様の目は、潤んでいた。

 子供がいなくなったのが分かっていても、もしかして一人で帰ってくるかもしれない。その時に家にいなかったらすれ違いになってしまう。街で話を聞いた時に、おば様の事に思い当たっていそうなヒトはいたから、助けは出していたのだろう。

 だったら、どれだけ不安でもおば様は家から離れられなかったはずだ。


「こいつが離れなかっただけだ」


 ヴォルフが子供を抱きかかえていた箇所をさりげなく見せた。どこにそんな力があったのだろうと思うくらい、服には皺が残っている。

 けれど、おば様がヴォルフを見る目にはそれだけではなくて、もっと別の何かを見ているような、そんな感情がある気がした。


「お礼を、させていただけませんか。小さな家ですが」

「それじゃあ、お邪魔します」

「ルーク! セレネまで」


 にこにこと笑顔を浮かべたルークが迷いもなくドアをくぐったので、わたしもそれに続く。どうしてヴォルフから離れなかったのか、聞きたかったけれど、子供からは聞きだすことが出来なかった。なら、おば様だったら話してくれるかもしれない。そう思っての行動だったのに、当のヴォルフはさっさと帰るつもりだったようだ。


「だって、ヴォルフに懐くなんてめったにないでしょう? ちょっと気になって」


 しばらく家の入り口でヴォルフと見つめ合った結果、気になるのは気になったらしくヴォルフが溜め息をつきながらわたしの隣にやって来た。

 子供を抱きかかえていたから触れられなかった手をそっと取って、ルークの背中を追う。

 おば様が小さいというのは、サイズではなくて部屋数のことだったのかもしれない。リビングとキッチン、それから寝る用の一部屋と水回り。それだけのこじんまりとした可愛らしい家だった。


「改めまして、ありがとうございます。あの子、アーロンを連れてきてくれて」

「いえいえ。街の反対側にまで行くなんて、成長が早いんですね」

「そんなところまで! この辺りを探しても見つからないはずだわ」


 ルークがアーロンを見つけた時の説明をしている間、ヴォルフはずっと無言だった。時折、何かを確かめるように視線を巡らせては、何かを考えこむように眉を寄せている。

 すっかり寝入ってしまったアーロンをベッドに移動させたおば様は、ヴォルフの方を真っすぐと見た。


「あなた、オオカミ族でしょう? この子も血を引いているのよ」

「え!?」

「ちょ、ちょっとヴォルフ落ち着いて!」


 ガタンッと椅子を倒す音が響く。思わずといった様子で立ち上がったヴォルフをルークが急いで押さえ込む。呆然として、体に力が入っていない様子のヴォルフは、ルークに促されるまま椅子にもたれこんだ。

 ヴォルフの反応だって当然だろう。ずっと探していた同族。もしかしたら他にもいるのかもしれないけれど、知っているのはモジュールに連れていかれてからの消息が分からない、リーダーと呼んで親しくしていた男性だけなのだから。


「同じ匂いを感じたんでしょうね。だから、あなたから離れなかったんだわ」


 すうすうと寝息を立てているアーロンの頬を撫でたおば様は、ベッドから視線を戻した。ヴォルフの黒髪を見て、懐かしそうな顔をしている。


「……そいつは、どんな奴だった」

「ちょっと前に出ていったわ。なんでも、探しているヒトがいるからって」


 リュムは広い。手がかりも何もなくヒトを探すなんて、途方に暮れるような時間を費やさないと無理だろう。アロンズさんのような、情報網を持っていても。


「ずいぶん傷だらけで奥の森に倒れていてね。ここで介抱して動けるようになったとたん、飛び出していったわよ」

「そうか……生きてたんだな」


 おば様がヴォルフを見ていたのも、ヴォルフがこの家のなかで見せていた表情も。その一言で理解できた。きっと、アーロンに血を繋いだのはリーダーだ。そして、目の前のおば様の血も半分継いでいる。


「あの人に会ったら伝えてもらえないかしら。子供を忘れないくらいには、顔を出すように」

「……ああ、出会う事があったら首根っこ掴んで連れて来るさ」

「あら、それは楽しみね」


 それから、陽の落ちてきた道を三人でゆっくりと帰った。

 ヴォルフの右手と左手を、わたしとルークで繋いでゆっくりと。文句が出るかと思っていたのに、あっさりと手を差し出してくれたヴォルフにわたし達のほうが驚いたけれど。


「ねえ、ヴォルフ。リーダー、見つけようね」

「わたし、ヴォルフの小さい時の話聞かせてもらいたいわ」

「セレちゃんそれ賛成! 僕もたくさん聞かせて欲しいな!」

「……まずは、一発入れてからだ」


 ちょっとだけ鼻にかかるような声も、震える手も。ぜんぶぎゅっと抱きしめるようにして。

 僅かな夕焼けの残る空、そして銀色に瞬く星と優しく照らす月を、忘れることはないだろう。




今日は縁結びの日という事で。

新たな縁を繋ぎ、そして続いていくでしょう。

お読みいただきありがとうございました。

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