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月と紡ぐ物語  作者: 柚みつ
闇夜に惑う

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30/61

14.

途中、ヴォルフ視点になります。

 空が白み始めた頃に宿に戻ったわたし達を迎えてくれたのは、出た時と同じ男性。もう新聞は読み終えていたのか、手には文庫本が握られていたけれど、あまりページは進んでいなかったようだ。

 アナグマ族の警吏が伝えてくれた通り、わたし達の宿泊は延長されていた。今日から三日間、食事は朝晩共に部屋まで運んでくれるという事なので、お願いすることにした。


「それでは、ごゆっくり」


 ヴォルフを抱えたルークの姿にも動じなかった男性は、用件だけを淡々と告げると本へと視線を落とした。そのまま、部屋に戻ってまだ目を覚まさないヴォルフをベッドに寝かせた後、どちらとなく長く息を吐く。


「セレちゃん、少し寝た方がいいよ」

「ルークもよ。わたしより疲れてるでしょ」


 目はしょぼしょぼするし、足は重りを括り付けたようなだるさがある。手当てをしてくれたけど、治ったわけではない手はじんじんと鈍い痛みを伝えてくるうえに、何より夜通し歩き回ったので、さすがに疲れを自覚している。

 だけど、そんな自分の状態よりも目を覚まさないヴォルフの方が気になってしまう。このままベッドに入ったところで、気にして何度も起きるだろうことは想像がついているので、それだったら始めから寝ない方がいい。

 ヴォルフの眠るベッドの隣に椅子を持っていって、起きている意思を示すようにそこに座る。

 初めて見たヴォルフの寝顔、少し懐かしさを感じてしまうのは眉間に皺が寄っているからだろうか。最近では見ることのなかったその皺に、思わず手が伸びる。


「……分かった。僕は先に寝るけどセレちゃんもちゃんと寝てね」


 ルークがばさり、と布団を被って寝る体勢になったので聞こえてはいないかもしれないけれど小さくお休み、と声をかけた。

 返事も反応もなかったけれど、何故か届いていると確信を持てた。


「ヴォルフの寝顔、初めて見るわね」


 眉間の皺がなくなるように、と思いながら一撫ですると、ヴォルフが身じろいだ。ほんの僅かな動きだったが、もしかしたら固く閉じた瞼を開いてくれるのではないかと、息を飲んで見守ってしまう。

 そのまま、何かを探すかのように顔の横で動いていた手が、わたしの手を見つけたと思ったらぎゅっと握られて眉間の皺が溶けていく。

 力強い訳ではないけれど、何故か振り解こうとは思えないその温もりに、わたしも安心する。


「おやすみなさい、ヴォルフ」


 繋いだ手から伝わってくる温もりに、どんどんと瞼が下がって来る。椅子に座っているから大丈夫だろうと思っていたのに、次に目を開けた時には、部屋が明るくなっていた。

 握った手はそのままだったけれど、少し緩んでいたのでそっと外して自分の身支度を整えようとシャワーを浴びに行く。ベッドに凭れるようにして寝てしまっていたので、体を解すように少しだけ熱めにした。

 戻ってきてもルークも、ヴォルフも起きていなかったのでそのまま静かに部屋を出る。思っていたよりも深く眠ってしまったようで、約束していた時間に遅れそうになって小走りで向かう。多分、昨日の今日だから遅くなっても何も言われないだろうけども。


 宿のカウンターにいた男性は、朝もまだいてわたしの事を見ていた。事情を聞かれたらどうしようかと頭を悩ませていただけに、軽く会釈をする時間しかなかったから詮索されなかったのはありがたかったのだけれど、少しだけ疑問は残った。

 それは、事情聴取のために向かった警吏の詰所で解決することになる。


「え、あのヒト関係者なんですか」

「そうなのよ。表情が分からないから相手にも悟られづらくて」


 デーナは港町、今回のような事件は残念ながら初めてではないそうで、警吏も手を焼いていたそうだ。なので、町のあちらこちらに協力してくれるヒトをひっそりと増やしているらしい。

