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月と紡ぐ物語  作者: 柚みつ
暁の誓い

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13.

 わたしの婚約者だという男性からの手紙、そして初日ほどの量が届くことはなかったけれど、花束は毎日届いた。

 モジュールでも手紙はまだ廃れていない。だけど、それよりも早くて確実に個人の元へ届く手段が使われることが増えてきているそうだ。モジュールに帰ってきてまだそんなに日が経っていないわたしは、まだその手段を持っていない。婚約者は当然、持っているらしいけれどわたしに合わせてくれているのか、手紙をこんなにも待ち遠しいと思ったのは初めてだ、と書いてくれていた。

 その手紙で、わたしは初めて婚約者の名前を知った。婚約すると告げられてから、その後のスケジュールを詰められたことで頭がいっぱいで、どの家のどんなヒトなのかを聞くことをすっかり失念していた。


「さすがウィスター家、センスが良いですね」


 今日のは淡いピンクの小さな花、ひとつひとつは小指の爪くらいの大きさしかないのに、片手いっぱいくらいにまとめてあると、ふんわりした印象もあってとても華やかになる。

 この大きさの束を四つほどまとめたものが届いたそうだ。花が落ちたり枯れたりしているものもないから、スティーブは手配も含めてさすが、と言いたいのだろう。

 初日には、色鮮やかで大輪の花ばかりで作ってあった花束、それも見ごたえがあってとても楽しめたけれど、わたしはどちらかといえば今日のような花の方が好きだ。

 それを、相手に伝えることはまだ出来ないけれど。


「家、というよりもランドセン様のセンスが良いのではなくて?」

「それもあるでしょう。ですが、家柄として芸術方面に明るいのですよ」


 手紙で名前を知ってから、わたしが会話にその名前を出しても、戸惑うことなくセーラもスティーブも普通に言葉を返してきた。つまり、婚約者の名前を知らなかったのはわたしだけだったということだ。

 両親が伝え忘れたはずはないから、あのヒトたちはあえて食事の場で家の事も名前も出さなかった。わたしが、自分で知るまで。それなのに、手紙の返事は毎日ではなく日を開けるようにと指示だけは出されて。理由も分からなかったし、向こうは毎日花束も一緒に送ってくれるのに失礼だと次の日も返事を書いたら、どうやらそれは届かなかったらしい。

 わたしの書いたことに答えがなかったから。

 家から自由に出れないわたしでは、自分で返事を出すという事は出来ないから、誰かに預けるしかない。いくら封をして渡していたって、きっと中は検められているだろう。そうして、お眼鏡に敵った返事だけが届けられている。

 近いうちに直接会えるはずだから、その時にお礼と謝罪を伝えられればいい。出来れば、両親もスティーブもいないところで。

 最優先がわたし、になっていそうなくらいスティーブもセーラも付きっきりだから、きっと婚約者と顔を合わせる時にも一緒にいるのだろうとは簡単に想像がついた。そんな状況だから、スティーブの目がないタイミングが来るのかどうかは分からないけれど。


「だから、昨日から絵画とかを学ぶ時間が増えたのね」

リュム(向こう)では、触れることがなかった分野でしょうから。新しいことばかりでご負担かと思いましたが、杞憂だったようですね」


 歴史やマナーばかりだったのに、いきなり毛色の違う話を持ってこられた時はどうしてだろうと疑問が浮かんでいたのだけれど、それがお相手の家に関わることなら納得できる。

 ウィスター家には長男がいるから、わたしのお相手であるランドセン様はリィグレット家に婿入りする、という形で婚約の話を受けてくれている。

 家に来てくれるのに、わたしが何も知らない状態じゃまずいと思ったのだろう。急に言われても付け焼き刃の知識なんて、そっち方面に明るいならばすぐに気づいてしまうと思うのだけれど。

 それにしても、スティーブは未だにわたしがリュムに行ったことを、そこで長い時間を過ごしていたことを良く思っていないようだ。出来るだけ出さないようにしているみたいだけれど、折を見てはこうして言葉の端々に感情を乗せては、私の反応を見ている節がある。

 初日こそ腹立たしく思って反論したけれど、これに関しては何を言ってもスティーブに響くことはなかった。どれだけ腹が立ってもわたしが気づかなかったふりをすれば、別の話題に移るのが早いと気づいてからはそうするようにしたけれど。だからといって、吐き出された言葉に何も感じていない訳でもない。


「知らないよりは、多少でも会話が弾むかと思いましたが、いかがですか」

「そうね、わたしも知ることは楽しいわ」

「それはようございました」


 それは本当に感じていたことなので、素直に頷いておく。それはスティーブにも伝わったらしく、ふわりと表情を緩ませた。その顔は、小さい時によく見ていたものと同じだった。

