1.
デーナにて。
警吏の女性と仲良くなりました。
「あら、今日は買い物かしら」
「お疲れ様です」
ルークと二人、これからの旅に備えて買い出しに行くと、ここ最近で聞き馴染んだ声から呼び止められた。振り向くと思っていた通りの姿。警吏の制服に身を包んだ女性が朗らかな笑顔でわたし達に向かって手を振っていた。
もう事情聴取は終わっているのに、何か気になる事でもあったのだろうかと疑問に思っていたら、ただ見回りをしているだけだと教えてくれた。
「このあとは、何を?」
「わたしはこれでお終いです。ルークはどうかしら?」
必要な物は買ったけれど、薬草や作っていた薬が思っていたよりも高く売れたので懐には余裕がある。警吏からもお見舞いと称して、いつも買うよりいい食料と干し果物もいただけた。
宿や医者の手当てだけでなくそこまでしてもらうことに戸惑っていたら、ルークからもらえるものはもらっておこう、と言われたので頷いておいたけれど。
そんな状況だったので、この後に何かを買うかと聞かれても、これといって思い浮かぶものはない。ルークはどうかと見上げてみれば、こちらを見ていた夕焼け色の瞳が優しく細められる。
「僕は特にないかなあ。必要なものは買えたから」
それも思ってたより少ないから、ルークが片手でひょいと持てる程度の大きさの袋一つだけだ。港町だけあって露店もたくさんあるし、今までとは違う品揃えのお店だってあるから見ているだけでも楽しい。
その雰囲気につられて、ついついお財布のひもを緩めた自覚はあるけれど、必要だと思うものを厳選したつもりだ。結果として、袋一つだけなのだけどルークが持ってくれているから小さく見える。
「それじゃあ、ちょっと付き合ってくれない? 帰りはちゃんとに送るから」
「え、っと……」
女性からの思ってもいなかった提案に、返答に困ってしまう。昨日、あれだけの騒ぎがあったのに町に変わった様子はない。わたし達の顔を見ていたヒトがいるかもしれないから、と周りを気にしながら歩いていたけれど、特に声をかけられるような事もなかった。
ヴォルフがまだ寝ているから、出来るだけ早く済ませようと二人ともいつもより急いで歩いていたというのもあるとは思うけれど。
「セレちゃん、どうする?」
「ヴォルフが目を覚ますかもしれないし」
答えられないわたしを見かねてか、ルークが小声で問いかけてくる。
わたしが警吏のところで事情を説明しているときに、ヴォルフは一度目を覚ましたそうだ。医者からも、ゆっくり休めば問題ないと診断された、と聞いている。
だけど、わたしはまだヴォルフが起きたところを見ていないからか、どうしても気になってしまう。体の傷は癒えてきているし、適切な処置をしてくれているのも分かってはいるけれどあの夜、檻に閉じ込められていたヴォルフの姿が、頭の中からまだ消えてくれない。
「場所だけ教えておいてくれたら、僕が伝えに行くよ。それでいいですか?」
「ええ、あっちの角にある青い屋根のお店が見えるかしら。あそこのケーキ、美味しいんだけど一人だとサボりって言われちゃうのよ」
そっと肩に手を置いたルークが最後の言葉だけを女性に向ける。それに笑顔で返してくれたけれどサボり、と堂々と口にするのはどうなのだろうか。
そこまで誘ってくれるのは嬉しいし、あまり見かけなかったヒト族、しかも女性だからこの町にいる間のどこかで話す時間が取れたらいいな、とは思っていた。だけど、それはきっと無理だろうなと思ってもいたこと。
「そういうことなら、セレちゃん。行っておいで」
わたしの気持ちが筒抜けなのか、ルークがヒトの気持ちを察するのが上手なのか、ぽんと軽く肩を叩かれる。
「何かあったらすぐに行くから。ヴォルフが起きた時にその顔見せたら僕怒られちゃう」
「ありがとう、ルーク」
わたしが向かいやすいように、冗談のような事を口にしてくれるルークにお礼を伝えてから、女性の背中を追いかけた。帰りにはルークの好きそうなお菓子と、寝起きでも食べやすそうなものを包んでもらおうと決めて。
*
「さ、どれにしようかしら」
「あの……」
「聞きたいことはあるでしょうけど、まずはケーキを食べてからね。おすすめはチーズケーキなんだけど、好きかしら?」
