6.
宿屋に泊まっているから、寝ずの番は必要のないはずなのにルークとヴォルフはなかなかベッドに入ろうとしなかった。
デーナに来てから変わった態度に、フードを被っていたけれど行きたがらなかった町に自分から行くと言い出したこと。それに、今日はわざわざヒトの多いところを選んで歩いていたような気がする。
どれもこれも、必要なのだろうという事は聞いている。だけど、その理由はまだ教えてくれないまま。ならば今日か明日にでもきっと二人は行動を起こすだろう、そう思っていたからこそ起きていようと決めたのにやけに笑顔のルークと、遠回しな言葉を選びながらも寝るように勧めてきたヴォルフ。
元々夜に弱いわたしは、あっという間に寝入ってしまった。
「ん、あれ……?」
いつもよりも早い時間にベッドに入ったからか、朝を迎える前に目を覚ました。部屋は暗くなっていたし、窓からもまだ日の光は入って来ない。当然、外を見ても空には星が瞬いている。
そんな時間だから、もちろんいるだろうと思ってわたしが寝る前には皺ひとつなかったベッドに視線を巡らせる。
月明かりのない夜だから、目を凝らさないと見えないけれどベッドが一つ膨らんでいるのはすぐに分かった。
それなら、と隣にあるベッドを見ても布団を使った感じがしない。何かおかしいと思った時にはもう体は動いていた。
「ルーク、起きて。ルーク」
「ふふ、木の実たくさん……」
膨らんでいたのは、ルークが布団を被って寝ていたからで、そっと覗き込んだ顔はとても幸せそうな表情だった。少しだけはみ出ていた肩をとんとん、と軽く叩いてみたけれど返って来たのはなんとも力の抜ける寝言だけだった。
この場にヴォルフがいるのならばそれはただ微笑ましいだけなのだけど、今その姿はない。わたしが寝てしまった後の事を知っているのは、ルークだけだ。きっと幸せな夢を見ているだろうから申し訳ないけれど、今度は少しだけ大きな声と、ぎゅっと握った拳に力を入れた。
「ルーク!」
「ふあ!?」
慌てて布団を捲り上げて、声の主を探そうときょろきょろ視線を彷徨わせるルークに分かるように、こっちだ、と声をかける。
「起こしてごめんなさい。ねえ、ヴォルフがいないの。どこに行ったか聞いていない?」
足元の空いているスペースに腰掛けて、ルークと視線を合わせようとすると、するりと逸らされる。
ルークが意味もなくわたしの視線から逃れることは今までなかったので、その態度だけで知っていると言っているようなものなのだけど、言葉になる事はない。
何度か攻防を繰り返していると、諦めたのか深く溜め息を吐いてからくるりと体の向きを変えてわたしと向き合った。
「聞いているかどうか、なら聞いてるよ」
「それなら!」
「セレちゃんは、行ってどうするつもり?」
「……え?」
それは、ここ何日かでよく聞いていた冷たい声。そして、問われているのも最近わたしの中を巡っているまだ答えの出ていないこと。
ヴォルフが狙われている事は聞いている。デーナでの二人の行動も、そこに関係しているだろうこと。それを聞いても、わたしが出来る事なんて何も知らない顔でヴォルフと接するくらいしかなくて。
「前に話したよね、ヴォルフが狙われてるって」
だから、ルークがそうやって話を振ってくるのも当然だと思う。わたしに注意をさせるだけではなくて、間接的に、ヴォルフを狙っているヒトにとってわたしは弱点になり得ると伝えてくれていたのだから。
だからといってわたしが行動を変えると怪しまれてしまうから、ルークが矢面に立つように町に入ってからずっと高圧的な態度を取ってくれていたのだろう。わたしが、獣人に従っているように見えるように。
「昼間、目立つように町中を歩き回っていたのも気づいてもらう為だったんだよ。ヴォルフがいないのはそいつらのところに行ってるから」
「そいつらのところって、危ないんでしょう!?」
ヴォルフが強い事は知っている。あの町にいるときだって、揉め事がなかったわけではない。特に祖父母がいなくなってからは、どこからそれを聞きつけたか痛い目を見たというヒトがやってきたこともあったから。それはアロンズさん含めて、あの町にいた大人たちが対処してくれたし、わたしの作った罠も多少なりとも役に立った。
怪我ひとつすることなく退けているのを何度も見ているし、この道中でも間近で見てきた。
ヴォルフの実力は今更疑う余地もないけれど、それでもこの町の事は知らないはずだ。地の利は相手側にある。
「それで、ただのヒト族で非力なセレちゃんはそんなところに行って、どうするつもりかなって」
これは、獣人が長年悩まされてきた問題なのだろう。わたしでは、何の力にもなれないのは分かっている。ルークに言われるまでもない。わたしは、ちょっと護身術をかじっている程度でしかないし、力だって弱い。こういった時に上手く頭が回る程の場数を踏んでいるわけでも、コレクターと対峙したときに口で丸め込めるような交渉が出来るわけでもない。
だけど、だけど。
「何が出来るかなんて分からないわ。役に立てるとも言えない。
だけど、ヴォルフがそこにいるならわたしは行く。それがどれだけ無謀な事だと言われようとも、この気持ちは変わらない」
