11.
宣言通り、ルークはわたしの事をまるでお姫様のように守ってくれた。ヴォルフから聞いていた目星をつけていた場所に向かうまででも、何回か声をかけられたり絡まれたりしたけれど、そのどれにも私が口も手も出すことなく、片付けていく。
「ねえ、ルークはやっぱり一人でも問題なかったんじゃないかしら」
船は昼夜関係なく停泊しているからか、夜に出歩いているヒトは今まで見てきたどの町よりも多い。だからといって治安が悪いというわけでもないのだけれど、お酒を飲んでいるのか、気が大きくなっている様子を見せるヒトは少なくない。
ただ絡まれているだけなのか、そうと見せかけてわたし達を狙ってきているのか判断がつかなかったけれど、ルークはお酒を飲んでいるヒト達は穏便に、攻撃を仕掛けようとしているヒトには容赦のない一撃をお見舞いしていた。
わたしがここまでに出来たことと言えば、乾燥させたキノコの粉末をばらまいたあの一回だけだ。
「まあ一通りは出来るけどねえ」
「だったら」
「でもね、一人だとこうやってお話は出来ないんだよ」
そう言ったルークの表情は、笑っているのになぜだか泣きそうに見えて思わずぎゅっと手を握ってしまった。一瞬だけ驚いたように目を見開いたけれど、その後すぐにふにゃりと目元を緩ませる。
さっきの顔よりも、今の笑顔の方がずっと素敵だとルークに伝えたくて、繋いだ手はそのまま歩き出す。月明かりはないけれど、隣にいてくれるならきっと道には迷わないだろう。
「さて、と。ヴォルフはこの辺りだろうって言ってたんだけど……」
「本当に、この辺り?」
あらかじめ町を歩き回っていたのは、自分の姿を相手に知らせるためだけではなくて、隠せるような場所がないかどうかを探していたのもあったらしい。わたしは全然気づかなかったのだけど、二人は町の裏道や使っていなさそうな建物、そういった所を見てはある程度の目星をつけていたそうだ。
そうして見つけていた場所に、連れてきてもらったわけなのだけど。
「どう見てもただのお店、よね」
港に近い立地というだけで、どこかおかしい箇所がある感じもない、よく言えば素朴な、言葉を選ばないのならば何の変哲もない外観のお店。窓はあるけれど、扉は閉まっているので何を取り扱っているお店なのか分からないけれど、看板はかかっていた。
この大陸では、文字の読めないヒトは半分くらい。そういう時に役立つのは、お店に掲げる看板だ。小さな町ならお店が一つしかなかったり露店だけだったりするから、ないところもあるけれど、デーナくらい大きな町ならお店はたくさんある。
武器、防具、生活雑貨、それぞれに特徴のある看板を掲げては自分の店が何を取り扱っているのか誰でも分かるようにして、売り上げに繋げているのだ。
そして、この店はぐるりと円を描く葉っぱを掲げている。これは扱っている物と時間を示しているので、ここならお酒、そして一日中空けていると示している看板だ。夜に開けているお店もあると知ってはいたけれど、本物を見るのは初めてだ。
「だよねえ。ちょっと聞いてみようか」
ここで待ってて、なんて言い残してルークはサッと扉をくぐっていく。カランと軽やかなベルの音の後に、いらっしゃいなんて快活な声が聞こえてきた。
それからたぶん二言三言、短い会話を交わしてきたのだろうくらいの時間だけでルークはすぐに帰って来た。木のカップを二つ、手元で湯気を上げているそれをわたしに一つ差し出してくる。
「夜に働くヒトのために開けてるんだって。すぐ後ろが港だし、この辺りはほぼそうだって」
「それなら、この辺りでお店が集まっている場所ではないわよね。どんなに隠そうとしてもヒトの目があるもの」
柑橘系の爽やかでいい香りがするけれど、まだちょっと熱い中身に、ふうふうと息を吹きかけてからちょっとずつ口に含む。思っていたよりも酸味はきつくなく、どちらかといえば甘めなのに口の中に残ることなくするっと飲める軽さがあった。
