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月と紡ぐ物語  作者: 柚みつ
花束を、君に

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6.

ヴォルフ視点


「それじゃあ、わたし手紙出しに行ってくるから!」

「一緒に行くよ?」

「まだ食事終わっていないでしょう? ゆっくり食べていて」


 少しだけ上擦った声に、食事をしただけではなく赤くなった顔を誤魔化すように自身の手で覆ったセレネは、目の前の皿を空っぽにしたと同時に席を立つ。

 まだ片方の頬を膨らませていたルークが声をかけるが、その顔を見て小さく笑いをこぼしてた。目を真ん丸にしてセレネを見ていたルークの表情は、俺のところからは半分しか見えないが恐らくかなり気の抜けた顔をしているんだろう。

 顔は赤いままだったが、声は元の調子を取り戻していたセレネが戻ってくるまで待ってて、と告げて店を出て行った。

 手紙を出すだけならそこまで時間はかからないが、きっといつもよりもたっぷり時間を使ってから帰ってくるだろう。思ってもいなかったところで時間の余裕が出来たので、とりあえず飲み物を追加で頼んでからまだ山積みになっている食べ物に手を伸ばした。


「あーあ、顔赤くしちゃって」


 セレネがいる時には常に口を動かしていたのに、店を出た途端に食べ物に手を伸ばさなくなったルークが、頬杖をついて面白くなさそうに口を尖らせている。

 この様子ならセレネが顔を赤くしていた理由も、分かっているのだろう。


「尻尾の事を教えたのは、俺だからな」

「えー? じゃあ分かっててやってたの?」

「どれだけ伝わるか分からなかったからな」


 セレネの反応を見るに俺の話はしっかり覚えていたし、思っていた以上に効果はあったようだけどな。手紙を書いていたのは知っていたけれど、あそこまで急いで出さないといけないような内容ではなかったはずだ。


「ずっと気になってたんだけど、聞いてもいい?」

「答えるかどうかは質問による」


 頼んだ飲み物が来たので、一口飲んでからルークに向き合う。そのタイミングで頬杖を止めて姿勢を正したルークの雰囲気も変わった。

 今までルークと二人きりになったことは何度もあるが、ここまで畏まった様子を見せたのは、初めて一緒に旅をするとなった日の夜くらいだ。

 聞かれることは何となく予想もつくが、そうじゃない可能性だってある。濁してみたが、本当に答えられないような質問が飛んでくる場合だってあるだろう。


「セレちゃんのこと、いつから?」


 ああ、やはりそれか。決定的な言葉を出さなかったのは、ルークなりに何か思うところがあったからだろうか。俺がセレネに抱いている気持ちと、ルークが思っている感情は恐らく同じだろう。ただ、ルークはそれをセレネに伝えるような事はしていないが。

 クマ族にも尻尾はあるが、相手に触れるためには体を密着させないといけないくらい短い。ルークの場合、常日頃からセレネとの距離は近いし、手を握ったり頭を撫でられたりと、体に触れられていることは多いが、尻尾を触らせていたことはない。

 だからこそ、セレネは俺の尻尾の感覚だけであれほどまでにうろたえていたのだが。


「いつから、だろうな」


 はっきりと自覚をしたのはこの間、セレネがモジュールに連れ戻されたときからなんだが、いつからだと聞かれたら首を傾げてしまう。

 最初は、ただグスタフとマリアンヌの血縁だという子供、それだけの認識だった。それがいつの間にか傍にいても何の違和感も抱かなくなり、そうして今では隣にいる事を当たり前だと感じるまでになった。

 その変化がいつからだったのかと聞かれたら、自分でもいつからだと答えるのが難しいくらい自然に変わっていった気持ち。


「いつからも分からないくらい前からって事? それじゃあどっちにしろ僕の入る隙はなかったじゃん」


 不貞腐れたように、目の前の皿から良い色に焼けたキノコを摘まんではひょいひょいと口に運んでいくから、どんどんと皿の見える範囲が増えていく。ルークが摘まんでいるキノコは俺も食べようと思っていたものだったので、無くなってしまう前に何個かを確保してからひとつ、口に入れた。

 俺はまだ自身の尻尾を触らせただけだし、ルークだって気持ちを言葉にしたわけではない。だけど、観察が得意でヒトの顔色を読むのもお手の物なルークから見たら、セレネの気持ちは筒抜けなのだろう。

 だから、自分が入れる隙なんてないと簡単に口にした。それを認めるのにどれだけ時間がかかっていたのかを悟らせないように。

 セレネの帰ってこないうちに、気持ちを吐き出させて少しだけでも整理をつけさせようと思い、キノコのなくなった目の前の皿を、ソーセージが盛られた皿と交換する。


「そういうお前はいつからだ?」

「僕? 割と最初から」


 ソーセージに小さな山を作るようにこんもりとマスタードを乗せていくルークは、気負うことなくさらりと自分の感情を言葉にした。もぐもぐと一定の速度で動かしていた口が、突然止まる。そりゃあ、あれだけマスタードをつけて食べればそうなるだろう。香辛料の類をそこまで好むわけでもないルークなのだから、なおさらだ。

 じわりと潤み始めた目元は見えなかった振りをして、水の入ったグラスをそっと差し出した。慌てていてもむせることなく飲み切ったルークが、大袈裟に息を吐いてからテーブルに体を預けて、顔だけを俺の方に向ける。

