3.
少し短め。
「何だか、ヴォルフがベッドにいるって新鮮だわ」
「そうだねえ、あんまり見たことなかったよね」
「……お前ら、いつまで見てるんだ」
見たことがなかった、ヴォルフが寝ている姿。それを昨日からずっと見ているんだけれど、本人からうんざりするように言われてもまだ見てしまう。
ルークは面白がっている感じもあるが、わたしがじっと見てしまうのはあの時の記憶がまだ残っているからだろう。ここにいるヴォルフのどこからも血は流れていないのに。
たぶん、ルークもヴォルフもわたしがそう思っているという事に気がついていて、ある程度なら好きにさせてくれているんだろうとは分かる。
だからといって、起きてからずっと見つめられていることに耐えられるかといえばそれはまた別の話のようなんだけれど。
わたしがヴォルフの立場だったら、たぶん同じような事は口にしているはずだ。それも分かっているから、これはわたしの勝手なわがまま。
「だって見ていないとヴォルフ寝ていなさそうなんだもの」
「医者から絶対安静って言われたでしょ?」
ね、とルークと顔を見合わせるわたし達に、驚いたように目をぱちぱちさせたヴォルフの表情は、今まででは見られなかったものだ。
この一件を機に、ヴォルフの中で何かが変わったのだろう。張り詰めた気持ちを示すように引き結ばれた口だとか、相手に悟られないように作っていた表情などが少しずつ、本当に少しずつだけど違うものが見られるようになってきた。
「言われたが、だからといって」
「じゃあ、今日はベッドから出ないって約束できる?」
「ルークと約束してくれるなら、わたしも見るのを止めるわ」
今までだったら、こうやってルークと二人がかりで言ったところでヴォルフが聞き入れてくれることはあまり多くなかった。だから、今回も言ってはみたけれど、ヴォルフなら自分の体なら自分が良く分かっている、とかが返ってくるのだろうと思っていたのに。
「……分かった。今日は大人しくしてる。これでいいか」
その言葉の意味をすぐには理解できなくて、さっきのヴォルフと同じように目をぱちぱちとしてしまう。
「ヴォルフが頷くなんて、熱でもあるんじゃないの?」
「俺に大人しくしてほしかったんじゃないのか」
「そうなんだけど、ヴォルフが素直に聞いてくれるとは思っていなかったのよ」
「滅多にないから、焼きつけておくことだな」
からかっているような口調だったけれど、それが本気じゃない事もわたし達が心配しているのを酌んでくれているのも分かったので、嬉しくなって思わず笑顔で頷いてしまった。
*
「えっと、今日のお昼はどうしようかしら」
「ヴォルフもだいぶ食べられるようになったもんね」
朝と晩は食堂からご飯を持って来てもらっているけれど、この町ではあまりお昼に食堂は使わないから、と宿屋に併設でも休みを取っているところが多い。お願いすれば作ってもらえるから頼むか、とアナグマ族の警吏から言われたらしいんだけれど、ルークはそれを断っていた。
理由は簡単、こうして外に出れば屋台がそこかしこに出ているし朝や夜と違って、わたし達も買い出しや事情聴取があったりで外に出ている時間があるからだ。
ヴォルフが思っていたよりも早く目を覚ましたというのもあるのだけれど。まだ本調子ではないみたいで、食事は欲していてもいつものように食べられるわけでもないから、わたしが調子に合わせてご飯を作っている。
「セレちゃんのご飯、美味しいから僕好きだよ」
「ありがとう。ルークは何を作っても美味しいって言ってくれるわね」
「だって本当だもん」
お店の前でそんな会話をしながら野菜を選んでいたからだろうか、会計をするとなった時に店主がにこやかに告げた言葉に一瞬、どう反応していいのか分からなくなった。
「いい奥さんを捕まえたね。これはおまけだよ」
買ったものよりも、おまけでもらったものの方が多いんじゃないかと思うくらいの量の野菜をにこにこした店主から受け取ったルークも、目の前でそう言われたわたしもポカンとしてしまう。
それを見てまた店主が美味しい飯を作ってもらえよ、なんて言って笑っているものだからとりあえず、笑顔でお礼を言ってサラッとその場を後にしたけれど。
「奥さん、ですって」
「僕が旦那? ヴォルフに怒られる……」
「ルーク? 何て言ったの?」
野菜に埋もれるようなルークが呟いた言葉の後半はよく聞き取れなかった。旦那、と言われて思わず自分の未来を想像してしまったけれど。
「なんでもなーい。これで美味しいご飯を作ろうね」
「そうね。ルークは何が食べたいかしら?」
「え、僕?」
きょとんとした顔でわたしを見てくる姿が面白くて、思わずクスクスと笑い声が漏れてしまう。落ち着いて対応している姿をまじまじと見て、踏んだ場数の違いを思い知ったけれど、こういう様子を見ると、年相応なんだと思ってしまう。
「そうよ。起きていたらヴォルフにも聞くけど、ルークだって食べたい物はあるでしょう」
わたしの買い物なのに、ルークは何も言わずに付き添ってくれるし、宿屋にいるときだってヴォルフの手当てや世話を率先してやってくれている。
わたしが出来ることは少ないから、せめてご飯は好きなものを美味しく食べて欲しいと思うのは、別におかしい事ではないと思うのだけれど。
「それじゃあね、ガレットにチーズとたくさんの蜂蜜かけたのが食べたい!」
「いいわね。それじゃあ、この野菜は付け合わせに使いましょうか」
「賛成!」
とたんに上機嫌になったルークと一緒に、宿屋に戻る。
自分とルークがそう見られるような距離でいたことに、何にも疑問を持たずに。
それを面白半分でヴォルフに話してから、ちょっと空気が張り詰めた理由は、今でも分かっていない。