店の前にあったベンチに腰掛け、ルークが手に入れてきた情報をもとに、考えを纏めていく。
「ヒトの少なそうな場所で、ある程度の広さがあるか……」
「この町は夜も明るいし、どこもヒトがいるわよね」
「だよねえ、どうにもならなくなったら匂いを辿るしかないかな」
獣人を商品として取り扱っているならそれなりに広さがないと置いておけないという事で、ある程度の規模があることを探す条件としている。狭いところに押し込めている場合もあるだろうけれど、一度にたくさん運んだ方が効率もいいし、船もある港町ならそっちの方が確率が高いという話だった。
「ルークも匂い辿れるのね」
「種族にもよるけどね。これだけたくさんヒトがいると難しいんだけど」
今も匂いを辿ってみているみたいだけど、どうにもうまくいってなさそうだ。
例えば、わたしが誰にも知られたくないものを運ぶとしたら、どうするだろうか。それを船で運ぶと分かっているなら、出来るだけ運搬にかける時間は短い方がいい。その方が手間も短縮できるし、何より運んでいるところを誰かに見られる、という事を避けられるはずだ。
「ねえ、港って船がないときはどうしているのかしら」
「どうしているかって……ああ、それはあるかもね」
奴隷はないわけではないし、契約を交わしているといっても報酬は金銭であることが多いから、違いはないように見えるけれどヒトの売買は禁止されている。
契約を交わしていると言われればそれまでなので、この辺の取り締まりはなかなか難しいから、あまり踏み込んだ調査も出来ないとは聞いているけれど、それでも警吏に目をつけられるような真似はしないはずだ。
捕まえたヒトが自分から船に乗るのなら誰からも咎められないけれど、意識がなかったり、怪我をしたヒトが荷物のように船に運ばれていくのを、見られたとしたら。
「港沿いに歩いてみようか」
「そうしましょう」
カップをお店に返すために立ち上がると、ルークの肩がいつもよりも近い位置にあることに気がついた。獣人に比べたら夜目が利かないわたしのために近づいてくれたのだろうと思っていたのだけど、店員さんやすれ違うヒトの視線が先ほどまでと違う。
そうか、ただ歩いているだけよりも恋仲だと思ってもらった方がデートと言えるのか。それなら海沿いを歩いていたり、あまりヒトのいないところに行っていたとしても不自然ではない。そういう考えはすぐに浮かんだのだけれど。
残念なことがあるのならば、わたしには生憎とそういった方面の経験値がまるでないから、どのような表情をして、どんな態度を取ればいいのかがまるで分らないということだろう。
「セレちゃん、緊張してる?」
「そんな事ないわ、と言いたいところだけれど。ごめんなさい、あまり経験がなくて」
あまりどころか、あの町にいた頃は手を繋いでいたのは祖父母だけだから経験はあると言えるはずもない。小さい頃に、迷子にならないよう手を引いてくれていたいろんなヒトはいたけれど。
ルークが当たり前のように添えてくれた腕、掴んでいるわたしの体の震えはそのまま伝わっているだろう。
「謝る事じゃないよ。僕こそごめんね?」
「どうしてルークが謝るのかしら」
「守るって言ったのに、怖いところも見せちゃってるし。今だってすぐにヴォルフの場所に行けてないでしょ」
しょんぼりとした様子を見せるルークに、わたしは掴んでいる腕にぐっと力を籠めた。緊張はしている、この先たぶんヴォルフを狙っていたヒトと戦わなくてはならない。不安はたくさんあるけれど、それでも動くと決めたのは、わたしだ。
「セレちゃん?」
「やっぱりルークが謝ることはないわ」
わたしが走りだせば、腕を組んだままのルークが引っ張られるようにして着いてくる。いきなりそんな行動をしたわたしのことを、目を丸くしている表情がいつもと変わらないように見えて、少しだけ安心した。
「行きましょう。ヴォルフを迎えに」
「……そうだね」
隣に並んでくれた時には、もう体は震えなかった。




