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月と紡ぐ物語  作者: 柚みつ
暁の誓い

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3.

「思っていたよりも賑わっているわね」


 ルークからも、ここまで馬車を走らせてくれた警吏のヒトにも聞いていたのは、デーナよりも小さく、船も毎日出ているわけではないから、場合によっては数日滞在しないといけないこと。

 ただ、今はデーナがいろいろとバタついているので、それを避けようとこちらに来る船も少なくないという事だ。もちろん、それは警吏側でも把握しているし、問題が起きないように目は光らせているらしい。こうやって警吏がいるんだ、というのを見せているのもその一環だそうで、わたし達を降ろした後は、町の中を少し見て回ってから目的のところへ向かうのだと教えてくれた。


「デーナがあんな状態だからな」

「一番近い港、ここだからね。前に来た時よりだいぶヒト多いよ」

「それなら、宿を取るのは難しいかしら。元は静かな町なんでしょう?」


 前から船が出るまで滞在できる宿はあっただろうけれど、ここまで急激に訪れるヒトが増えてしまっては、宿だって空きはないだろう。予測出来るものでもないし、出来ていたとしてもすぐに対応できるようなものでもない。

 家を貸してくれる場合もあるけれど、それだって確実な手段とは言えないから、どうにもならなかったら小屋まで戻ることも考えておかないと。


「とりあえず、当たってみようか。この先どこに行くのかも決めないとだし」

「そうね、船に乗るなら宿を出るヒトがいるでしょうから、聞いてみましょう」


 幸いにも、今朝に船が来ていて、この後に出港する予定があるらしい。それなら、望みはある。町を訪れた目的が船に乗ることならば、この機会を逃すことはないはずだ。わたし達みたいに、大陸を見て回るために旅をしているヒトがいない訳じゃないから、こればかりは運次第、というところだけれど。




「取れてよかったね」

「ええ、本当に。ちょうど一部屋空いたっていっても、こんなに大きな部屋」


 宿屋は二つあったけれど、最初に行った方はわたし達が入って、何を言う間もなく満室だと告げられた。小さい町だから知らない顔は宿を利用に来た客だと分かるのだろうけれど、他に用事がある場合だったらどうするのだろうか、なんて考えてしまった。

 そうして、港から離れた町の奥にある宿屋にはダメだろうと思って向かったのだけれど、ちょうど空いた部屋があるから、と通されたのがこの部屋だ。

 ベッドが四つなのはだいたいどこでも一緒だけれど、そのどれもが大きい獣人でも余裕で寝転ぶことが出来るサイズ。大抵は二つが大きめ、もう二つは普通のサイズだからまずそこで驚いた。

 ソファーもわたしが横になれる大きさでふかふかしているし、簡易キッチンも備え付けてある。なにより、バスルームには浴槽も用意されていた。港近くには誰でも使える浴場があるから、あってもシャワーだけだろうと思っていたので、素直に嬉しくなって思わず歓声を上げてしまったくらいだ。


「同じ料金でいいと言うんだから、いいんだろう」

「デーナの船が元通り出るようになったら収まるって分かってるんでしょ。ここで値上げして一回きりで終わるより、次に繋げた方がいいからねえ」


 キッチンを興味深そうに見ていたルークが、飲み物を持って戻ってくる。お茶の葉はわたしが持っているのに、どうやって淹れたのかと思っていたら、キッチンにはご自由にどうぞと書いた紙と一緒にお茶が用意してあったそうだ。大きな部屋だとそんな準備もあるのかと感心してしまったが、それよりもルークの発言だ。

 前に来た時の値段を覚えているのかと聞けば、当たり前のように頷かれた。思い返してみても、わたしは最初の町の宿屋の値段は覚えているけれど、その次に泊まった宿の値段はもう分からなかった。これからは宿屋の値段も書き加えた方がいいだろうかと地図とにらめっこをしていたら、クマ族のなかでの情報交換で使うから覚えているだけで、値段は変わることがあるから書き込むほどではないと笑っていた。


「リュムから他の大陸に行く奴がそんなにいるとは思えないが」

「そうなの?」

「イシュバーンとはそれなりに行き来があると思うよ。だけど、リュムからモジュールに行くってあんまり聞かないかなあ」


 ヴォルフの言葉に頷いていたのはルークで、わたしは首を傾げてしまう。確かにモジュールに一度帰った時はどちらも船にあまり乗っているヒトはいなかったと思う。

 周りを見渡す余裕なんてなかったというのもあるけれど、椅子を選ぶのにも、甲板に出るのにも誰かとすれ違った覚えがない。

 ルークはあんまり、と濁していたけれど、リュムにいる獣人がモジュールに行くことがあるとは思えないので、使うのはほぼヒト族だけなのだろう。それも、あまり数は多くなさそうだ。


「そうなのね。わたしが船に乗った時はあんまりそういった話を聞かなかったから」

「だって、セレちゃんは荷物たくさん持っていたんでしょ? それなら、こっちに移住するつもりだって分かるからそんなに話題にならないよ」


 なるほど、それなら荷物を運ぶのを手伝ってくれたヒトも、リュムがいいところだと教えてくれるわけだ。おじいちゃん達の家に行くんです、としか言わなかった私がすでにリュムで何年か過ごしていたなんて分かるはずもないのだし。