ケーキが美味しいと聞いていたから、それなりの時間は待つだろうと思っていたのだけれど、わたし達がお店に入った時にちょうど席が空いたからとすぐに案内された。女性が何度もお店に来ていることは、店員さんの態度ですぐに分かった。どうやら本当にサボりだと思われるくらいの頻度で通っているらしい。
それならメニューを見なくても注文には困らないんじゃないかと思ったのだけれど、こうやって悩む時間も楽しいのだと言われたらそれもそうか、と納得した。
手渡されたメニューは確かに見ているだけで気持ちがわくわくするような写真と、説明が書かれていた。
ちょうどわたしが目を止めたのも、女性からおすすめだと言われたのも同じもの。
「おばあちゃんと、よく食べてました」
「それじゃあ、おばあ様との思い出にご馳走させてちょうだい」
「ありがたく、いただきます」
慣れた様子で注文を通す女性に、店員さんも軽い調子で答えている。そうして、あまり待つことなくケーキと紅茶が運ばれてきた。
チーズケーキにはゆるく泡立てたホイップと、赤いベリーのジャムが添えてある。まずは何もつけずにひとくち、ふんわりとした口当たりなのに、しっかりとしたチーズの香りが残る。おばあちゃんと食べていた濃厚でみっちりつまったものとは系統が違うけれど、これは美味しいと紹介したくなるのも分かる。
半分くらい食べて、紅茶を飲んでフォークを置く。わたしの食べている様子を嬉しそうに見ていた女性のお皿はもう、綺麗になっていた。
「ヒト族の警吏、珍しいかしら」
「いろいろ回ってきましたけど、他の町では見たことがなかったもので」
わたしが住んでいたところには、警吏はいなかった。その代わり住んでいるみんなで何かあったら協力していたし、揉め事が起きるようなら誰かが仲裁に入ったり出来る関係を築けていたからだ。
だけど、それが珍しかったのだと知ったのはあの町を出てから。そうして見て来た町には警吏はいたけれど、女性は少なかったし、男性でもヒト族はいなかった。
「いない訳じゃないのよ。だけど、現場に出るのは獣人が多いから。どうしても力が及ばない事が多いのは、少し悔しいんだけどね」
ふう、と小さく息を吐きながら告げてくれた女性は心からそう思っているのだと分かる表情をしていた。
そう思うのは、わたしも同じ思いを感じたことがあるからだろうか。ヒト族と獣人の種族の差なのだと言われたらそれまでだけれど、だけど一緒に過ごしているからこそ自分の力が足りないと、はっきり突きつけられる瞬間は確かにある。
「だからこそ、私は、私にしか出来ることをしようと思えたのよ。今回の事情聴取もそう。同族じゃないと話せないこともあるでしょ?」
「……そうですね。わたしは安心しました」
壁を崩している時はただ必死だったけれど、状況を思い返したらヒト族で自分の身だけしか守れないわたしがあの場にいて、手の怪我だけで済んだのは本当に幸運なんだと思い知った。
だからこそ、警吏というわたしよりも強い立場に同じヒト族、同じ女性がいてくれたのは心強かった。
「そう言ってもらえるなら、この制服はまだ脱げないわね」
「辞める予定があるんですか?」
「残念なことにね、ないのよ」
いたずらっぽく笑う女性につられてわたしも声を出して笑ってしまう。残っていたケーキにジャムをつけてひとくち、甘酸っぱさが加わったチーズケーキはまた違う味わいで、どんどんフォークが進んでしまう。
「せっかくだから、他のケーキも試してみない?」
魅力的なお誘いを断れるはずもなく、その後お互いに違うケーキを頼んで半分ずつ交換する。そうして弾んだ会話に、ああ、自分は思っていた以上に気を張っていたのだと不意に気づいた。ルークも、女性もそれを分かっていたからこうして誘い出してくれたし、送り出してくれたのだと。
「今更だけど、私の名前。ミスティっていうの。またデーナに来たらお茶しましょう」
「ええ、喜んで」
お土産を包んでもらって、宿屋まで送ってもらったわたしを出迎えてくれたルークが、別れた時との空気の違いに目を丸くしたのを見て、二人で笑ってしまった。




