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月と紡ぐ物語  作者: 柚みつ
小話集

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32/61

2.

ヴォルフ救出までのあれこれ。

ルーク視点

「さっきのヒト族は、君の友か」

「今から助けに行くのもね」


 セレちゃんは、さっき他の警吏が別の場所へ連れて行った。隠そうとしていたけれど、僕らの鼻は、ハッキリとその匂いを感じ取っている。問題はどの程度の怪我なのか、というところなんだけど。すぐに治療をしてくれるだろうから、きっと痕が残るような事にはならないはずだ。


「ならば、彼だけを連れて先に帰りなさい」

「いいの? いろいろあるでしょ?」


 どうして僕たちがこの場にいるのかとか、そもそもヴォルフが捕まっている理由とか、警吏が辿り着くまでの時間に何があったのかとか。説明しなければならない事は山のようにある。

 ヴォルフとセレちゃんだけでも、どうにかしてさっさと宿屋に帰そうと思っていたから、その提案はとてもありがたいものだ。


「自分の身が傷ついても構わず助け出そうとするくらい、大切なのだろう」


 そっと視線を落としたアナグマ族の彼の手、さっきセレちゃんを掴んだ時に付いたのだろう血が残っている。ぎゅっと握ってから顔を上げた彼の表情は少し柔らかく見えた。


「明日でも、そのあとでも。落ち着いてからで構わない。警吏の詰所に来てくれればそれでいい」

「分かった。……ありがとう」


 それからあとは、何を話すわけでもなく淡々と手を動かして穴を広げていく。一人が通れる程度から二人が余裕で通れる大きさにするまで、さほど時間はかからなかった。

 灯りは、さっきセレちゃんが投げたランタンくらいしかなかったけれど、獣人の目には十分な明るさだ。気にかかる事はあるけれど、闇に溶け込むような黒を持つ彼の元に真っすぐ向かう。


「ヴォルフ」

「……ルーク、か」


 俯いている体勢を強いられているヴォルフの意識があるかどうかの確認だったんだけど、答えが返ってきたことにホッとした。それから、周りを見れば同じような檻。そこは空っぽではなくどれも獣人が閉じ込められている。


「うわ、よくこんなに集めたもんだ」


 クマ族はいないけれど、それでもここまでたくさんの獣人が商品として扱われようとしているのを見ると、腹の底からふつふつと怒りの感情が湧き上がってくる。


「ヴォルフだけで先に帰っていいって言われたけど、ちょっとだけ待っててくれる?」


 いつまでも窮屈な体勢で待たせるわけにはいかないから、まずは檻だけを先に壊すことにする。獣人を閉じ込めることを考えて作られているだけあって、僕の力でもかなり頑張らないといけなかったけれど、どうにか壊すことが出来た。

 辺りに響き渡った鉄のひしゃげる音に怯えたような声が聞こえたけれど、その音が檻を壊した時の音だと分かったからか、その後には声が上がることはなかった。


「さすがにねえ、これを見て放置していくの胸くそ悪いんだよね。セレちゃんもきっと同じことすると思うんだ」


 手足だけじゃなくて、首からも鎖が伸びているけれどひとまずそれはおいといて、ぐったりとしているヴォルフの体を檻だった残骸に寄り掛からせて、改めて部屋の中をぐるりと見渡す。

 警吏は、この部屋を見てすうっと目を細めていたけれど、助ける手を増やしてくるから待っていて欲しい、と一言おいてから出て行った。

 まだ戻ってこないから、この倉庫の中を調べるのに時間がかかっているのか、それとも応援が来るのに手間取っているのか。どちらでも僕がやるのはこの檻を壊すこと、そしてヴォルフを連れて帰る事だけだ。

 一度壊して、何となくだけど力加減は掴んだのでそこから先はそこまで時間を取られる事なく進めていく。

 全部を壊してから、ヴォルフのところに戻ったけれどさっきの体勢から動いた形跡がない。


「ヴォルフがここまで弱るなんて、何されたの」

「そのヒト、薬飲まされてるんです」


 鎖を投げ捨て、自由を奪っていたものは何もなくなったのにヴォルフは立ち上がることもなく、浅い呼吸を繰り返すだけだ。どうしたものかと思っていたら背後から小さく震えている声が聞こえた。

