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月と紡ぐ物語  作者: 柚みつ
闇夜に惑う

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29/61

13.

 月明かりもない、建物の灯りだって最低限まで落とされている。建物が壊れたといったってわたしが頭を突っ込めるかどうかくらいに壁が崩れただけだ。

 その中で、黒色を持っているヴォルフをはっきりと認識できたのはわたしの願望もあったのかもしれない。だけど、一度その姿を見てしまったらもうそうとしか思えず。


「ヴォルフ!」


 声に反応して、銀色が一瞬こちらを見たような気がする。

 風に乗って来る錆びた鉄のような匂い、それは、昔のことを思い起こさせるには十分すぎるほどに濃い匂い。

 温もりを失っていた祖父母の姿、今ではほとんど思い出すことのなかったその時の光景が頭の中によぎる。

 それを思い出してしまったから、事前にルークと話していたこととか、こうやって動こうと思っていたことなんて全て吹き飛んでしまった。

 ただ、ヴォルフの無事を確認したい、それだけで動いたわたしが隙間から投げ入れたのは小さなランタン。足元を淡く照らす程度の灯りだったけれど、暗い部屋の中ではそれなりに役目を果たせる光量だったようだ。


「……!」


 そうして、今まで見えなかったところが見えるようになったことで、部屋のなかの状況に息を飲んだ。名前を呼べば即座に答えてくれたのに、その時間すら惜しいと思うくらい気持ちだけが急いている。


「ルーク! お願い!」

「そのつもり、だよっ!」


 避けてねという声とほぼ同時に降ってきたのは、石をくりぬいて作ったような壺がたくさん。慌てて避けたけれど、さすがといえばいいのか。周りにヒトが近づけないように所構わず投げたように見せて、ルークはわたしに当たるようなところには投げていなかった。

 そのほとんどが、さっき崩れたところにぶつかっては甲高い音を立てて壊れていく。少し広がった崩れた壁、だけどまだ体を入れるほどまでにはならなくて。破片を拾ってガンガンと打ち込んでいく。わたしの力では、わずかにしか削れないとは分かっていたけれど、それでも少しでも早く自分が飛び込めるだけの大きさにしたい、思うのはそれだけ。


「何の騒ぎだ!?」


 建物から飛び出してきたのは、恰幅のいい男性。杖を持っているけれど、歩く補助に使っているわけではなさそうだ。その杖を振り回して、一緒に出て来た獣人に指示を出している。


「何のためにお前たちに大金を渡していると思っている!」


 手足を折りたたんでもなお、窮屈そうな檻。狭い部屋に隙間を埋めるように置かれたそれに空きはなく、どれを見ても獣人が閉じ込められている。

 その姿を見て、間に合ったのだと少しだけ安心したけれど、喜ぶのはこの場を無事に切り抜けられてからだ。

 後ろではルークがまだ注意を引き付けていてくれるけれど、そろそろ一人だと対応できない数が集い始めている。騒ぎを聞きつけたにしては集まるのが早いから、きっとこの後に獣人を運ぶために手を集めていたのだろう。


「クマ族か、あんまり相手にはしたくねえなあ」

「今回の中にいたか!?」


 クマ族は仲間意識が他の種族よりも強い、そう知っているからかルークがいるのは仲間を取り戻しに来たのだと思っているのだろう。それは間違いではない。ただ、クマ族ではなくて別の種族の仲間を助けに来ただけだ。


「いねえけど、ここで暴れられるのは勘弁だ!」


 背後で戦いが始まった音を聞きながらも、手を止めない。こちらに誰も向ってこないようにルークがあれだけ目立つように動いてくれているのだから、わたしだって出来ることをしなければ。

 幸いというか、わたしがいる場所はちょうど瓦礫の陰になっていて周りからは見えづらい位置だ。投げたランタンもまだ火が残っているから明るさも落ちていない。中の様子をちらちらと確認しながら手を動かしているけれど、部屋の中の獣人を移動させようとするヒトはまだ来ていないのは、外の騒ぎを落ち着かせる方に人手を割いているからなのだろうか。


 夜、通りの少ない場所にあるといっても、これだけ大きな音を立てていたらさすがに目立つ。低い音が鳴る木箱よりも派手に音が響く壺や陶器を多く投げていたルークは、それも狙っていたのかもしれない。


「連絡があったのはここか?」

「ちっ、もう警吏が来たか」


 杖を振り回していた男性が恨めしそうな声を上げた後、その体格からは想像も出来ないような速さで建物の中に消えていく。それを見て、ルークと対峙していた獣人たちも退却するようにじわじわと距離を開けていく。

 彼らを逃がしたら、また同じことの繰り返しだと分かっているけれど、今やらなければならないのはヴォルフを含めて、この部屋に捕まっている獣人たちを解放することだ。

 ルークからも深追いはしない、最優先はヴォルフを助ける事だと約束をしている。もちろん、他の獣人だっているだろうから助けられるに越したことはないけれど、どちらかを取らなければならないならば他の誰に恨まれようとヴォルフを選ぶ。そう決めてきた。