改めて、真っすぐとルークの瞳を見つめる。オレンジの混じった夕焼け色の瞳はただわたしの事を見つめていたけれど、今度は逸らされることはなかった。
「あーあ、それだけ言われちゃったらしょうがないよねえ」
「ルーク?」
布団をばさりと跳ね除けて、ルークがググっと伸びをした。そのまま体を解すように肩を回したり、屈伸したりしている様子をぼんやりと眺めてしまう。そうして、肩越しにぽかんとしているわたしの姿を確認したと思ったら、隠すそぶりも見せないままにさっきよりも大袈裟に息を吐いた。
「これで本人無意識なんだもんなあ、妬く気も起きないよ」
「ねえ、ルークどうしたの?」
「ううん、こっちの話。それじゃあ、ヴォルフの事追いかけようか」
「ありがとう!」
ぼそぼそと呟いていたことは聞こえなかったから、聞き直したら綺麗な笑顔で躱された。
一緒に動いてくれることにお礼を言ったけれど、はたと自分の姿を思い返して上着を一枚羽織る。ヴォルフが出て行ってからどれくらいの時間が経っているのかは分からないけれど、追いかけよう、というくらいなのだからきっとルークは、時間も場所も把握しているのだろう。
わたしが身支度を整えるのを急かすこともなく、のんびりとした様子で自分の持ち物を確認しているから、ある程度はヴォルフと打ち合わせをしていたのかもしれない。
「僕が残っていたのはね、セレちゃんを狙ってきたときの護衛なんだよ」
宿屋を出てすぐ、伝えられたその言葉にはやはり、という感想しか浮かばなかった。黙っててごめんと言われたけれども、それを言うのなら自分の身を守るのに心許ない実力しかないわたしの方だろう。
「ヴォルフの事を欲しがっているコレクターはね、手段を選ばない。ヴォルフは自分だけが行けば巻き込まないと思っていたようだけど」
「そう甘くはないって事ね」
デーナは大きな町だ。港もあるから、夜でも町は活気に溢れているし、ヒトの往来もある。
大きな町だからこそ、目の届かないところはどうやっても出てくる。例えば、船の荷を保管しておくための倉庫。ヴォルフを狙っているのも、きっとその辺りを隠れ蓑にしているのだろう、とルークと共に派手な音を立てながら向かってみれば案の定。
自衛というには物騒な武器を構えた獣人と、ヒト族。
「ここは関係者以外、立ち入り禁止ですよ」
「道に迷ったなら案内してやろうか?」
「そうだねえ、それなら僕らの仲間のところに案内してもらおうか、なっ!」
にやにやと下種な笑いを浮かべていたヒト達の表情が、一瞬にして凍り付く。死角から太い棒を振りかぶっていたイヌ耳の青年を、ルークが拳ひとつで沈めたからだろう。それが合図になったかのように、わたしとルークを取り囲んでいたヒト達が次々と武器を持つ手に力を込めた。
「やれ!」
「うおおおお!!」
暗い中で、黒い服を着ているヒト達は見づらいけれど、ルークは的確に拳を当てていく。大立ち回りをしているのに、野次馬が集まらないのはこの辺りはすでにヒトが寄ってこないようにしてあったのかもしれない。
それなら、わたしが持っている薬も周りの事を考えずに使えるから、こっちには好都合だ。
「ルーク!」
もちろん、これはわたしにもルークにも効果が出る。食べると体が痺れるキノコを乾燥させて粉末にしたものだから、風上にいれば影響はないはずだ。ルークと事前に相談していたのは、わたしの護身術程度だと相手にはただのお遊戯レベルだろうから、この町に来てから植えつけていた獣人に従っている非力なヒト族、そのイメージをうまく利用できないいだろうか、と。
罠や薬の知識はおばあちゃんから教わっている。ヒト族よりも獣人の方が敏感だから、気づかれてしまう可能性も高いけれどそれでもないよりはましだろう。
わたしの声に反応したルークが位置を変えたことで、警戒をしたけれど目に見えるものではないので、その場に留まってこっちの出方を伺っている。そのわずかな時間でも、多少薬を吸ったのならば効果はじきに出る。
「お前ら、退け! 薬だ!」
「わあ、気づくの早かったね。だけど、もう遅いよ」
わたしの目から見たら、少しだけ動きが鈍くなった獣人たち。だけどルークには十分な効果だったようだ。薙ぐように振りぬかれた剣は、難なく躱されてあっという間に背後に回って背中に強烈な一撃を加えている。
そのまま足払いをして体勢を崩し、地に沈めるまでの時間は、本当に僅か。流れるような戦いに、わたしは手を出せるはずもなく。結局、四人を相手取ったルークは少しだけ服を切ったけれど血を流すことなくその場を鎮めてしまった。
キノコを粉にした薬はまだたくさんあったので、念のために転がって呻いているだけの四人にもう一度振りかけておく。
「たぶんこうなるだろうなって思っていたけど、ここまで想像通りだと笑えるよね。セレちゃん、怪我はない?」
「ええ、ルークが守ってくれているんだもの」
鮮やか、と言っていいものなのか分からないけれど、それ以外の言葉が見つからないくらいにルークの戦い方はすごかった。わたしの力なんてなくても、ルークは苦も無く戦い抜けただろう。
パタパタと軽い足音を立ててわたしに駆け寄ってきたルークが、怪我がない事を確認するように体をペタペタと触って、安心したように微笑んだ。
「うん。絶対に守るから」