 ご飯を部屋に届ける、と聞いていたのに来なかったことも納得がいった。わたし達がゆっくり寝れるように気遣ってくれたのだろう。その心遣いは素直にありがたかった。


「今回はね、先に連絡をもらっていたの。珍しい種族だろうし、夜に一人で出ていくからと」


 飲み物を置いてくれたのは、昨日も話をした女性。夜だったし、それどころじゃなかったから気づかなかったけれど、目の前に座って自分のコップに口をつけている女性は、ヒト族だ。


「それでも場所を特定するのに手間取ったけれどね。大きな音を立ててくれたから助かったわ」


 耳が良くないから、と苦笑いをしているけれど、それは獣人の警吏と比べてだろうか。それでもあの場に駆けつけてくれたのだから、わたしはとても助かったのだけれど。

 おもわずまじまじと女性を見つめてしまったが、視線に気づいているだろう女性が口にしたのは別のこと。


「それで、彼は目を覚ましたかしら?」

「いえ、わたしが出た時にはまだ。入れ違いにお医者様に来ていただいていると」


 同じヒト族の女性、いろいろと話を聞きたいところではあるけれど、ここに来た目的はそちらではない。頭を切り替えて、質問に答える。医者を呼んでくれたのも、部屋の宿泊を延長してくれたのも、その費用だって全部、警吏側が持ってくれたのだ。


「いろいろ、手配をありがとうございました」

「当然のことよ。彼は巻き込まれた被害者なのだから」


 はっきりと言い切った姿に、もう一度頭を下げた。被害者、という言葉に思い浮かぶのはわたしの前でも寝る姿をほとんど見せることのなかったヴォルフの表情。

 出てくる時には眉間の皺はなく静かに寝息を立てていたけれど、わたしが動いた気配で目を覚まさないのは、まだ本調子ではないからだろう。手足や首に残っていた傷もだし、ルークが連れて来てくれた時のぐったりした様子から何かがあったのだろうとは分かっているけれど、たぶんわたしに教えてくれることはない。


「それじゃあ、話を聞くのはこれで終わりにしましょうね。なるべく早く、済ませるわ」

「いえ。ルーク、一緒にいたもう一人がついていてくれていますから。出来ることなら協力します」

「……ありがとう」


 わたしの表情が分かりやすく変わったのだろうか、さっきとはまるで違う、ただのお姉さんという雰囲気になった女性の声は、とても優しく響いた。




 *


「調子はどう?」

「良くはない、な。体も動かしずらい」


 小さく扉が開く音で、ふと意識が浮上する。次いで感じたのは空腹を刺激する匂い。出所を探るように視線を巡らせれば、トレーを持ったルークと目が合った。


「これから医者が来るって話だから、ちゃんとに診てもらってね」

「分かった。……セレネは?」

「夜の大立ち回りの説明に行ってるよ。終わったら僕も行くけど」


 痛みを訴える体をどうにか動かして、ベッドの背もたれに身を預ける。それだけなのに、長く息を吐いてしまう。ルークがトレーを手の届く位置に置いてから、自身は少し離れた椅子に腰掛けて食事を始めた。いつもと変わらない食事量に、少しだけ安心する。


「それで、どこまで覚えてる?」


 ちょうど考えていたことを見透かされたようで癪だが、どうにかむせることなくジュースを飲み込んだ。

 首や手足を拘束されたこと、檻に入れられたこと、その後何だか分からない薬を飲まされたこと。それから先の記憶は、ほとんど残っていないと正直に告げた。

 セレネの姿を見て、来てくれたのだと安堵したことは伝えなくてもいいだろう。


「薬ね、吐き出させようとしてお腹に一発入れたんだけど、あんまり戻さなかったから」

「どこよりも腹が痛むのはそのせいか……」


 思わず、自分の腹に手を当てようとして、手首に巻かれた包帯が目に入った。両手首に巻かれているのに、右手の包帯だけ少しほつれている。


「さっきまでずっと、セレちゃんが手を握っていたんだよ」


 セレネが、と聞いた瞬間にその部分が熱を持ったような錯覚を感じ、思わず苦笑が漏れる。柔らかく煮たパン粥を一口掬う事でどうにか取り繕ったのに、こちらを見ることもなく食事を続けていたルークが手を止めて告げてきたことには、表情が崩れるのを止められなかった。


