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月と紡ぐ物語  作者: 柚みつ
暁の誓い

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35/61

2.

「馬車を用意してくれたのは、とてもありがたいのよ」


 食材の山と向き合ってからしばらく、みっつのお鍋をいっぱいにしたはずなのにあまり残らなかった。ヴォルフとルークの食べる量を見て作っていたのだけれど、さすがに体力が資本の警吏はその分食欲も旺盛だったみたいだ。ミスティが今日のご飯はヒト族が手伝っていると至るところで宣伝をしていたから、興味を持って食堂を訪れたヒトもいたらしく、いつもよりも賑わっていたそうだけど。

 そんな事をやってくれたミスティは書類に追われているからと、わたし達を迎えに来たのはシオンさんだった。用意されていた食材はまだ残っているから何か作ろうと思えばできるけれど、食事時はもう落ち着いたし、馬車の準備が出来たと言われれば残る理由もない。

 そうして案内されて、シオンさんが用意してくれた馬車を見たのだけれど。


「これは馬車と呼べるのか?」

「うーん、どうかなあ?」


 用意されていたのは、二頭の馬で引くサイズの馬車。わたし達だけで乗るには余裕がありすぎる大きさだ。そもそも、町を繋ぐのも個人で持っているのもだいたいが一頭で引く大きさの馬車だし、こんなに立派な装飾がついている上に、雨風を凌ぐのが幌じゃなくて屋根になっているようなものを引いていたら、それだけでお金を持っていますと宣伝しているようなものだ。

 行きたいところまでは警吏から御者も兼ねた護衛をつけるからと言うけれど、それじゃあお願いします、なんて乗れるほどの度胸は、ない。


「さすがにこれに乗って、あの町に行くのはなあ」

「ルークは行ったことあるの?」

「ちょこっと寄った程度だけどね。デーナよりもだいぶ小さい町だよ」


 苦笑いをしているルークは、どうやらわたしがこれから行こうとしている町に行ったことがあるそうだ。わたしは地図でしか名前を知らないけれど、様子を見たことがあるルークが渋るのなら、こういった馬車があまり来ることはないのだろう。


「それでこの馬車か。目は集めるだろうな」

「そうよね。せっかく用意してもらったけれど、これはわたしも乗りづらいわ」


 小さい町だというならば、こんな立派な馬車が通っただけでも話題になりそうだし、それから降りてきたわたし達が町に滞在しようものならばまず間違いなく興味を持たれてしまうだろう。どうしても必要な状況ならば注目を集めるのは仕方ないのだろうけれど、これに関しては馬車を使わないという選択さえすれば回避できることのはずだ。


「ほら、やっぱりみんなそう言ったでしょ」

「そのようだな。では、こちらを使ってくれ」


 わたし達がそう言って断るのは分かっていたのだろう、ルークもシオンさんもやっぱりな、という表情をしてから、奥にある馬車を指さした。

 そうして示されたのは町中で使う乗合馬車のような雰囲気だった。わたしとヴォルフが横に並んで座り、ルークがその奥に腰掛けたらほとんどスペースはなくなるような大きさだったけれど、幌はついているし、しっかりと雨を弾くように手入れされているのが分かる。

 こちらならば町を繋ぐのに乗っていてもおかしくはないし、荷物を積んでいたら商人にも移動中にも見えるだろう。こっちなら、わたしも気兼ねなく乗り込むことが出来る。


「ありがたく借りていくわ。いろいろとお世話になりました」

「それはこちらの台詞だ。君たちにはたくさん協力してもらったから、今後何か困ったことがあれば言ってくれ。微力ながら助けになろう」

「シオンが微力なんてことはないでしょ。でも、ありがとね」


 シオンさんが警吏のなかでどの程度の地位を持っているのかまでは聞いていないけれど、ルークの言葉とここまでわたし達の宿の手配や馬車の準備などを見ていると、きっとそれなりに動かせるものがあるのだろう。

 羽根を見せれば、この大陸のどこからでもアロンズさんの手元に届くようになっているように、警吏の詰所のどこで名前を告げても、最終的にはシオンさんの耳に入るように情報網は張り巡らされているそうだ。

 アナグマ族はそこまで足と持久力に自信があるわけではないが、わたし達から呼ばれたら大陸のどこであろうと駆けつける、とまで言われたけれど出来る事なら今後その機会がないよう祈りたい。


「んー、何だか三人なのは久しぶりだね」

「警吏がいるだろうが」

「そうだけどー、それでも最近バタバタしてたから」


 御者というわけではなく、警吏も別の町に荷物を運ぶ用事があったようで、行き道にわたし達がお邪魔する形になった。何もないと思うから、道中はゆっくりして欲しいという言葉に甘えて、わたし達は荷台でのんびりとさせてもらっている。

 積んだ荷物を背もたれにしたルークが、腕を伸ばす。しっかりとした造りの幌は、木箱を二つ重ねてもまだ余裕がある高さなので、わたしが手を伸ばしても届かないのはもちろん、ルークやヴォルフでも指先がちょっと掠る程度。

 空を見たくて一番後ろに腰掛けていたけれど、久しぶりに聞いたルークのはしゃいだ声に思わず振り返った。


「どこにいても、誰かの視線はあったわよね。特に詰所は何回も見られたわ」

「まあ、ねえ……視線はあったよねえ」


 荒事にまるで向いていなさそうなのは見た目だけではないと自覚もあるから、詰所でうろうろしているわたしを何だろうと思って見てしまうのは仕方ない事だと分かっている。ミスティが隣にいるときはそうでもなかったので、あの視線は単純にわたしがどうしてあの場所にいるのかが疑問だっただけだろう。


「セレネがそこに気づいているとは思わなかったな」

「わたしだってそこまで鈍くはないつもりよ」


 わたしが感じるならば、それはもちろんヴォルフとルークは分かっているという事で。それでも、注意を促すような事を言われなかったのは危険ではないと二人が判断したからだろう。

 あの一件で狙われていたのはヴォルフのはずなのに、わたしの方が守られているような気がするのは、たぶん考えすぎではない。

 あれからわたしだって今まで以上に周りに注意を払って行動するようになったけれど、獣人の感覚にはまだまだ敵わない。


「セレちゃんはそのままでいいんだよ。僕らがいるもん」

「二人がそう思ってくれているように、わたしだって同じように思っているのよ?」

「セレネはここにいてくれるだけで十分だ」


 うんうん頷いているルークに、至極真面目な顔をしているヴォルフ。

 久しぶりに名前を呼ばれたあの日から、どうにもヴォルフの接し方が今までと違うので戸惑ってしまう。困るのは困るのだけれど、それが嫌だと思わないというのがまた、どうしていいのか分からなくなる要因だということには気づいている。

 今もそうだ。そんな、いるだけでいいなんて嬉しいけれど、力不足のままでいたくないと思わせるような事を言われてしまって。

 少しだけ熱を持った顔を隠すように何かに興味を惹かれたふりをして、外を見るように体をぐるりと動かして二人に背中を見せる。


「馬車でどのくらいかかるのかしら」

「そこまで離れてないはずだから、半日もかからないと思うよ」


 それが長いのか、短いのかは分からないけれど、この熱の集まった体と頭を冷やすにはちょうどいいのかもしれない。

 熱を外に逃がすように、小さく息を吐いてから空を見上げる。

 雲一つなく、視界を染める青が少しだけ眩しかった。



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