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月と紡ぐ物語  作者: 柚みつ
夕焼け色と出会い

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7.

 あれから、泣きつかれたのかいろいろ考えすぎたのか思い当たる原因はいくつかあるけれど、とにかく疲れたのだろう。ルークは程なく穏やかな寝息を立て始めた。

 椅子に座った体勢のままぐらりと体が揺れて、頭から床に転がりそうになったのはヴォルフが危なげもなく受け止めてくれた。

 わたしも手を出したけれど、それよりもヴォルフの動きは早かったし、何より到底支え切れるはずもない。良いところで床に直撃しないためのクッションにしかなり得ないだろう。


「ルークの方が体格大きいのに」

「こいつくらいなら余裕だ。……それと」


 言葉が続くと思っていたのに、変なところで区切るなとは思ったのだけれど。ふらつく様子も見せずに軽々とルークを支えたヴォルフが立ち上がり、わたしの方を振り返った。何かを思いついた、そんな表情なのにひどく楽しげだ。


「せっかくだ、運んでやろうか?」

「いっ、いいいいわよ! 自分で歩けるもの!」

「そうか」


 残念だ、なんて言っているけれど、口角は上がっている。あれは絶対、わたしがどう反応するかを想像していたに違いない。そしてまんまとわたしはその想像通りの反応を示したわけだ。

 クツクツと笑いながら荷物を持つようにルークを抱えたままで、階段を上がっていった。

 そう、この小屋には二階がある。これほど大きいのに、小屋、と呼ぶのはどうなんだろうとも思ったが、町と町を繋ぐ道の途中にある建物は全て小屋、と呼ぶそうだ。

 そうやって区別をつけるのはヒト族らしい、なんて二人に言われたら黙るしかない。獣人が名前にあまり頓着しないのか、ヒト族が拘るのかを聞いたところで今は獣人側に天秤は傾くのだから。


「お茶でも飲もうかしら」


 時々小さく爆ぜる薪の音が響く中で、上の様子に耳をそばだててみるけれど、特に聴覚に優れているわけでもないわたしには、あいにくと何の音も聞き取れなかった。

 夜の帳はとっくに落ちている。夜空を彩る星たちも、今日は薄い雲に遮られているからか、その光は届かない。


「なんだ、起きてたのか」


 ぼんやりと窓から外を眺めていると、トントン、と軽い足音が耳を打つ。

 らしくなく足音を立てて降りてきたのは、ヴォルフ。ルークを連れて行ったまま上の階で寝るかと思っていたから、戻ってきたのは少し意外だった。


「起きてるって分かってたから、足音立てたんでしょう?」

「さあ、どうだろうな」


 どっちとも取れる言葉に、いつものように感情を読み取れない笑みを浮かべたヴォルフが、さっきと同じ位置に腰掛ける。

 それなら、と残っていたお湯でお茶を淹れて目の前に差し出せば、小さなお礼が返って来た。


「ルーク、子供みたいだったわね」

「図体がでかいからそう思われないが、あれは俺たちより年下だ」


 ヴォルフから告げられた言葉に、思わず目を瞬かせる。もう一口だけお茶を飲んでから、温かさを楽しむように両手で包んでいたコップをテーブルに置く。

 獣人とヒト族だと年の数え方が違うと聞いたこともあるんだけど、実際にどうやって数えているかまでは聞いたことがなかった。体が丈夫な獣人は基本的にヒト族より健康的だし、寿命も長いそうだ。ヒト族が短い、というかいろいろと足りてないのかもしれないけれど。モジュールで母が過ごしていた環境を見れば、比べるまでもないだろうとは思う。

 栄養面では完璧な食事、と言えば聞こえはいいがつまりはそれ以外は全くなっていない、という事だ。

 空腹を満たすことは出来る。今の暮らしよりもはるかに簡単に、手軽に。だけど、それは単純に生き物としての欲求を満たすだけなのだということを、わたしはリュムに来てから知った。


「良く気付いたわね」

「あいつが自分から言ってきたんだ。年下の男は嫌いなのかなんて半泣きでな」


 よくそんな状況になったのにヴォルフが放り出さなかったな、とまた目を瞬かせてしまった。ちょうどお茶に手を伸ばしたタイミングだったから、わたしのその様子はヴォルフに見られることはなかったけど。


「それで、ルークを連れていくことなんだけど」

「あれだけ嬉しそうにしていたのに、今更ないなど言えないだろう?」

「そんな事言わないわよ。ただ、今後わたしが気をつけないといけない事を知っていたら教えて欲しいの」


 獣人同士だからこそ、話せることがあるはずだ。もし、それを聞いていたのならわたしも知っておきたい。ルークに、知らないうちに負担をかけるようなことはしたくないから。ある程度の時間を一緒に過ごしているヴォルフならともなく、ルークの事もクマ族の事も、わたしは詳しく知らないのだから。


「そういう事なら」


 そうしてヴォルフと話をしているうちに、段々まぶたが重くなってきているのには気がついていた。だけど、この話題はわたしから振ったものだし、とお茶を飲んだり、指を動かしたりして堪えていたのに、いつの間にか眠ってしまったようだ。

 次に目を開いた時には、外の光が入り始めていたし、火を熾していたあとは綺麗に片付けられていた。向かいに座っていたはずの黒髪はいなくなっていて、残るのはまたやってしまった、という気持ちだけ。


