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月と紡ぐ物語  作者: 柚みつ
闇夜に惑う

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20/61

4.

「さあ、今日は沖まで行って新鮮な魚介を手に入れたよ! 寄ってってくれ!」

「お客さん、運がいいねえ。これは昨日仕入れたばかりの傷薬さ」

「ほら、見ていきな」

「なんだあ、あれは。美味そうな匂いじゃねえか!」


 ざわざわ、そんな言葉じゃ足りないくらいの賑わいを見せるのは、リュム最大の港町、デーナ。

 わたしが立ち寄って食料を調達していたのもここだけど、町の外れにある小さなお店で事足りていたから、こんなにヒトがたくさんいるところをみるのは初めてだ。

 造りや取り扱っている物に違いはあるけれども、どこもたくさんの商品を並べては、道行くヒトを呼び込む威勢のいい声を上げている。

 いろんな種族、いろんな恰好をしたヒト達が歩いているこの通りは、見ているだけで一日終わってしまいそうだ。


「セレちゃん見てこれー! すごい色!」

「ルーク、それは、なに?」


 辺りの熱気に刺激されたのか、最近ではあまり聞かなかったルークのはしゃぐ声に振り向いてみたら、手に持っていたのはアロンズおじさんの羽根にも負けないくらい色鮮やかな丸い何か。

 思わず引き攣った声を上げてしまったけれど、そんな事を気にもせずにルークはケラケラと笑っている。


「これね、海沿いでしか育たない果物だって。後で食べようね」

「え、それ食べ物なの……ってルーク!」


 いつもよりも楽しそうに笑いながら歩いているルークの姿は、露天商を大いに刺激するものだったようだ。少し行くだけであっちからもこっちからも声がかかる。全部とはいかないけれど、ある程度の声かけに誘われるままに露店を覗いていたらあっという間に両手は塞がってしまった。まだ余裕がありそうなルークは、先の店で白くて長い耳をピコピコ揺らしている男性と話し込んでいるから、もう少し荷物は増えそうだ。

 後ろで控えているヴォルフは、わたし達の誰よりも持っている物は少ない。店員さんが積極的に声をかけようとしていない、というのもあるのだと思う。時々わたしの腕からこぼれ落ちそうになる物を何個か、持っているだけ。


「たくさん交換してもらえたね」


 お金で買ったものもあれば、わたしが作った傷薬やルークの集めていた薬草などと交換したものもある。お金でのやり取りがほとんどだけど、今でも物々交換の習慣は残っている。わたしが作った傷薬はどちらかと言えば物々交換の方が取り扱いやすかったりする。知らないところで買い取ってもらうなら効能を調べてもらわないといけないし、何よりその代金を出してもいいと思える信用を手に入れるところから始めなければならない。

 ここしばらく、作るだけで使う機会が少なかったから有り余っていた分が捌けたことは素直に嬉しいのだけれど、ここまでたくさんのものを交換できるとは思っていなかった。

 ルークが手にしていたカラフルな果実、ベリーで作ったジュースと乾燥させたもののセット、それから港だけあって魚介を干したもの。食べ物だけでもたくさんなのに、いつ使うか分からない網などもある。


「これは、いつ使えるかしら」


 いつも以上にテンション高いルークとは対照的に、ヴォルフはこの町に入ってから一言も話さないし、フードが外れないように慎重に動いている。わたしが荷物の重さでよろめいた時には支えてくれたけれど、いつものようにからかい混じりの言葉を紡ぐこともなく。

 ない事が寂しいと思うなんて、自分のことながらどうかと思うけれど、それでも何だかぽっかりと穴が開いてしまったような気持ちでいたら、ぼんやりとしてしまっていたようだ。まずい、と思った時にはもう遅く、露店の軒先で商品を吟味していたヒトにぶつかってしまった。


「おう、嬢ちゃん気をつけな」

「すいません」


 にかっと笑っているそのヒトは、わたしの首くらいはありそうな太い腕をぬっと頭の上に伸ばしてきた。覚悟して、さっきよりも深く頭を下げたけれど、届いたのは痛みではなくわしゃわしゃと掻き回された髪の毛がぼさぼさになる感覚だけ。その力強さに頭を上げることが出来ず、男性にされるがままだ。


「ああもう、セレちゃんってば目を離したらすぐに何かやらかすんだから」


 焦った様子のルークが急いで戻ってきて、わたしから何個か荷物を取り上げる。お礼は言ったけれど、ホッとした表情を見せた後に、まるで引率のように振る舞うルークの様子は今まで見たことないものだったので、少しだけ首を傾げた。


「そんな荷物、ヒト族には持てないだろうよ」

「後ろの獣人は飾りかしら?」

「え?」


 聞こえてきたのは、落ち着いた女性の声だったけれど、それは後ろで深くフードを被っているヴォルフの事を揶揄するものだった。小さい声だったし、聞き間違えかと思って思わず声を上げれば、わたしがぶつかってしまった男性がそれじゃあと片手を上げてさっと背を向ける姿しか見えなかった。

 引き留めようにも、あっという間にヒトの波の中に消えて行ってしまったし、男性の姿ならともかく、女性の姿は見れていない。それにこのヒトの多さだ。手がかりとなるのが声だけでは、見つけることは難しいだろう。


「セレちゃん、何か言った?」

「……いいえ、何も言ってないわ。それよりもルーク、わたしはもう持てないわよ」


 耳がいいはずのルークでも聞き取れなかったことに、わずかに疑問は残るものの今それを追及したところで答えは出ない。それよりも、痺れを訴え始めた自分の腕の限界をルークに知ってもらう方が先だ。