「今までで一番、穏やかな表情して寝てたよ」



 *


 わたしやルークは必要な物を買い出したり、換金に行ったけれどヴォルフは宿を出ることなく延ばしてくれた日数をゆっくりと過ごし、手足に残っていた赤い傷もうっすらとした線くらいにしか見えなくなった。

 事情聴取に追加があることもなく、町を出ると伝えに行った時にはまた来てね、という言葉とともにプレゼントをもらうくらいには警吏の女性とも仲良くなっていたけれど。


「さて、それじゃあ明日の朝は出発でいいのかな?」

「そのつもりだけれど、ヴォルフの調子はどうかしら」

「問題ない、そろそろ動かないと体が鈍りそうだ」


 自分の体の動きを確かめるように、手を握ったり屈伸していたヴォルフが、顔を上げる。

 あの日、警吏のところから帰ってきてからずっと、ヴォルフはわたしの顔を見ては何かを言いたそうしているのか悩んでいるのか、そんな顔を見せることが増えていた。

 特に何も言われないからそのままにしておいたけれど、今までの事で何か思う事があるのならば町を出る前に教えて欲しい。旅を再開するとそこまでの時間は取れないだろうから。


「出る前に、少し良いか」

「僕は外に出てようか?」

「いや、ルークにも聞いてほしい」


 扉に手をかけて、今にも出ていこうとしていたルークが、扉から手を離して戻ってくる。そして、緊張した様子で椅子に腰掛けたので、わたしも姿勢を正す。

 ピンと張り詰めた空気の中、下を向いていたヴォルフの銀色の視線がわたし達の姿を捉える。


「今回は、二人に助けられた。俺だけだったら、きっと今頃モジュールにいただろう。

 ……本当に、感謝してる。ありがとう」

「良いって。僕だってああいうのには腹立ってたし」


 ひらひらと手を振りながら笑って返すルークは、大したことないように思っているみたいだけれど、警吏からは自分たちのところに欲しいと言われているくらいの見事な動きをしていた。実際にルークが警吏に説明に行った時には勧誘もされたらしい。笑顔でお断りをしてきたみたいだけれど。

 それに比べて、わたしが出来たことといえば崩れた壁を少し大きくしただけ。その時に作った傷はまだ治っていないから、手には包帯が蒔かれているし、何度か薬を塗るのは欠かせない。

 だからわたしはお礼を受け取れないような気がして答えられずにいると、ヴォルフがわたしの方だけを見た。


「俺は、オオカミ族だ。貴重な種族でこれからもたぶん狙われる。今回みたいに巻き込まれることだってあるだろう。

 それでも、俺と一緒にいてくれるだろうか。……セレネ」


 それは、久しぶりに聞いたわたしの名前。呼ばれなくなったのは祖父母がいなくなってからだったけれど、理由は分からなかった。それでも隣にいてくれるなら構わないと思っていたけれど、寂しくなかった訳ではない。

 たぶん、ヴォルフは自分に関わりのあると示すことで、わたしが狙われる危険から守っていてくれたのだろう。名前を急に呼ばなくなったのも、そっけない態度を取るようになったのも全部自分じゃなくてわたし達を守るため。

 そんな不器用な優しさを向けてくれるのに、どこか迷子のように視線を彷徨わせているヴォルフの姿がぼんやりと滲む。


「もちろんよ!」


 わたしはもちろん、ヴォルフの目の端にも光るものがあったのは、誰も指摘することはなかった。


これにて一区切りです!

小話を挟んで新章を開始する予定です。


評価・ブックマークありがとうございます!

なかなか伝えられずにいましたが、この場にてお礼を申し上げます!

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