「毎回、どうしてわたしは学習できないのかしらね……」


 寝たら起こしてくれてもいいのに、ヴォルフが何も言わずに全てをやってくれるから甘えているのも確かにあるのだろう。だけどヴォルフとずっと一緒に居られるわけではないから、わたしだってやらないといけないのに。

 そんな事を考えていたら、上から何かが動く音が聞こえてきたので、気持ちを切り替える。ヴォルフかルークか。


「おはよう……」


 恐る恐る、そんな言葉がぴったりな様子で階段を下りて来たルークの髪の毛は、あらぬ方向に跳ねている。前から思っていたが、あれはくせ毛ではなくて寝癖だったのだろうか。先に降りて来たヴォルフが何も言わずに顔を少しだけ洗面台の方へ動かしただけで、ルークは意味を察したようだ。

 ほんのちょっとだけ赤くなった頬に手を添えながら、恥ずかしそうに洗面台へ消えたルークが再び姿を見せた時には、鳥の巣のように飛び跳ねていた髪の毛は落ち着いていたから、あれは寝癖だったのだろう。


「おはようルーク、良い朝ね」

「おはよう、セレちゃん。昨日は、あの……」

「運んでくれたのは、ヴォルフよ?」


 たぶん、ルークの言いたいことはそうではないと思うんだけど、昨日の話はもうわたしとヴォルフの中では片付いたことだ。

 一晩経って、やっぱりやめるなんて簡単に覆せるほど中途半端な気持ちで誘ったわけではない。


「あ、うん、それは……ありがとう」

「それじゃあ、朝食にしましょう。わたし、いい物買っていたのよ」


 町に居た時間の中でも、買い物をしてくるタイミングなんてほとんどなかったから、北の門の近くで小さい子供の声かけであまり確認もせずに買っていたもの。

 布に包まれていたそれは、綺麗に洗われた卵だった。


「卵か、珍しいな」

「でしょう? 町外れで子供が売っていたのよ。買っていて良かったわ」


 大きな小屋だけあって、ここには調理器具も充実しているし調理場も広い。塩漬けのお肉もあるし、焼きしめた固いパンもスープに浸せば美味しいだろう。

 何より、今日くらいはのんびりしてもいいと思ったし、今を逃せばゆっくり話が出来る機会もないだろう。道中に話すのはもっと軽く、笑顔になれる話題がいい。


「それで、これからどっちに向かうつもりなんだ」


 綺麗に洗ってあったけれど、しっかり火を通してからじゃないとお腹を壊すかもしれないわたしは両面を焼いて、獣人はそんなにやわじゃないと二人して言い切るものだから半熟にした卵。

 それから、パンは気持ち薄めにスライスして、簡単なスープを添える。あとは肉を少し厚めに切ってただ焼いただけのものなのに、お皿に盛れば宿の朝食のように見えてくるのだから不思議だ。


「おじいちゃん達のところから、ちょうどリュムの半分くらいのところまで来ていたのね」


 地図を覗き込みながら、その先を考える。あまり端っこの方にはいかないようにしてきたけど、ここから先は山や森が続くみたいだし、このままの道を進むのは難しそうだ。


「まあ、どこに行こうと俺はついていくだけだがな」

「僕もいるよ!」

「二人とも、ありがとう」


 ヴォルフだけでも頼りになるのに、ルークがいるのならこの先はより充実した旅路になりそうだ。今、これだけの朝食を作れるのも、ちょっと前にルークがあれこれと食材を調達してくれていたおかげなのだから。

 あっという間にお肉も卵も平らげ、少しだけ残っていると告げると嬉しそうに食べていいのかと確認をしてきたルークは、幸せそうにお肉を食べている。

 ヴォルフはいつも朝は少な目だし、わたしはもともと少食だ。ルークがちゃんとに食べないと体力つかないよなんて言ってくるけれど、わたし達の食事量はこのくらいなのだと教えておいた方がいいのだろうか。


「そうそう、この先に進むならそこの森は避けた方がいいよ」

「あら、どうして?」

「最近になって、獣たちの動きが活発になってるんだって。もしかして、ボスが現れたのかも」


 ボス、という言葉にヴォルフが少しだけ反応を示したが、特に何を言うわけでもなかった。町で情報をあまり仕入れることが出来なかったので、今回のルークの助言はありがたい。


「それなら、この森をぐるっと避ける道を行きましょうか。急ぎでも目的があるわけでもないのだし」

「僕の言葉、信じるの?」

「ルークはわたし達に嘘を言ったわけじゃないんでしょう? だったら信じるのは当たり前じゃない」


 何を当然のこと、と思ったけど、ルークはまだ昨日のわたし達の言葉が、自分に都合のいい夢だとでも思っているのだろうか。


「ゆっくりしようと思ったけど、こんなにいい天気なのだから、出発しようかしら」


 窓から注ぐ光は眩しく、空は絵の具を塗ったように青い。雲もないから日差しは強いけれど、辺りに生えている木々が和らげてくれるだろう。

 食器洗いに片付け、使った寝具の整理など分担すればあっという間に終わってしまう。

 ヴォルフはいつものように淡々とした表情でこなしているし、ルークはさっきの言葉を噛みしめているのか、嬉しそうな顔を隠そうともしない。


「さて、それじゃあ行きましょうか。これからもよろしくね」


 くるりと振り返って見えるのは、正反対の表情をした二人だけど、同じタイミングで頷いたり返事をくれたのでわたしもそれに笑顔で返す。

 これからも、楽しい旅は続きそうだ。


一区切りです。

次回からは新章始まります。

その前に番外編挟むかもしれません。

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