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月と紡ぐ物語  作者: 柚みつ
闇夜に惑う

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26/61

10.

ヴォルフ視点

「ほらよっと。大人しくしておけよ」


 指示を出していたトラが部屋を出たあとに、何発かは殴られるだろうと思っていたが、支払いの肩代わり、という言葉の威力はなかなかだったようだ。

 手は出されなかったが、俺にもライオンを倒してからこの倉庫を出るような体力も残っていない。首輪も少しだけ食い込むように、わざと小さいサイズを使っているのだろう。さっきから呼吸をしているのにずっと息苦しさが続いている。

 結局、用意してあった鎖が後ろに回された腕と揃えられた足を拘束するのに抵抗も出来ず、ただされるがまま転がっていただけだ。


「しかし、こんな抵抗も出来ない奴を今まで追っていたなんてな。俺もそろそろ見切りをつけるか、な!」

「ぐっ!」


 自分では動くことの出来なくなった俺を連れてきたライオンは、固く握った拳を腹に思い切り打ち込んできた。予見も防御も出来なかった一撃に、耐えきれずその場に崩れ落ちる。


「げほ、げほっ……!」


 咳込んでいたら、そのまま前髪を掴まれて無理矢理に顔を上げさせられる。初めて、ライオンの顔を間近で見たが浮かんでいたのは愉悦の表情ではなく、なにかを堪えるようなもの。


「俺はノイシュってんだ。ま、縁があればまた会うだろうよ」


 首元のフードを引っ張られて、奥にあった檻に押し込まれる。背中を丸め、足も曲げていないと収まらない程、小さな檻。体調が万全であればどうにか壊せるのかもしれないが、手足には鎖がぐるりと巻かれている。首から上は自由に動くが、そこまでの高さはないので、俯いた状態でいるしかない。そんな体勢を強いられていながら、檻を壊して脱出するのは難しいだろう。

 部屋を出る時にはただ笑顔が浮かんでいたので、さっきの一瞬の表情は痛みに浮かされて見間違えたのだろうか。そう思いながら、どうにか体に負担の少なそうな体勢を見つけて荒い呼吸を繰り返していると、気遣わしげな声が聞こえてきた。


「あ、あの……大丈夫ですか……」

「お前は」

「昨日、連れてこられたリス族、です。あなたの後ろの檻、にいます」


 視線を巡らせてみても、声の主の姿が見つけられなかったのは、俺の背後にいるからか。首を回そうにも、狭い檻の中ではそんなことが出来る余裕もない。


「それで、何の用だ」

「あたしたち、これから船に乗せられて売られるんです。モジュールの、闇オークションで」


 獣人だらけのイシュバーンに行ったところで商品にはならないだろうから、連れていかれるのならば、そこだろうとは見当がついていた。

 だが、これから船が出るというのならば、そこまで時間の猶予はないだろう。リーダーの情報を少しでも集められればと思ってたが、この状況だと、自分が脱出できるかどうかも怪しい。


「抵抗なんて、しない方がいいですよ。自分が辛くなるだけですから」


 表情は見えないが、諦めたような声色なのはよく分かる。狭い視界に映る他の檻の中に入れられている連中が、その言葉を聞いても何の反応も示さないのは同じことを思っているからか、それともすでに抵抗していて、この状態なのか。

 言われるままここで何もせずにいるならば、船に荷物のように積まれモジュールへと運ばれてしまう。これからと言うのならばまだ多少なりとも時間は残っているし、やれる事はある。すべての手を尽くすまで、諦めるわけにはいかない。


「ほう、オオカミが手に入ったか」

「ご主人様の望んでいた種族ですよ」

「ああ、ああ。そうだとも。ずっと探し求めていたのだよ」


 芝居がかった口調、大袈裟な所作、自分が舞台役者にでもなったつもりなのか部屋に入って来たヒト族の男は、わざとらしい態度で俺の傍に近づいてきた。

 丸々とした体格を表すかのように、ドスドスと大きな足音を立てていても、動きはそこまで緩慢なわけではない。杖をついてはいるが、足の動きにおかしなところはないからあれは見目をよくするためか、それとも武器の代わりか。ここから見ただけではどちらとも判断がつかない。


「綺麗な黒色だ。かけた手間賃を回収しても、釣りがくるな」


 月明かりのない夜、窓から入ってくる光がないので男は手にランタンを持っている。トラはただ目を細めているだけなので、夜目は利くのだろう。向こうがずっと俺の方を見つめているのは感じているが、それに合わせてやる義理もないのでその姿を確認してからは顔を背けたままだ。

