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月と紡ぐ物語  作者: 柚みつ
暁の誓い

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14.

 いつ婚約者と顔を合わせるのかを知らされないままに、思いつく限りの知識を詰め込まれていた日々は、突然終わりを告げた。


「おはようございます、セレネお嬢様」

「おはよう……セーラ?」


 控えめだけれど、必ずわたしを起こすんだという意思を感じられるくらいに長く叩かれたノック。あまりにわたしが反応しないからか、ベッド脇まで近づいてきたのは朝でも栗色の髪をしっかりまとめたセーラ。柔らかく微笑むその顔に、ぼんやりとした頭が段々と働き始める。

 セーラが呼びに来るくらいに寝坊してしまったのかと思ったけれど、時計を見てもまだ起きる予定の時間にはなっていなかった。それなら、どうしてセーラがここにいるのだろう。


「セーラですよ。さあ、起きてくださいませ。今日は大切な日なのですから」

「? いつもと変わらない予定でしょう?」

「いいえ、朝から夕方までびっしり詰まっておりますよ」


 寝る前に覚えていたスケジュールに変更でもあったのだろうか。それならセーラが来ている事にも納得できるんだけれど。

 まだぼんやりするわたしの意識を覚醒させるためか、カーテンが引かれると眩しいほどでもないけれど朝日が差し込んでくる。


「まずはこちらで目を覚ましてください」


 朝食の予定のはずなのに、目覚ましだと熱めの紅茶を渡された。それから、小さく作られたサンドイッチ。寝不足の頭は上手く働かなくて、出されたものを反射のように受け取って言われるままに口に運ぶ。ふと顔を上げれば、セーラのほかにも、部屋の端にメイドが並んでいた。さっきカーテンを開けてくれたのも、あのなかにいる誰かだろう。セーラは、わたしの横にずっといるから。


「今朝はマナー講習のはずだし、支度にこんな手はいらないでしょう?」

「お嬢様には、私共が徹底的に磨き上げるという事を経験していただくように、と奥様が」

「磨き上げるって……」

「言葉の通りでございます。さあ、こちらへ」


 紅茶もサンドイッチも空になっていることを確認して、ベッドから連れ出されたのは部屋の隣に作られた衣装室。もともと開いていた部屋を急ごしらえで衣装を並べるように手を加えたから、クローゼットだけが置いてあるわけではないけれど、それでも何個か置かれているなかには全部服が詰まっている。それに合わせるアクセサリー類や小物、靴なんかも置いてあるからそれなりに広かったはずの部屋は、わたしとセーラ、それからメイドが何人かも入れば狭く感じるほどだ。


「ドレスの寸法は調整なしで良さそうですね。アーニャ、あなたはアクセサリーを選んでおいて」

「分かりました」


 失礼します、と断りを入れられてから、いったい何をされるかと思えば体のサイズを測られた。昨日、寝る前に着替えるのを忘れるほどに月を見てしまったから、着ていたドレスにはばっちり皺がついてしまっていたけれど、それを見ても何も言われなかったのが逆に怖い。セーラもその辺りは凄く厳しいから絶対に注意を受けると思っていたのに。

 まるで、その時間すらも惜しむような態度。そう思えば、ある考えが頭に浮かんだけれど両親からもスティーブからも何も言われていないし、毎日来る手紙にもそんな事は一言もなかった。いくらなんでも、さすがにそれはわたしに伝えるべき事のはずだ。

 この家に戻ってきてすぐ、サイズを測って作られたドレスはどうやらまだ十分に着られるものだったらしい。といっても帰ってきてまだ六日、そんなにすぐに体形が変わるはずはないだろう。

 それが終わってから連れ出されたのはお風呂場。今まで一人で入っていたのは、たぶんメイドに知れ渡っていると思うのだけれど、今日ばかりはそれは許されなった。


「他の家でも、普段からこんな事をしているのかしら?」

「他は分かりませんが、奥様は当たり前のようにしておりましたよ」


 今は研究に熱を上げていらっしゃるようですが、と苦笑したセーラは少しだけ懐かしそうな顔をしていた。当時を知っているメイドはあまり多くないのかもしれない。さっき部屋に入って来たメイドたちを、わたしは知らなかったから。

 湯船にはもうお湯がたっぷりと張られていたし、ふんわりと香るのはたぶん、香油だろう。人工的に作られているはずの香りだけれど、たくさんの花に囲まれている気分になれるから、これはモジュールに戻ってきてから好きになった物の一つだ。


「お次は髪の毛ですね。お嬢様の髪は長いので、手入れのし甲斐があります」

「お母様の髪の毛、短くなっていたものね」


 確か家を出た時には、背中の半分くらいには長くしていたはずだったのに、久しぶりに顔を合わせたら顎の下で切りそろえられていてびっくりした。


「リィグレット家の金髪は、憧れている方も少なくないのですよ。奥様が邪魔だと切ってしまわれたときには、メイドから悲鳴が上がったくらいです」

「憧れ、ねえ……」


 そんな話は初耳だ。

 たしかにおばあちゃんも綺麗な金髪だったし、それを風に遊ばせている姿は小さいながらも素敵だなと憧れていた。リュムでたくさん見ていた金髪は、モジュールでほとんど見ていない。どちらかといえば濃い色が多いから、ない物ねだりというものだろうか。


