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月と紡ぐ物語  作者: 柚みつ
闇夜に惑う

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28/61

12.

 絡めた腕をそのままに、港沿いを歩いていると思っていた以上に倉庫が多い。運んできた物によっては日の光を当てない方がいい商品もあるらしく、窓を小さく作っている建物も少なくない。


「ねえ。ルークに出来ない事、ないの?」


 同じような事をついさっき聞いた。込めた気持ちは違うけれども。それはルークにも伝わったようで、同じように振り返ってくれたけれど、あの時と違って柔らかな笑顔のまま。

 今だってデートだという雰囲気を崩さないまま、たまたま倉庫から顔を出したヒトに、船に乗って働いてみたいのだと話を振って、あっという間にいろんな情報を引き出してしまった。おまけに、仕事が出来るようになったら紹介してくれるというおまけ付きで。


「出来ない事かあ……あんまり考えたことないなあ」

「今までで出来ないって思うような事がなかったってことかしら」

「まあ、そうとも言えるかな」


 言葉を濁しながら苦笑いに変えたけれど、ここではっきりと肯定されてもそうだろうなと言う感想しか抱かない。

 旅をしている時に食べ物を見つけてくるのはもちろんだけれど、町中でもルークと買い物に行くとおまけしてもらう回数は多かった。それは、わたしとヴォルフだけの時ではなかったことだ。

 祖父母とだって会話が出来るようになるまで時間のかかったヴォルフ。それなのにルークの名を呼び、冗談のような会話を交わしているのを初めて見た時には驚いたのを覚えている。


「そう思う事もないくらい、たくさん身に付けたことがあるのね」


 他にどんなことが出来るのかを聞きたいところではあるけれど、それは今度ゆっくり時間をもらおう。

 ルークが情報を手に入れてくれたのだから、今はヴォルフを探すことに集中しないと。同じような見た目の建物ばかりだし、明かりは最低限に落とされている。夜目の利かないわたしだけでは探し出すのに時間がかかってしまう。


「ルーク?」


 私と繋いでいない方の手で、口元を覆うように押さえて、顔を赤くしているルークを覗き込むように移動したら、焦ったように顔を逸らされてしまった。赤褐色の髪に隠れるような耳も忙しなく動いているから、感情を隠しきれないのは分かるのだけれど、それがどんな感情なのかまでは分からない。

 たっぷりと深呼吸をした後、こちらに向き直ったルークの顔から赤みは消えていた。ものすごく真剣な目をしていたから、次に何を言われるのだろうかと身構えてしまう。


「セレちゃん、終わったらたくさん話そう。いろいろ、教えるよ」

「そうね、楽しみに待っているわ」

「……絶対意味分かってない」


 こちらから、ルークがどうしてそんなにいろんなことが出来るのかを聞くのはちょっと気が引けていたので、話してくれるというのなら大歓迎だ。ぼそり、とルークが何かを呟いていたけれどわたしに聞こえる音量ではなかった。

 ゴホン、とわざとらしい咳払いの後に歩き始めたルークは、先ほどよりも少し警戒した様子で周りに視線を巡らせている。


「この辺りで、体格のいい獣人が荷物を運んでいるのを最近見かけるようになったっていう、さっきの話」

「聞いていたわよ。新人かと思ったから声を掛けたら断られたって」

「別にそれ自体はおかしくないと思うんだよね。ほら、体格のいい獣人って自分の力に自信あるのが多いから」


 今まで見て来た体格のいいと言われる種族の獣人は、確かに誰もが自信を持っていた。それは、自分の握力だけであったり態度にも表れていたりと違いはあったけれど。

 断られた、と話していたヒトもからからと笑っていたし、別にそこまで気にすることではないらしい。


「それじゃあ気になっているのは別の事?」

「そいつがヒト族と一緒に歩いてるっていうのがちょっとね」

「おかしいところがあるのかしら」

「力自慢なら、まずヒト族とは一緒にいないよ。自分だけで出来るって思ってる奴がほとんどだ」


 どう答えていいのか分からず、曖昧に笑うしかできない。ヴォルフもルークも、力の強い種族に当てはまるし、自分だけで一通りのことが出来るのはもうずっと見てきている。

 それなら、わたしと一緒にいるのは他のヒト達にとっては契約しているかと思われてもしょうがないだろう。意外なところでわたしに向けられていた視線の意味を理解したけれど、それが当たり前ならば、これからも一緒にいたいと願うならば慣れなければいけないところなのだろう。


「まあ、契約している場合もあるから確率としては五分五分、かな」

「手掛かりはないんだもの。引っかかったところは探しておいた方がいいわ。だけど、時間もあまり残っていないんでしょう?」


 いつもよりも早くベッドに入ったけれど、動き出したのはそれなりに時間が経ってから。ここに真っ直ぐに向かって来れたわけでもないし、何よりもわたし達にはどれだけ時間が残っているかが分からない。


「ヴォルフから聞いた話だと、おそらく今日の夜、寝静まったくらいで船が出る。そうなったらもう僕たちに出来ることは何もない」

「それなら、今荷物を積んでいる船を片っ端から……」

「そう思うでしょ。でもね、セレちゃん。僕らは港の関係者でもなんでもないから、下手したら警吏を呼ばれちゃう」


 慌てて駆け出そうとしたわたしの腕をぐっと引き留めたのは、繋いだままのルークの手。そうだ、腕を組んでいたのもデートしているように見せていたのも、声をかけて話を聞いたのだって。港をぶらついていても何も疑問を持たれないようにするためだったのに。