 そこでちょうどお茶もなくなったので、伸びをしてから立ち上がる。一番の心配だった宿は無事に取れたので、陽が暮れる前に少しだけ辺りを散策しておきたくなって、返ってくる答えは分かっていたけれど、二人に問いかける。


「おや、出かけるのかい」


 思っていた通り、二人ともわたしの問いかけにはいいと答えてくれた。ルークは楽しそうに、ヴォルフはちょっとゆっくりめな動きだったけれど嫌そうな表情をしているわけではなく、どちらかといえばしょうがないという感じだ。

 わたしの名前を呼んでくれるようになってから、ヴォルフは髪を隠すようにフードを被る、という事をしなくなった。種族を知った今では、町の中で同じ色を探そうと視線を彷徨わせることはない。

 ヴォルフの気持ちに変化があったからこそのその行動なのだろうけれど、それを嬉しいと思う反面、わたしとルークしか見ていなかったその色をいろんなヒトが見ているのは少しだけもやもやしたものが募る。

 今も、宿のカウンターにいた年配の女性がヴォルフの髪色を見てわずかに、表情を変えた。


「散歩に行くだけよ。ちょっと周りを見てみたくて」

「ふーん。ヒト族ってのは皆そうなのかね」


 そこで大きく種族の括りにされてしまっても困るのだけれど。ネズミ族で年配の女性だとアンおば様を思い出すから、その時と同じように答えようとして、でもどう話せばいいのか分からなくて悩んでしまう。


「さっき来たヒト族の男もそんな事言ってたよ。辺りを散策したいから何か気をつけないといけない事はないかってね」

「こんな小さい港町で注意することも何もないだろうに」

「その通りだよ! デーナからの船がいつも通りに戻ったら、あたしらもゆっくり出来るんだけどねえ」


 ヴォルフが打った相槌に豪快に笑って、ネズミ族の女性は気をつけな、と見送ってくれた。宿は別の場所で取っているとも教えてくれたから、この町のどこかですれ違う可能性もあるだろう。

 今、宿を取っているのならば今日の船には乗らないだろうから。


「この町には、ヒト族は住んでいないのね」


 ぐるりと歩いてみたけれど、港があるのに不思議なくらい小さな町だ。これなら、そこかしこにデーナから移動してきたヒトが溢れてしまうのも仕方ないだろう。

 港にいたヒトに聞いてみたけれど、いつも来るのは貨物船ばかりで、ヒトが乗っているとしても一人か二人だそうだから。そこでも、珍しい物を見るような視線を向けられればさすがに気づく。


「港が出ているとはいえ、小さい町だ。一挙一動、見られていたら気も休まらないだろう」

「さっきのおばさんも僕らには普通に話していたけど、セレちゃんにはちょっと観察するような視線を送ってたからね」


 リュムに住むのは、獣人に寛容なヒト族が多い。そう言われているだけで本当はそれだけではないとわたし達は身をもって知っている。だから、獣人がヒト族に対して警戒心を持っていることを否定するつもりはない。


「もしかして、宿の部屋が大きいのって」

「ネズミ族からしたら、クマとオオカミは避けたい種族だろう。それにヒト族も一緒なんだ、何か言われる前に対処をした可能性はあるな」


 それは、わたしが悪い方に取っているだけかもしれない。たまたま、あの部屋しか空いていなかったというのが、本当かどうかを確認できる手段をわたし達は持っていない。


「セレネ、お前が悪い訳じゃない。だが、お前がどう思っていようとも相手が抱く感情は同じものとは限らない」

「そうね。あの町の誰もが優しかったことが、貴重なことなのだとは分かっていたわ」


 祖父母に優しく接してくれていたヒト達のいる町を出てから、いろんなヒトに出会った。その中で知り合ったのはヒト族の事を好意的に見てくれるヒトだけではない。同じ種族をいとも簡単にお金に変えようとする獣人だっている。

 獣人であろうとも、ヒト族であろうとも何も変わらないと。


「そう言ったことも含めて、この世界の事を知りたいと旅に出たのよ。ルークにも出会えたし、悪い事ばかりだと悲観するつもりもないわ」


 わたしを挟むように立っている二人の顔を見上げて思う。

 獣人だから、と差別していたのならわたしを見る夕焼け色の瞳は今、こんなに優しい色をしていないだろうし、いつも傍にいてくれる漆黒の髪は、まだフードで隠されていただろう。


「もちろん、ずっと一緒にいてくれるヴォルフにも、いつも助けられているのよ」

「なんか、改めて言われると照れるなあ」

「お前が嫌だというまで、付き合おう」


 返って来た言葉でまた嬉しくなって、二人の腕をぎゅっと握る。もちろん、そんな事をしても掴んだ温もりが離れていくことはなくて。


「それなら、ずっと一緒だわ。ヴォルフがいる事を嫌だと思うはずがないじゃない」


 あんまりにも嬉しさがこみ上げてくるものだから、その気持ちをそのまま言葉にして、掴んだ腕の熱が上がった事には気づけなかった。



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