 続いた言葉に顔をしかめてしまったわたしを見て眉を下げて笑う表情は、わがままを言って困らせた時によく見ていたな、といらない事まで思い出してしまったけれど。


「今後も学んでいただきたい分野ですが、そちらの時間が増やせるかどうかはお嬢様次第です」

「教養、ダンス、食事のマナー、言葉遣い。あとは何をすれば満足かしら」


 その他にも、護身術や発声、日常の所作も逐一指導が入ったし、自分で書くことは少なくなっていると言っていたのに、文字もチェックされた。文字に関しては、リュムに行っても毎日ノートや地図に何かを書きこんでいたからか、綺麗に書けているとお褒めの言葉を頂けたから、早々にチェックはなくなった。

 もしかして、これで文字も勉強しないといけなかったら、手紙の内容も検められていたのだろうか。封をして渡していたから、何の疑問も持っていなかったけれど、わたしが書いたものを確認するくらいはあの両親というか母はやるだろう。

 そんなわたしの考えを読んだようなタイミングで、スティーブから出された母の名前に、ビクッと肩が揺れた。


「生活のすべて、を最高の水準までというのがエドナ様の願いです」

「お母様のいうすべて、が分からないわ」

「エドナ様が仰るなら、思いつく限りのことすべて、でしょう。今こうして私と話している内容も含め」

「わたしに、気の置けない会話をする時間もくれないのね」


 花を応接室にも飾ろうとしてわたしも移動していたから、確かに他の使用人が出入りはしている。だけど、わたしの姿を確認すると小さく頭を下げてすぐに立ち去ってしまう。

 幼い頃にリュムに飛び出したわたしと、会話をしてくれる使用人はあまり多くない。スティーブもセーラも、話をしてくれるというだけでわたしにとっては貴重な存在だ。それなのにただの雑談ですら母に報告されているのなら、もうわたしは何を話していいのか分からなくなる。


「お嬢様がリュムに行くことを止められなかったことが、私の最大の後悔ですので」


 ほんの少しだけ、苦しそうな声に聞こえて思わずスティーブの方を見たけれど、いつもと同じ表情をしていたからさっきの声は考え過ぎだろうかと思ってしまう。

 それ以上、何か言葉を交わすことはなく、決められたスケジュールをこなすために別れたわたしが自分の部屋に戻ったのは、もう夜も更けてから。

 あまり整えていない部屋なのに花を飾ってあるからか、ふんわりした香りが疲れた体に染みわたるように感じてしまう。


「月が、あんなに丸くなって……」


 モジュールに戻ってきてからというもの、空を見上げるという今までの当たり前の行動すらしてこなかったのだと突きつけられた気がした。

 当たり前だけど、環境が違いすぎる。それに、時間も。過ぎる時間は何一つ変わっていないはずなのに、あっという間に過ぎ去ってしまう。


「明日も、予定は詰まっているのよね」


 分かっている。最後に確かめたのは今日の昼食の後だけれど、特に変更があったとは聞いていないからその通りに進むはずだ。それならマナーの講義を兼ねた朝食が組まれていた。そのままランドセン様の手紙に書かれていた、花を愛でる女神についての勉強、それが早く終われば関連した彫像や絵画の知識を増やす時間に充てられるだろう。

 寝ないと辛いのは明日の自分だと、体は睡眠を欲していると分かっているけれど、それでもあの月を見てしまったらもう堪えられなかった。


「ヴォルフに、ヴォルフとルークに……会いたいわ」


 優しい光の中で瞬く星のような瞳が見たい。最近になって楽しそうに細められるようになってきたのには、気づいていた。吸い込まれそうな黒い髪や尻尾も、今までよりも念入りに手入れをするようになったことも。ヴォルフのごわついていた尻尾が、艶々とした毛並みを取り戻しつつあることも、それをルークに指摘されると眉毛を吊り上げていたことも。

 無機質なモジュールの街を照らす夕焼けを切り取ったような瞳で、そんなヴォルフの様子を楽しんでいたルーク。赤褐色の髪をあちらこちらに跳ねさせて、人懐こい笑みを向け耳をピコピコ揺らしている姿はとても可愛らしかった。可愛い、とルークに言うと拗ねさせてしまうのだけれど。


「勝手ね、自分から切り離しておいて」


 それしか手段がなかったとはいえ、勝手な理由で別れを告げたのはわたしだ。リュムに戻ることが叶ったとしても、どんな顔をして二人に会えばいい。そもそも、わたしにはあの二人がどこにいるのかを知る手段なんてないのに。

 ベッドに倒れこめば、リュムで感じたこともないほどのふかふか具合が体を支えてくれた。

 これだけ考えていても、きっと夢には出てこないんだろうという妙な確信だけが胸を占める。

 次に目を開けた時は外が明るくなっていたけれど、疲れが取れている感じは全くなく。

 そうして、婚約者と顔を合わせる日まで、あっという間に過ぎ去った。



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