 自由のないなかで出来る、ささやかな抵抗。それを見ても男はただ面白そうに小さな笑いをこぼすだけ。


「おそらく、これまでのなかでも高額の取引になるでしょう」

「そうなってもらわないと、な」


 声色が変わったので何かと思って男を見れば、先ほどまでの作ったような表情から一転、その顔に浮かんでいるのは何かを企んでいるような笑顔。そして、黒い感情を隠そうとせずに俺の事を見下す視線。


「所詮、獣人など我らにとってただの金づるよ。そうでなければ誰がお前らなどに関わるか」


 吐き捨てるように告げられたのは、男の本音だろう。後ろに控えているトラが一瞬だけピクリと反応を示したけれど、男は気付くことなく言葉を続ける。


「モジュールの物好きたちはな、いくらでも金を積むんだよ。これほどに割のいい商売は他にないだろう!」


 杖を投げ捨てて両腕を広げ、高笑いを部屋中に響かせている男の様子に今度こそトラが隠すことなく表情を歪めたが口を開くことはしない。

 つかつかと早足で寄って来た男が、檻を蹴り上げる。それは俺に当たるわけではないが、狭い中に押し込められている今の状況では、僅かな金属音でも頭の中に鳴り響くような錯覚を覚えてしまう。


「前のオオカミは良い額で売れたからな。お前はいくらになるだろうな」


 時が、止まったような気がした。先ほどまで頭の中で鳴り響いていた金属音も、目の前で口を動かしている男の声も、何も届かない。

 ただ、俺の中に残るのは前のオオカミ、その一言だけ。


「そいつが、どうなったのかは知っているのか……?」


 声が震えているのが分かる。それと同時に、段々戻ってきた音。自分の早く浅い呼吸音が耳障りだ。


「知ってどうするというのだ。ああ、ただ売った相手は痛めつけた相手の表情を見て興奮するそうだからな。どうなっているのかなんて想像がつくだろう?」


 分かってはいた、つもりだった。モジュールに連れていかれた獣人の扱いなんて良くて奴隷、だいたいは抵抗できないようにされたうえで道具よりも酷く使われて、体や精神が壊れれば捨てられる。

 そう聞いていても、どこかで良き隣人としての関係を築くことが出来るのかもしれないと、期待していた。


「死んだのなら、また儂の商品が売れる。ただそれだけだ。お前も、そんな場所が好みか?」


 それ以上、言葉を聞いていたくなかった。体から湧き上がる感情のまま、思いを吐き出すように吼える。

 自分の叫びで檻が、部屋が揺れる。それだけではこの感情を抑えることが出来ずに手足を振り回す。動かせる範囲のどこにも檻があるので、それはただ自分を痛めつけるだけになるが、辺り構わずガンガンと金属音が鳴っているこの状況に初めて男が焦りを見せた。


「おいっ! あいつを静かにさせろ!」


 自分では近づくことが出来ないのだろう。ずっと控えたままのトラに何かを手渡し、自分はこわばらせた顔を隠すことなく部屋を飛び出していった。


「おいおい、仕事増やすなよ」

「何が仕事だ……! あのヒトはっ!」

「ま、関わりあるとは思ってたけどな」


 あの男は知らなかったかもしれないが、獣人だって一度もすれ違うことなく一生を終えるくらいだと言われているオオカミ族。獣人からしたら、関わりがないとは考えられないだろう。だからこそ、トラは俺の激昂を見ても取り乱さなかった。


「悪いがこっちもいろんなもん背負ってるんでね」


 檻の外から、トラの手が俺の顔を掴む。強制的に開かれた口に、何かが流れてくる。顎を掴まれているうえに、口には何かが突っ込まれたまま。滑り落ちて来た液体はそのまま喉を通っていってしまう。

 俺の喉が上下したのを確認してから、ようやくトラの手が離れた。何を飲まされたのかは分からないが、吐き出そうとしてもそう、上手くいくはずもなく。


「何、を飲ませた……!」

「暴れるようなら使えって言われてた薬だよ。すぐに効くって聞いてるんだけどな」


 様子を観察するように、一歩下がったトラの姿がぐにゃりと歪む。さっき飲まされた薬、が通ったところから体がどんどんと冷えていくのが分かった。


「お、効いてるな。そのまま大人しくしておけって」


 トラの言葉は、最後まで聞き取れなかった。体が冷たくなるのと一緒に、視界が暗くなっていき、あっという間に意識を保っていられなくなった。



 どれだけの時間、そうしていたのだろうか。怒号や何かがぶつかって壊れるような音、明らかに今までとは違う音が耳に届く。

 薬の影響か、はっきりとしない意識とぼんやりする視界。まだ暗く、夜が明けた様子ではないのでそこまで長い時間意識を失っていたわけではなさそうだ、と時間を把握できるものがないかと視線を動かす。

 そこで、俺の目が捉えたのはあるはずのない月の色――セレネの姿だった。

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