 振り返ったら思っていた以上に遠い位置にいたけれど、顔には出すことなく声の主に問いかけた。


「……どんなの?」

「分かりません。だけど、すぐにぐったりし始めて」


 ここの主はヒト族の男だそうで、トラやライオンなんかも従っているほかに、力に自信のある種族がいるらしい。それならヴォルフみたいに自分たちと同じくらいか、それより上の力を持つ種族を無力化できる何かがあってもおかしくない。現に力だけならそれなりに上位のはずのクマ族だって何人も捕まっているし。


「そう、それならしょうがないね」

「ちょっと! 何をしてるんですか!」

「無駄かもしれないけど、何だかわからない薬を体に残しておけないでしょ」


 どれだけ前に飲まされたのかも分からないから、本当にただ殴っただけになってしまうかもしれないけれど、ヴォルフが目を覚まさない以上、僕が考えられる中で最善の手を取るだけだ。

 ぐっと握った拳をお腹に一発、叩き込む。

 弱っているのは分かっていたから手加減はしたし、苦しそうな声も聞こえたけど、咳込んでいるのに戻ってきたものはほとんどない。

 警吏がこの屋敷を調べているはずだから、飲まされたという薬自体はなくても、何か成分の手がかりになるようなものが見つかる事を願うばかりだ。


「そういう訳だから、僕らは行くね。警吏が来るから保護してもらうといいよ」

「あの、ありがとうございます……」


 医者も呼んであるそうだから、ヴォルフは早めに診てもらった方が良さそうだ。最初に反応したきり、目を覚まさないし。

 檻を壊して出て来た獣人たちからお礼を言われたけれど、僕は自分の好きなようにやって、あとは警吏に投げてこの場を去るのだから、それをもらえるような立場ではないだろう。


「よいしょ、っと。体冷たいね。セレちゃんが心配するな」


 お礼に対して聞こえなかったようなふりをして、ヴォルフを抱えて倉庫を出る。特に引き留められる声もなかったし、あとは警吏が上手くやってくれるだろう。

 抱きかかえたヴォルフの体は冷たくて、たぶん薬の影響だとは思うんだけどこのまま帰れば間違いなくセレちゃんは心配する。少しだけでも体温を移そうとぎゅっと抱える力を強めたらピクリ、と腕の中のヴォルフが反応した。


「――」

「ん、分かった。……まったく、お互い自分より優先するんだから」


 絞り出すような微かな声だったけれど、確かに届いたのは横抱きにするな、という言葉だけ。

 確かにそういう抱き方をされてたら状態が良くないとすぐに分かるもんだけど、荷物を持つような抱え方をしたらヴォルフに負担がかかるのに。

 全部分かっていて、それでもセレちゃんのために少しでも心配を減らせるような方法を選ぼうとするんだから。


「そんな二人だから、僕も居心地がいいんだけどね」


 本人がそう希望するんだからしょうがない。横抱きにしていたのを、肩の上に移動させてからセレちゃんを迎えに行くことにした。



 *



「これは、どういうことだ」

「だって医者に言われたでしょ? 動かさない方がいいって」


 だから、わざわざ自分を後回しにしてヴォルフの食事を優先しているんだから。セレちゃんが警吏に行っている間に医者に来てもらうようにしたのも、怪我の状況をできるだけ知らせたくないという希望を通した結果だというのに。


「食事くらい、自分で出来る」

「そんな震える手で言われても説得力ありません」


 自覚はあるのだろう、そう言えば気まずそうに視線を逸らした。だけど、体は正直に目の前の食事に反応している。僕が諦めることはないと分かったのか、それとも求める気持ちに正直に従ったからか。

 それは深くため息を吐いたヴォルフが、観念したように体の力を抜いた。


「それじゃ、はい。あーん」


 動けるようになったら覚えておけよ、なんて言われたけれどその頃には忘れている予定だから、何の問題もない。

看病と言えば、ですよね!

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