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月と紡ぐ物語  作者: 柚みつ
花束を、君に

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4.

「おはよう」

「おはよう……?」

「セレちゃんが僕より遅いの珍しいよね」


 まあ、おかげで寝顔見れたけどなんて穏やかに笑うルークに、ぼんやりしていた意識が覚醒する。ベッドに寝ころんだままだけど、頬杖をついているから、私の視線は自然に上を向く。

 見下ろしているルークの目元は柔らかく、見慣れているはずのその表情を見れたのは久しぶりだった。日にちにしたら十日も離れていなかったのに、久しぶりだと感じたことが嬉しくなる。それが、もうわたしの中で当たり前になっているのだから。

 わたしと目が合ったらパッと明るく笑うルークに、右側から笑いをかみ殺すような声が聞こえてきた。


「変な顔はしてなかったぞ」

「それって、ヴォルフも見た……わよね、そうよね」


 最後までヴォルフは抵抗していたけれど、わたしの最後の意識があるときには、ルークの宣言通りに三人並んでベッドに入っていた。

 ぐっすりと寝ていたから自信はないけれど、さすがに隣で動いたら起きる、はずだ。

 右側でルークと同じくわたしを見下ろしているヴォルフが、見なかったとは思えない。いつもわたしよりも早く起きてシャワーを浴びたり、身支度を整えているのは知っている。

 ルークはわたしと同じくらいかそれよりも遅く起きる。その間にご飯を作ったり、食堂がある所だとご飯をもらったりするのがわたし達のいつもの朝の流れ。


「もうリュムに着くってさ。セレちゃん、準備するでしょ」


 それだけで部屋を出て行った二人は、今までよりも息が合っているように見えた。モジュールとリュムの間は半日もあれば移動できる。もっと大きかったりたくさんのヒトを乗せる予定があるなら選択肢はあるだろうけれど、この船には食事を取る用意はなかった。

 わたしは、夕食を取っていたからまあ、大丈夫だったけれど。ヴォルフとルークはどうだったのだろうか。それぞれ持っていた携帯食料は補充をしていなかったら無くなっているはずだ。

 とりあえずは二人に確認して、リュムに着いたらまずは食事かな、なんて考えていると自分の頬が緩んでいるのが分かった。


「リュムに、着くのよね」


 胸を押さえれば、仕舞い込んだ手紙がカサリと音を立てた。無理だ、この気持ちを抑えるなんて。だって二度と戻ってこれないと思っていた場所がもう目の前に迫っている。

 モジュールが嫌いなわけではない。ただ、知ってしまったから。何もかもが手に入るなんてことはないし、自分の体を動かさないと得られないものが多い。だけど、モジュールにいる時よりも自由があるし、何よりも自分の気持ちに正直で過ごせるリュムを、選んだから。

 家の事が頭をよぎらなかった訳じゃないけれど、ひとまず今はこの手紙に書かれていたことを信じようと思う。

 いつもよりも時間をかけて準備をすれば、もう船はリュムの目前まで進んでいた。

 それから降りるヒトの波に乗ってわたし達も船を降りる。


「んー、この匂い久しぶりだなあ」

「十日も離れてないだろ」


 ググっと体を伸ばしたルークが、ふんふんと確かめるように辺りの匂いを嗅ぐ。雨季が近づいてきているから、少し重たい空気だけれど風は相変わらず草と花の香りを運んでくる。

 やっぱり食事は出来ていなかったようで、どこに移動するにもまずはお腹を満たしてから、という意見には二人から即座に賛成された。いつものようにルークとわたしが並び、その後ろをヴォルフが歩く。お店を見てあれこれ言いながら移動するのも、毎回の事だ。


「だって、僕リュムから出たことないもん」

「俺もだぞ」


 当たり前のことを当たり前のように告げただけのヴォルフに、ルークが目を丸くしている。順調に食事できるところを求めて歩いていたのに、その答えが返ってきたらピタッと足が止まってしまった。

 ヴォルフは、モジュールに連れて行かれそうになったけれど、確かにリュムから出てはいない。獣人がモジュールに近寄ろうとしない、というのはほぼ常識だと聞いていたのに、ルークはヴォルフがモジュールに行ったことがあると思っていたのだろうか。