 わたしの頭が冷えたことが分かったのか、にっこりと笑ったルークが歩き始めた。その歩みは、合わせてくれていた先ほどまでよりも少しだけ、速い。それだけでルークも急いでいるのだという事が分かった。


「あくまで僕たちは船の仕事に憧れていて、見に来ているように振る舞わなくちゃならないんだ。ヴォルフ、助けたいでしょ」

「もちろんよ。ありがとう、ルーク。わたしだけだとそこまで考えられなかったわ」

「これくらい、お安い御用だよ」


 急ぎ足で、だけど何かおかしなところがないかを見落とさないように視線はあちこちに彷徨わせて。ルークがにこにことしているので、わたしも笑顔を貼りつける。時々すれ違うヒトからは、微笑ましい視線を送られたので、どうやらルークの思惑通りに見えているようだ。


「おや、迷子かな」

「こんばんわ」

「デートコースにしては少々風変わりではないかね?」


 ある一角、ヒトも少ないそこに立っていたのは、すらりとした体躯の男性。明かりのない夜でも分かる仕立ての良いスーツに身を包んでいて、目を細めてわたし達の事を見つめている。


「あ、わたしがお願いしたんです。彼、今度この港で働くつもりだから一度見ておきたくて」

「なるほど、慎重な彼女(ヒト族)らしい。だが、今日は月無き夜。あまり長居をするのはお勧めしない」

「ええ、もう帰ろうと思っていたの。ご親切にありがとう」


 ペコリと頭を下げたわたしに倣ったルークと共に、その場を後にする。背中に何かが突き刺さるようなものは感じていたけれど、振り返ることはしなかった。


「セレちゃん、やるときはやるよね」

「そうよ。ヴォルフがいなかったら一人でリュムを回る予定だったんだから」


 ちょっとだけ胸を張ってみたけれど、ルークには苦笑で返された。今までの旅を見て来ていたら、一人でリュムを巡るというのがどれだけ無謀なのかと思われているのだろう。

 最初からヴォルフが一緒に来てくれていたから、あまり出番はなかったけれどわたしだって祖父母から、これくらいは出来るように鍛えられている。

 そうして仕込まれたもののひとつ、それがヒトを見る目なのだけれど。


「ルーク、たぶんあのヒトは関係あるわよ」

「うーん、やっぱりそう思う?」

「問題はどうやってあのヒトを避けるかってところなのよね」

「当たってみようか。手がかり見つからないし、時間もない」


 ルークは乗ってくれたけれど、わたし達の事を上手く遠ざけた男性を、あの場所から引き離す手段が思いつかない。もう一度姿を見せたところで、今度は警戒されるだけだ。それなら、あそこに男性がいるという事を活かせるような理由をつけるならどうだろうか。それでも、簡単には思いつかない。隣で頭を抱えていたルークが、何かを思いついたように表情を変える。


「ねえ、セレちゃん。ちょっと協力してね?」




 *



「良かった! まだいてくれた!」


 バタバタと派手な足音を立てて、さっき声をかけてくれた男性のもとに走って行く。時々何かを気にするように後ろを振り向いているわたしの様子に、男性の表情がわずかに変わる。


「先ほどのお嬢さんではないですか。どうしたのです」

「実はあの後、彼と意見が食い違ってしまって」


 覚えていてくれたことに思わず笑みを浮かびかけて、それをきゅっと口を引き結ぶことでこらえる。彼が逆上してしまったから、どこかヒトのいる場所を探していたのだと整わない息の合間に告げれば、今度こそ男性の顔色が変わった。

 細く長い尻尾、三角の耳は戸惑っているのかゆらゆらと小刻みに揺れている。


「見つけた! まだ話は終わってない!」

「もう終わったわよ!」


 追いかけて来たルークも息を切らしている。しかも、さっきまでの穏やかな表情が一転して眉を吊り上げているのだから、その変化にも驚くだろう。


「まだだって、言ってるだろう!」


 これが、ルークの思いついた策。

 ヒト族と獣人が付き合っていて、問題になるのが価値観の違いだそうだ。それで口論になったり、時には警吏を呼ばないといけない規模まで発展するのだと。

 それを利用して、わたしたちが喧嘩をしたように見せて、騒ぎを起こせばヒトを集めることが出来るだろうと。

 正直、半信半疑だったのだけれど思っていた以上にルークの叫び声が真に迫っていて、思わず本気で助けを求めるように男性に走り寄ってしまったのだけれど。

 この前の冷たい視線といい今回といい、ルークには役者の素質があるのかもしれない。


 ルークの投げた木箱が、近くの積み荷を崩しながら派手な音を立てる。倉庫代わりにしている建物が近いからか、荷物を運ぶために用意してあったであろう木箱や樽などがたくさん置いてあるので、投げるものは十分にある。

 ルークの事だから、壊しても問題なさそうな木箱などを選んでいるとは思うのだけれど、これでヴォルフに関係なかったらただ暴れて壊しただけなので、しっかり弁償はしようと決めて。


「おい、騒がしいぞ」

「お前が見張りについててどうして……!」

「お願い、彼が暴れていて手が付けられないの!」


 建物から誰かが出て来たのを確認して、縋るようにそのヒトに近づいていく。暴れているように見せて、冷静なルークがそのタイミングを見逃すはずもなく、ヒトが出て来た方向に向かって思い切り何かを投げつけている。


「やばい! あいつを止めろ!」


 慌てて避けると、建物に大きな穴が開いていた。本当に、これで関係なかったらきっちり弁償しないとと思いながら作ってくれた穴から建物を覗き込む。

 灯りもない建物の中、周りも暗いのに、わたしの目には、よく馴染んだ黒色が飛び込んできた。



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