「君は、何をしているんだ」

「捕まっているヒトを助けに来たんです」


 こちらに近づいている足音には気づいていたけれど、振り向かずに答える。わたしの非力な腕では、さっきルークが作ってくれた穴をほんの僅かにしか広げられない。檻からヴォルフを助け出すどころか、手すら伸ばせない現実に視界が歪むが、それを拭う動きだってもったいない。

 目の前に、ヴォルフがいる。なのに、手が届かない。

 それっきり、答えることなく壁を削り続けるわたしの頭上で、小さなため息が聞こえた。ヒト族が獣人を助けようなんて自惚れもいいところだと呆れられただろうか。振りかぶって壁を削ろうとしたわたしの腕が、何か柔らかいもので包まれたと感じたのはその次。

 思ってもいなかった感触に、ゆるゆると首を上げると困ったような顔でこちらを見ている男性と目が合った。


「それでは効率が悪すぎる。場所を貸しなさい」

「セレちゃん! もう、こんな血だらけじゃないか!」


 走り寄って来たルークの額には、玉のような汗が浮かんでいる。手あたり次第に物を投げ飛ばした後、獣人の相手を任せっぱなしにしてしまったのだ、負担は相当なものだっただろう。

 ひったくるようにしてわたしの手を取ったルークにつられるように後ろに下がったので、警吏の男性が空いたスペースに滑り込む。


「これは酷い。各隊に伝令! 違法な取引をしている商人だ、手掛かりを見逃すな!」


 一目、部屋の状況を見た男性がいつの間にか後ろに控えていた別の警吏に指示を出す。それを受けてさっと走って行く背中を見送ってから、わたしと場所を代わった男性が壁に手をかけた。


「セレちゃん、大丈夫。彼はアナグマだから、こういうの得意だよ」

「そういう事だ。先ほどは手を取ってしまって申し訳ない」

「いえ! あの、ありがとうございます……!」


 頭を下げて見えたのは、思っていた以上にひどい状態のわたしの手。これを掴んで止めてくれたのならばむしろ、申し訳ないと言わなければならないのはこちらの方だ。

 水がないから、傷口を洗い流すことも出来ないとルークが丁寧に破片が入っていないかどうかを確認してくれている間に、アナグマ族だと紹介された警吏はどんどん壁を崩している。

 そうしてヒト一人は余裕で通れるくらいまであっという間に崩してしまった。


「手の空いている者はこちらへ! 一人ずつ運び出す!」

「ヴォルフは、僕が連れてくるよ」


 警吏に紛れて建物に入っていったルークを見ていようと思ったけれど、今度は女性の警吏に声をかけられてその姿を見ていることは出来なかった。

 どうやら、さっきの恰幅のいい男性は警吏も追っていた人物だったらしい。今までほとんど手がかりがなかったので、どんな小さいと思う事でも教えて欲しい、と言われた。

 そうは言われてもわたしが見たのはほんのちょっとだけ。それも、暗い中で砂埃も舞っていたから顔はあまり覚えていない。それでも構わないというので、男性の特徴などを話している間にルークが帰って来た。


「ルーク、その体勢はどうしたのかしら……?」

「横抱きは死んでも嫌だって言われたから」

「そう、なの」


 そこを気にするくらいの余裕があったと思うべきなのか、それとももっと気にすることはあるだろうと突っ込むべきなのか。

 ヴォルフを肩に担いで戻って来たルークがあっけらかんと告げたことに、それ以上どう返事を返していいのか分からなかったので口を閉ざす。

 ヴォルフをゆっくりと下ろす手つきはとても優しかったので、ルークなりにヴォルフの負担も考えての事だったのだろうと結論付けた。


「狭い檻の中で暴れたみたいでね、一度医者に診てもらった方がいいって」

「その方が良さそうね」

「ただ、目が覚めた時にセレちゃんがいた方が安心するだろうから、宿に呼んでもいいかな?」

「もちろんよ。宿は今日までしか取っていないけれど、日数伸ばせるかしら」

「大丈夫。さっきの警吏が話を通してくれるって」


 あの短い間にそこまで警吏と話をつけてくれたルークに、深く頭を下げる。わたしだけではそこまで考えが回らなかった。

 手足には鎖を巻かれていたのだろうか、赤く腫れていて血が滲んでいるし、首にも同じ跡が残っている。

 星を砕いたような銀色は固く閉ざされていて隠れてしまっているし、夜の闇を吸い込んだような髪の毛はかなり乱れている。

 それでも、小さく上下する胸がヴォルフが生きていることを教えてくれる。

 そっと握った手に感じた温もりに、ようやくわたしは息が出来たような気がした。


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