 酒は飲んでないはずなのに、恰好だけ見れば酔っぱらいのそれだ。


「クマ族って、どちらかといえば怖がられることが多いって分かる?」

「いや……そうなのか?」

「そうなんですー! まあ、ヒョウとかライオンのような見た目でもないからねえ」


 今ルークがあげた種族は、体格に恵まれていることがほとんどだし実際によく鍛えているから見た目は確かにいかつい。それに比べたらクマ族は体つきこそしっかりしているものの、柔らかい雰囲気を持っていることが多い。だから一目見ただけでどちらが怖いかと聞かれたら、ヒョウやライオンを上げる奴がほとんどだけど、実際のところクマ族も力だけなら引けを取らない。むしろ何かのきっかけでクマ族の地雷を踏みつけてしまえば、止める手段はより強い力で押さえつけるだけ。

 それを知っていれば無駄にクマ族を怒らせるような真似をしないんだが、どうにもクマ族というだけで侮っている奴は多い。


「獣人ならクマ族(僕ら)のことを知っているから、あんまりそうでもないんだけどヒト族はさ、知らないじゃん。力が強いとか……怒りやすいとか」

「怒るのは、仲間を馬鹿にされたときだけだろ。当然だ」


 血縁関係はもちろんのこと、生活を共にしている仲間の事だって揶揄われているだけだったらまだ、聞き流せる。だが、明らかに馬鹿にされていることをそのままに出来るほどではない。獣人だけでなく、多分ヒト族もだが。種族の事を馬鹿にされて笑顔で居れる奴がどれほどいるか。俺だって、リーダーの事を面と向かって罵られたりしたら冷静でいられる自信はない。

 他の種族なら許される範囲でも、繋がりの強いクマ族には通用しない。一度だろうが、軽い冗談のつもりだろうが、言ったが最後。あまりにもやりすぎて定期的に警吏に連れていかれるクマ族がいるのにも納得がいくくらいの暴れっぷりを発揮する。


「獣人でも分かっていないのがいるのに、セレちゃんはさ、知ってたんだよ」

「クマ族の事をか」

「そう。僕らが一か所に留まらない理由」


 根無し草のように旅をしているクマ族が多いのは、一か所に留まれなくなったという理由もあるそうだ。見た目だけなら温厚そのものなクマ族がある日突然暴れ出したら、確かに周りのみる目は変わるだろう。そうなるのを避けるために一か所で長い時間を過ごすことをしていないというのも分かる。

 仲間だけではなく、そのことを理解しているヒト達がいる町に定住しているクマ族もいるようだが、それは本当に少数派だそうだ。


「セレネはクマ族と交流があったからな」

「え、どこで!?」

「最初に住んでいた町だ。あそこには、一時期クマ族の女性が住んでいた。セレネは種族までは知らないだろうが」


 のんびりした口調で、ゆったりと動いていたのにいつも川に行っては魚を獲って来たと言ってお裾分けに来ていた女性。あの町で種族を聞くことはなかったが、そういえば小さくて丸い耳を頭の上で揺らしていたなと思い出す。


「そっか、知ってたんだ……」

「不満か?」

「ううん。たぶんセレちゃんなら、知らなくても同じ言葉をかけてくれただろうなって」


 パンにかぶりついたルークは、さっきの不貞腐れた様子が嘘のように上機嫌で笑顔を見せている。セレネがかけた言葉、がどんなものだったかは知らないが、きっと無意識に隙間にするりと入り込むような温かなものだったのだろうとは想像がついた。

 俺と、同じように。


「っていうか、僕よりもヴォルフでしょ! これからどうするの?」

「どうって言われてもな。まあ反応は悪くなかったからゆっくりと……」


 自分の気持ちを押し付けたところで、いい結果にならないとは分かっている。幸い、セレネも尻尾の意味を覚えていたし、拒否を示されることもなかった。これなら、徐々に距離を詰めていけるだろうと考えていたのに、それはルークがダンッと勢いよくグラスをテーブルに置いたことで遮られた。


「甘い! このジュースより甘いよ! そんなんじゃセレちゃん他のヒトに取られちゃうよ?」

「そ、そうなのか」


 周りが同じように食事を取っているヒトで盛り上がっているからあまり聞かれる心配はないが、それでも今までよりも張った声は良く通る。コロコロと変わるルークの表情、さっきまでの笑顔はどこにいったのだろうか。片眉を吊り上げていたのに、今度は面白い物を見つけたように歯を見せて笑う。


「そうなんですー! ヴォルフってもしかして、そっち方面得意じゃない?」

「そっち方面、はともかく擦り寄られるのには慣れているが」

「うん、分かった。自分からはセレちゃんが初めて、と。まあ、ハンターに狙われてたらそんな余裕ないのも分かるんだけど」


 ルークの言う通り、俺を売り飛ばそうとしていたハンター連中に追いかけ回されていたから、女が擦り寄って来たことなら数えきれないくらいある。最初の頃こそ訳も分からずにいたが、回数をこなすたびに上手く逃げることが出来ていた。だから、断り方なら知っていても自分から気持ちを伝える手段には、あまり詳しくない。

 あの女たちのような言葉を自分が口にするのか、と考えただけでその難しさに眩暈がしそうだ。


「僕、これからは二人を(つがい)にするように頑張るから!」

「いきなり何の宣言してる!」


 思っていた以上に力が入ってしまい、店のざわめきをかき消すような音でルークをテーブルに打ち付けてしまったので、セレネが戻ってくる前に店を出た。

 そうして、戻って来たセレネにきょとんとした顔をされるまで、軒先でルークにあれこれと手段を話される時間が続くとは、思ってもいなかった。


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