2.
後半ルーク視点
旅の合間に。
目の前でふわふわ、風に遊ばれている自分の髪の毛を見る。
梳かしても真っすぐにはならない金髪、何となく理由もなく伸ばしている髪は、背中の半分くらいまであるけれど、だいたい結んでしまうからそこまで長いとも思っていない。
ヒト族に多い色だと言われるし、実際にヒト族だけじゃなくて獣人にも多い色だ。だから、町中で見ない日はない。
鏡で見る自分の瞳の色は、空よりも濃い青。これも、ヒト族としても獣人としても珍しくない色だ。
だからこそ、自分には無い色を持つヒトの事が羨ましいと思うときがある。
「ヴォルフの色、珍しいわよね」
「いきなりなんだ」
森から出て来たヴォルフの手には、いくつかの果物があった。ちょうど干したものがなくなった、と話していたのを覚えていてくれたのだろうか。あれは、生で食べても美味しいのだけれど、干すと甘味がぎゅっとつまって、より美味しくなるのだ。これも、みんなから教えてもらったことのひとつ。
「ほら、わたしの色ってどこにでもあるじゃない? ヴォルフの色は今のところ、どこでも見つけられないんだもの」
「……種族の特性、だからな」
「同じ色を持っているヒトを見つけたら、その話を聞けるかと思って探しているのよね」
町にいたヒト達の種族は教えてくれたのに、ヴォルフは自分の種族だけは決して教えてくれない。それくらい自分で見つけてみせろ、という事だと思うんだけど調べようにもヒントになるのはヴォルフの持つ色だけだ。
違う町に行けば、調べることの出来る本くらいあるだろうと思っていたのに、どうやら獣人たちでは本に書き残すよりも口で伝えていく、というやり方が多いようだ。
あちこち探してみても見つかるのはメモ用紙の束くらいで、本と呼べるものは一冊もなかった。
「自分で当ててみせる、と言っただろうが」
「確かに言ったわよ。だけど、ここまで手がかりがないとは思っていなかったもの」
町に近づくとフードを被って、自分の色をすっぽりと覆い隠してしまうヴォルフ。それでも獣人同士なら匂いである程度相手の事が分かる、というのだからそれは構わない。
問題は、違う町に行けばヴォルフの色を見て声をかけてくれるだろうと考えていたわたしの目論見が外れたことだ。
「町のヒト達も、アンおば様にさえ口止めしているんだもの」
「誰かが告げてしまっては、何の意味もないだろう」
そうして、新しい町に着くたびにいろんな色を見ているけれど、残念なことに未だに何の手掛かりも得られていない。
「……へえ、そんな事しているの」
「そうなのよ。ねえ、ルークは何か分からないかしら?」
ヴォルフが薪を集めに行くから、とこの場を離れたタイミングでこっそりとルークに問いかける。もうヴォルフから口止めされた後だとは思うのだけれど、聞いてみるだけならいいだろう。
「ヴォルフと約束しているなら、僕から言えることは何もないかなあ」
「ルークは、ヴォルフの種族が何となくでも分かっているのね」
「え!? やだなあ、セレちゃん。どうして……」
ルークが慌ててバタバタと手足を揺らしていたけれど、わたしがじっと見つめているうちに観念したように息を吐いた。
「僕らはね、他の種族よりも臆病なんだ。大きい体してるのに、って思うかもしれないけど」
「ルークが慎重なのは知っているわ」
わたしの言葉に、ルークが目を丸くしてこっちを見ているけれど、今聞きたいのはそこではない。ヴォルフが帰ってくる前に、せめてなにかヒントになりそうなことを聞きだしておかないと。
「セレちゃんって、本当にそういうところ……
っと、ヴォルフの種族ね、僕も二人に声をかける前にいろいろ調べただけで確証はないんだけど」
「楽しそうな話をしているな」
「……時間切れだわ」
さくり、と草を踏む音を立てながら薪を両手いっぱいに抱えたヴォルフが姿を見せた。辺りはもう薄暗くなっていて、森の中はここから見えるのは入り口だけだ。先は暗くて見通せないうえに両手に小枝と、その上にも何かを乗せているのにヴォルフは足取り軽くわたし達の方へとやってきた。
「ほら、これ好きだろ」
ころりと手元に転がってきたのは、ルークにも話していた果物。これ、皮が少し暗い色をしているし、実も高いところにしか生らないから探すのが大変なのだと知ったのは、前にヴォルフが採ってきてくれたとき。
あの時、自分でも採っておきたいと思って朝早くに森の中を探して回ったのに、結局一つも見つけられずにいたうえに、テントを張っていた場所に戻れなくなっていたところをヴォルフが探してくれたのだ。