「ねえ、セーラ。さすがに少しお腹が空いてきたのだけれど」

「用意はございますが、よろしいのですか? 本日は夕食の約束がございますでしょう」

「それ、聞いていないけれど? どういう事かしら」


 ないはずだ、と一度追い出した考えがまた戻ってくる。自然と低くなった声に、少しだけセーラが肩を揺らし、後ろに控えていたメイドは声を漏らした。

 当たって欲しくないと思いながら考えていたことが、どうやら現実になりそうだ。


「もしかして」

「ウィスター家ご令息との、大切な日でございますよ」


 ああ、やっぱり。としか思えなかった。体を丁寧に磨き上げられるのも。ドレスの採寸を確かめてアクセサリーもそれに合わせるのは当然ながら、婚約者との顔合わせに相応しいものを。

 髪を丁寧に梳いてくれているのも、ただ身だしなみを整えるだけではない。髪の毛にかける時間を作ることが出来るのだと、相手に示すため。

 わたしの婚約、そのはずなのにわたしが知らないところで進んでいく話に、やはりこれは家同士の繋がりの為なんだと改めて突きつけられた。

 黙り込んでいても、準備は着々と進んでいく。それこそ、朝からたっぷりと時間をかけて。おかげでわたしは令嬢と呼ばれても何の違和感もないほどに仕立て上げられた。




「初めまして、今日を楽しみにしておりました」

「私達も同じ気持ちです。改めまして、よろしくお願いいたします」


 てっきりどこかに移動して顔合わせになると思っていたのに、自分の家での食事会だと聞いて、少しだけ安心した。いくら着飾っていて見た目だけは令嬢だとセーラやスティーブ、それから姿を確認に来た父からも褒められたといってもこの姿で外を歩き回るのは、出来れば遠慮したい。

 朝から丁寧に梳いてくれた髪の毛は、食事をするからか纏められていたけれど、編み込んだところから一房だけ垂らしているから、首を動かすたびにふんわりと揺れる。金の髪にアクセサリーは目立たないだろうと思っていたら、少しだけ青みがかったパールで作られていたので、隠れることはなかった。

 ドレスは紺色、それにもパールが散りばめてあるから地味に見えることはなく、むしろ上品で、作られた素材の良さを引き立てているように見える。

 食事が待っているというのに、腰回りがキュッと絞られた形のドレスではあまり食べることが出来なさそうだ。むしろ、ピッタリなのはこの形にしたのはそれが目的なのではと思えるくらいなのだけれど。

 早々に気持ちが冷めているわたしと違い、両親も婚約者一家もわずかに頬を赤らめていたり、どこか落ち着かない様子でそわそわしている。いきなりこんな家に招かれたらそうなるのも無理はないだろう。


「手紙のやり取りと写真でもうご存じかと思いますが、我が息子のランドセンです」

「ランドセン・ウィスターと申します。この度の光栄なお話に恥ずかしながら舞い上がっておりますので、無作法があってもご容赦いただければと」

「セレネ・リィグレットと申します。私こそ未熟な身ゆえ、至らない部分には、どうぞ目を瞑ってくださいませ」


 今回の顔合わせ、婿養子に入ってもらうという前提である以上、わたしがあまり下手に出るのはよろしくないそうだ。だけど、年上の男性に毎日手紙をもらっているにも関わらず、返事もほとんどしていないのに、そんな態度を取ることが出来なかったので控えめに頭を下げた。

 母がちらっとわたしの方を見たのは感じたけれど、相手のご両親からはどうやら謙虚な態度だと取られたようだ。父の笑顔も変化していなかったから、わたしの行動は及第点だったのだろう。


「こちらにお席をご用意しております。どうぞ、存分に語りましょう」


 カツン、とグラスを交わす音が響いた。

 それが合図になったようで、食事が運ばれてくる。事前に、相手側の事を調べてあったのだろう、家の事業に関係するようなメニューが組まれていたようで、一皿運ばれてくるたびに目の前の相手から感嘆の声が上がる。

 嬉しそうに食事を進めながらも、わたしを楽しませようとして言葉を選んでくれているのが分かる。家の利益になるように、というのはお互い一緒だろうけれど、あからさまにその姿を見せないのは、好印象だ。


「セレネ様、とお呼びしても?」

「様は不要です、どうぞセレネとお呼びください。ランドセン様」

「それでは、僕の事もランドセンと」


 年上に、しかも自分の婚約者に様付けをされて呼ばれ続けるなんてどこかで疲れてしまうと思って、早々に名前呼びをしてもらうようにお願いしたら、嬉しそうに表情を変えた。わたしが呼び捨てにするには、少し時間をもらえるように頼んだらそれもまた笑顔で了承してくれた。

 そんな様子を両親も、相手方の両親も微笑ましそうに見ていた。そりゃあ婚約者といっても初めて顔を合わせるんだから、上手くいかないよりは雰囲気良く進んだ方がいいだろう。

 その後も何事もなく穏やかに進み、わたしの今日初めてのちゃんとした食事もそれなりに量が食べられたところで、にわかに入り口が騒がしくなった。


「どうかなさいましたかな」

「失礼、少々騒がしい祝いが届いたようでして」


 父が目元を少しだけ険しくして、母はガラッと表情を変えた。その変化に、相手側も何かを感じ取ったのは分かったけれど、招かれている身としては言葉をそのまま受け取るしかないのだろう。

 さりげなく、だけど確実にこの部屋から離れられるよう、場所を変えるような話題を切り出した時に、今度ははっきりとわたし達の耳にも騒ぎが聞こえた。


「うそ……」

「セレネ、どうかしたのかい?」


 ランドセン様が首を傾げていたけれど、それに答えられる余裕は、ない。

 だってその騒ぎの元、怒声混じりだったけれど聞こえてきたのは。

 夢に出てきてくれないかとどれだけ願っても、夢にも見ることなく焦がれていたのだから。




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