「あー、そっか。それじゃあ宿に置きにいこうよ。そしたらまた持てるでしょ?」

「まだ買うの? そこまで足りない物があるわけじゃないのに」

「いいじゃない。僕がまだ欲しいんだからさ」


 スッと目を細めたルーク、その表情は笑っているのになぜだか背中に冷たいものが走る。そうだ、ルークの夕焼けと蜂蜜が混ざったような温かみのある瞳。それが冷たく、何も感情を映さずにわたしを見下ろしている。

 ルークがそんな振る舞いを見せる理由も分からないし、何よりもこのルークに逆らってはいけない気がする、とヒト族(わたし)の本能が告げている。いろいろと言葉にしたい思いはあるのだけれど、それは全部ぐっと飲みこんでから、一度落ち着くために深く息を吐く。


「分かったわ。宿に行きましょう」


 にっこり、笑顔を見せたのにルークのからは、相変わらず温度を感じなかった。



「三人で一部屋、お願いしまーす」


 デーナのなかでもそれなりに賑わっている大通りに面している大きな宿屋。何の迷いもなく歩いて行ったルークは、入ると同時にカウンターへと真っすぐ向かう。

 どっかりと荷物を下ろしてからカウンターを陣取ったルークは、幸いにも誰の邪魔をすることもなかったけれど、本当に今日はいつもと様子が違う事ばかりするのでこちらが戸惑うばかりだ。

 相談しようにもヴォルフはわたしとも距離を取っているし、こちらの視線に気づいていないはずはないのに反応も示さない。


「ようこそいらっしゃいました。三名一室ですね。お食事はどうなさいますか」

「外で食べるからいらなーい」

「かしこまりました。こちらが鍵になります。先にお支払いを」


 ルークのふてぶてしいとも言える態度でも、変わらぬ笑顔で返していたカウンターの男性がお金の計算を始めると、ルークが荷物をサッと持ち上げた。


「セレちゃんよろしくー。僕ら、部屋に行ってるね」

「え、ちょっと! 行っちゃったわ。あ、ごめんなさい。おいくらかしら」


 僕ら、その言葉通りにもらったばかりの鍵をヴォルフに渡して、部屋の場所を確認したかと思えばわたしに振り返る事すらせずにカウンターの横にある階段を昇っていってしまう。

 呆然とその背中を見送ってしまったが、支払い、と言われていたことを思い出して男性に向き合う。お金の管理はいつもわたしの担当だからそれ自体は構わないのだけれど。


「一泊で銀貨十枚です」

「二泊、お願いできるかしら。追加があるかは確認してからでも間に合いますか?」

「ええ、大丈夫ですよ。明日の朝に教えてくださいますか」

「ありがとうございます」


 三人で一部屋、食事なしでやすい訳ではない金額だけどここはデーナだし、通りに面したところだからそれなりに知名度もあるだろう。他の宿の値段を調べる間もなくここに来たから比較はできないけれど、あまりに高額という訳でもなさそうだ。

 それならあれだけ交換したり買ったりで集めた荷物の整理もしたいし、どこかでルークとヴォルフの様子が違う事について問いたださないといけないから、時間には余裕を持っておきたい。

 たぶん、ルークの態度に身構えていたのだろう男性は、茶色のふさふさした耳は少しだけ縮こまっていたけれど、表情には全く出ていなかったのはさすがだ。たぶんライオン族だろうから、万が一ルークが暴れたとしても押さえられる自信があったのかもしれないが。

 わたしの問いかけには、幾分か柔らかくなった雰囲気と砕けた言葉で返してくれた。


「お部屋は上がって右手の突き当りです。ごゆっくり、お過ごしください」


 言われた通りに階段を昇って右に曲がった突き当りの部屋は、思っていたよりも広く、窓から港が見える景色も良い部屋だった。

 鍵が掛かっているかと思ったけれど、扉は何の抵抗もなくすんなり開いたのでそおっと中の様子を伺うと、ルークがたくさんの荷物とにらめっこしている姿が見えた。


「もう、置いていくなんてひどいじゃない!」


 これで、さっきまでのようにいつもと違う反応や態度で返ってくるのなら、この先一緒に旅をすることを考え直さないといけないかもしれない。そんな思いを込めて口にしてみたのだけれど、わたしの想像していた返事よりも、優しい声が耳に届いた。


「ごめんねえ、セレちゃん」

「謝るならもうしないでくれると嬉しいわ」


 今までの態度も含めてと暗に告げたら、ばつの悪そうな顔でわたしの事を見ているルーク。その瞳には、冷たいと思わせるものなんてひとつもなくなっていた。


「もうしない、は約束できないけど理由はあるんだ。ごめん、あとでちゃんとに説明するから」

「あとはいつ頃かしら?」

「全部事が済んでから、かな」


 いつの間にかフードを取っていたヴォルフの事をちらちら見ながらも、ルークが変だと思うような言い訳をすることはなかった。

 ヴォルフに関わる事、だけどわたしには教えられないこと。それなら、わたしが知っておかないといけない事は、今はまだ何もない。


「分かったわ。二人が全部終わった、そう思ったタイミングで教えてちょうだい」


 わたしの答えに安心したようにちょっと表情を緩ませた二人なら、きっと悪いようにはしないだろう、そう思いながら。


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