「ありがとう」
夜の闇を吸い込んだような黒い髪、耳も真っ黒。だけど、その毛並みは日々手入れを欠かしたことのないように艶めいている。そして、伸ばした前髪から時折のぞくのは星を溶かしたような銀色の瞳。正直、隠してしまうのはもったいないくらい綺麗な色なんだけど、ここまでたくさんの町を巡ってきても同じ色を持つヒトを一度も見なかったから、隠すことがヴォルフにとっていい事なのだとは分かってきた。
それでも、いつかはヴォルフが堂々とその色を見せて歩けるようになればいいな、とは思う。
「それで、ルークから聞いたのか」
「ぼっ、僕言ってないよ!?」
まずはわたしがヴォルフの種族を当てることから、なのだけど。
*
「あはは、セレちゃん寝ちゃった」
「本人は起きているつもりはあるらしいが」
町と町の間の距離は、獣人にとっては大した距離ではない。ヒト族のセレちゃんに合わせて移動をするから辿り着けない日が続くだけだ。ちょっと前までは怪我をした時の薬草の苦さを忘れられないからかペースは落ち気味だったけど、ここ何日かは足取りも軽くなってきていた。
「まあ、わざと遠回りして一番近い町を抜かしたりしてるんだもんねえ。疲れるでしょ」
「気づいていて、言わないのか」
黒髪の合間から見える、銀色の瞳は鋭く光る。僕が気づいていることには薄々感づいていたと思うんだけど、こうして口に出したのは初めてだ。
「最初はどうしてだろう、って思ったんだよね。だから、そのまま行けば着くはずだった町の事を調べたんだ」
ちら、と伺うように視線を送れば、そのまま続けてもよさそうだったので声を小さくしてからその先、調べて分かった事をヴォルフに告げる。
セレちゃんの座っていた椅子からは気持ちよさそうな寝息が聞こえてくるけど、万が一って事もあるし、この距離なら僕がそれこそ囁くような吐息混じりの言葉を発したって、ヴォルフの耳は正確にその音を捉えるだろう。
「リュムがヒト族と獣人が一緒に暮らしている大陸だって言っても、差別がない訳じゃない。
あの町、ヒト族に対していい感情持っている獣人少なかったんでしょ」
「昔、立ち寄った時にそんな話を聞いた程度だ。今どうなっているのかまでは知らなかった」
「でも、たぶん変わってないと思うよ? 僕らもあまりいい印象ないし」
クマ族は、独自で情報を持っている。それは他の種族では考えなくてもいい事を、僕らは知っておかないといけないから。
前みたいに暴れてしまうと、それだけで種族全体の印象が悪くなってしまうから、自分たちから首を突っ込まないために持っている、町の情報。
この大陸は広いし、僕らの情報だって完璧ではない。だけど僕だってしばらく一人でふらふらと旅をしていたから、それなりに知っている。
「セレちゃんの行きたい方に任せて行っているようだけど、こっそりと道を修正してるよね」
「あいつには、笑っていてもらわないといけないからな」
あいつ、とセレちゃんの名前を出した時に少しだけ目元が優しくなるのには、ヴォルフは気づいているのだろうか。きっと、無自覚なんだろうなと思うけど。僕から見たら、セレちゃんもヴォルフもお互いの事をよく見ているし、相手の気持ちを考えて動いているのが丸わかりなんだけど。
そうやって、思えるようになったのはセレちゃんのおかげ。他の種族のヒトとも一緒に過ごしたこともあるけれど、僕の事を食べ物を見つけられるから、とか役に立つから一緒にいる、じゃなくて僕だから一緒に行きたいと言ってくれたのはセレちゃんだけだ。
話してくれるつもりはないだろうけど、きっとヴォルフもどこかでセレちゃんに救われて、だからこうして一緒に過ごしているんじゃないかと思うんだ。
だけど、自分の種族の事でセレちゃんに迷惑をかけたくないからいつか離れてもいいように、自分から壁を作って距離を置いている。
「セレちゃんが笑っているためには、ヴォルフが必要だと思うんだよね」
付き合いが短い僕でも分かる、ヴォルフがいなくなったらセレちゃんから笑顔が消えてしまうって事くらい。
だけど、それを当のヴォルフが分かっていないみたいだから。
ねえ、そんなはずないだろうなんて言いながら逸らした耳が、尻尾が抑えきれずに小刻みに揺れているのに、気づいてる?
分かってもらうまで、何度だって伝えるよ。
僕を助けてくれた二人には、いつだって笑顔でいて欲しいからね。
その中に、僕も一緒に入れたら嬉しいな。