「そっか、僕たちモジュールから帰って来た獣人になるんだよ! うわー、何だか変な感じ」

「いい経験に、なったかしら?」

「もちろんだよ!」


 そのまま俯いて黙り込んでしまったから、どうしたのかと思って顔を覗いたら少し顔を赤くしていた。直後、がばりと勢い良く頭を上げたので慌てて避ける。

 わたしに思いがけず頭突きをするところだったルークは、それに気づいてすぐにごめんと謝ってくれたけれど、興奮が冷める様子はない。

 モジュールに行った、だけならともかく、そこから帰って来たというのは確かにあまり話を聞いたことがないから、二人の存在はいろいろと話を聞けるという意味では貴重だろう。

 ヒト族(わたし)獣人(彼ら)では、同じものを見ていても感じることが違うから。


「何が変わったわけじゃないだろ」

「変わったよ! モジュールのヒト族に友達が出来た!」

「え?」


 わたしの実家にいたヒト達ではないのは確かだと思うんだけど、そうなるとどこで関わったのだろうか。そもそも、ヴォルフとルークがいつモジュールに来て、どう過ごしていたのかをわたしは知らない。呆れたようにため息を吐いたヴォルフに聞けば、答えてくれるだろうか。

 食事に行くと意気込んでいたのに、きょろきょろと露店を見始めたルークを引っ張りながら移動しているヴォルフには悪いけれど、どうにもリュムに帰ってきてからというものヴォルフが良いお兄ちゃんに見えてしょうがない。これを言ったら間違いなく今以上に呆れられるから黙っているけれど。


「ビリーに手紙、書けるかなあ」


 微笑ましくて見守っていたいんだけれど、このままだとずっと露店で便箋を探し回りそうなルークを、どうにかご飯が食べられそうな場所に誘導する。道中もずっと手紙を書くとか、何を書こうかと嬉しそうに話しているから楽しみなのはとても伝わって来るけれど、まずはそのルークの思いが確実に届くのかという疑問がわいてくる。


「モジュールにも届けてくれるけれど、家の場所とか分かっているの?」

「……分かんない。セレちゃんの家に行く前に寄ったところ、なんだけど」

「どんなヒトだったの? わたしが分かるかもしれないわ」


 それから、嬉しそうにあれこれと話すルークでは特徴などを少し掴みづらかったので、見かねたヴォルフが詳細を補足してくれる。今までだったらバッサリと切り捨てるような言葉だったのに、出来るだけ楽しみにしているルークがしょんぼりしないような言葉を選んで話しているあたり、やっぱりヴォルフがお兄ちゃんにしか見えない。仲良くなるのは、いいことだろう。わたしのいないところで、というのが少しだけ寂しいけれど。

 そうして、話が進んでいくと思い当たるのはリィグレット家と同じく、ヒト族だけで続いてきた歴史ある家の、前当主。今は隠居していると聞いたけれど、まだまだ影響力は強い。

 とんでもないヒトと出会って、しかも友達だと呼ぶほどの仲になっていたものだ。


「送るだけ、送ってみるわ。届くかどうかは分からないけれど」

「え、セレちゃん送り先分かるの?」

「まあ、一応ね」


 あくまで、わたしの思い描いたヒトだった場合、と注意はしたけれどそれが耳に届いているか分からないくらいルークのはしゃぎ具合がすごかった。

 モジュールの、しかも特定のヒト宛ての手紙を届けてくれるかどうかは分からないけれど、アロンズさんに相談すればきっといい方法を教えてくれるだろう。羽根はヴォルフに渡してしまったけれど、捨てられてはいないだろうし。手元にないなら、また貰いに行かないといけないのだけれど、その道だってきっと楽しくなるはずだ。


「それじゃあ早めに書くね! ヴォルフもだよ!」

「俺は書くことなんて」

「ないはずないよね?」


 うん、良いお兄ちゃんというよりもルークがヴォルフに対して遠慮が無くなったといった方が正しかったかも。前よりもずっと近く感じる関係は、悪くない。ルークに対してずっと余裕ある態度だったヴォルフが、こんなに焦った様子を見せるのもこれからはきっと、たくさん見られるだろう。


「だけど、ルーク。文字は」

「ヒト族の、教えてもらったから大丈夫!」

「本当に、いい友達が出来たのね」


 うん! と振り返ったルークは、今までで一番の素敵な笑顔だった。



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